第四章 殺人、のち戦闘
先手を打ったのはシーフのモックだ。
特徴である素早い動きで接近すると、手にした短剣で斬りつける。
ダメージは戦士や竜騎士に比べると低い。しかしそれを補って余りあるのが付与効果だ。
彼はあらかじめ毒効果を短剣に付与していた。従ってマクガーソンは徐々に体力を奪われることになる。
「こざかしい虫けらめ!」
しかしマクガーソンは全く動じない。すぐに毒回復薬を口にする。宿屋のオーナーでもあるから薬品調合にも長けているのだ。
「ふんっ!」
そしてすぐに攻撃に転じる。
手を合わせたかと思うとみるみるうちに火柱が上がり、周囲の壁をオレンジ色に染め上げる。ブリューとカーマインの命を奪った
「……ぐっ!?」
正面からそれを食らう形になるモック。大きく体力を削られ、瀕死寸前まで一撃で追い込まれる。これ以上体力が減ると瀕死になり瀕死回復魔法でないと動けなくなる。瀕死の時に追い打ちを食らうと待っているのは死だ。
片膝をつくモックはすぐに携帯していた体力回復薬を口にする。そこへ追撃を加えんとマクガーソンが再び構えるも、ロンデルがそれを許さなかった。
「うおりゃあああ!」
戦士らしい特攻。振り下ろされた剣先はマクガーソンを斬りつけ、魔法の詠唱をストップさせる。
「貴様ああ!」
マクガーソンは怒りに任せ、炎を纏った拳をロンデルに叩きつける。不測の攻撃に思わずロンデルは後ずさる。
状況を見ていたヘザーも加勢する。
竜騎士は天高く飛び敵の攻撃を受け付けず追撃することに長けている。しかし一点、弱点がある。屋内だとその特性が活かせないのだ。従ってヘザーにとってこの場所は非常に戦いづらい。
「せやあぁ!」
しかし槍によるリーチは健在だ。
ロンデルに気を取られていたマクガーソンに一撃を食らわす。
「がふっ! この虫けらどもめがああああ!」
それによりマクガーソンは戦法を大きく変える。
一人一人狙うのをやめたのだ。
即ち――全体攻撃にシフトしたのである。
上級火炎魔法を周囲一帯に放つ
周囲は火の海に包まれた。
三人は致命的なダメージを受ける。元々素早い動きゆえに体力・防御力ともに一番低いモックはこれにより瀕死に追い込まれた。床に倒れ起き上がる体力がないモックは、辛うじて意識を保っているに過ぎない。体力を維持したのはロンデルとヘザーの二人だ。
「……体力を……回復」
ヘザーは竜騎士のスキルで回復を試みた。次の詠唱までわずかだが時間があると思ったのだ。しかし読みは外れた。
「残念だったな」
「なっ!?」
マクガーソンは黒魔導士らしからぬ行動に出たのだ。続けて魔法を使用せず、なんと接近戦を仕掛けてきたのだ。先程のロンデルにも拳を使っていたので予想できたかもしれないがそこまで気が回らなかった。
首を掴まれ、宙づりにされるヘザー。もはや抵抗する体力もなく槍がぽろりと床に落ちる。そして無防備な腹にマクガーソンは拳を打ち込む。
「……がっ!」
これがトドメとなり、ヘザーは瀕死に追い込まれた。そのまま放るマクガーソン。彼女は床に倒れ、モックと同様、起き上がることが出来ない。
「……さて」
残ったロンデルに視線を向けるマクガーソン。ロンデルは少ない体力ながら果敢に剣を向ける。携帯する体力回復薬もあるが使用することは考えなかった。その隙にやられることは目に見えているからだ。
「貴様を瀕死にしたら、あいつらを先に殺す」
マクガーソンは倒れるモックとヘザーを顎で示す。
「そして貴様をじっくり殺してやる。まずは四肢を焼いてみようか? ああ?」
「……外道め」
マクガーソンは勝ち誇ったように高笑いする。もはや状況は絶望的だ。
その時、部屋にある唯一の扉が開いて長めのカバンを持ったティアリスが姿を現す。
「……えっ!? 何っ、ロンデル? それにみんなも……」
そして、マクガーソンを認めるや表情を曇らせる。
「…………これはどういうことですか? まさか――」
「アッハハハハ! これは傑作だな。シナリオ変更だ」
勝ち誇った不気味な笑みをそのままに、マクガーソンが言う。
「先に嬢ちゃんを殺し、さらなる絶望の淵に落としてから……殺してやるよ」
ターゲットをティアリスに変える間際、マクガーソンはロンデルに地雷系の火炎魔法を唱えた。これは対象が何らかの行動をすると作動し追加ダメージを与える魔法だ。ロンデルの体力は僅かなので作動すると確実に瀕死になる。従ってティアリスを守ることが出来なくなったのだ。
「そこで大人しくしてな」
「貴様っ!」
マクガーソンはティアリスを見据え、構える。本来白魔導士は戦いを得意としていないのでこの状況は非常に不利だ。しかしティアリスは全く引かなかった。
「みんなを……ロンデルを……よくも」
あろうことか、手にした杖を構えるティアリス。
「やめろっ! 逃げろティアリス! 敵う相手じゃないっ!」
ロンデルの忠告を聞かず、マクガーソンと対峙するティアリス。
自身が置かれた圧倒的不利な状況を理解しつつも引くわけにはいかない。逃亡しても待っているのは死だ。モックとヘザーの悲痛なうめき声が聞こえる。やはり自分が何とかするしかない。
「気丈な女は嫌いじゃねえ」
マクガーソンはお手並み拝見とばかりに
「だがよ……自分のジョブの特性をもう少し考えることだ」
火柱は無慈悲にティアリスに襲い掛かる。
純白のローブに火が燃え移り所々焦げ、大きく体力を削られるティアリス。やはり体力は全ジョブ中最低の白魔導士……黒魔導士とタイマンするなど正気の沙汰ではない。
「きゃあっ!」
もうほとんど体力が残されていない中でティアリスはローブに燃え移った小さな火を消すことしかできない。
「アッハッハッハ!」
その様子を舐めつけるような視線で見ていたマクガーソンはついに大きく笑い出した。完全にこの場を掌握したと確信したのだ。
「……ティアリスッ! 逃げてくれ!」
移動して瀕死になるわけにはいかないと声を上げるしかできないロンデル。これでは瀕死と大差ない。結局のところ助太刀できないのだから。
「ロンデル……」
ティアリスの表情が僅かに和らいだ。まるで自身の運命を察したかのように。
「絶体絶命のピンチになるまで使わないと決めていたけれど――」
次の瞬間、ティアリスは衝撃的な言葉を口にする。
「私のもう一つの姿――見せるときがきたみたい」
怪訝な表情をするマクガーソン。
ロンデルでさえ唖然とした様子で立ち尽くしている。一体彼女は何を言っているのだ?
ティアリスは肩にかけていた長めのカバンを開き、中から布にくるまれた長い棒のようなものを取り出す。
それはモックが透視した本来白魔導士が持ち歩かない武器だ。カバンを床に落とし、布を捲ると現れたものは――一本の刀。名を『桜吹雪』という。刀身が淡いピンク色に見えることからそう名付けられた名刀だ。
「ジョブチェンジって――知っているかしら?」
ジョブチェンジ。
それは一つのジョブをマスターした者が新たなジョブにチェンジすること。マスターしたジョブの能力をほぼ引き継げるので、例えば黒魔導士をマスターして戦士にジョブチェンジすると魔法が扱える戦士として活躍できるのだ。
「ジョブチェンジ……だと?」
マクガーソンはティアリスを睨む。ハッタリかどうか見定めているようだ。
「ふぅ……久しぶりね。桜吹雪」
しかしハッタリなどではなく、ティアリスはある一つのジョブをマスターしている。
それは――『侍』。
主に刀を扱い反撃や受け流し、刀技を得意とするジョブ。
ティアリスはローブの焦げた部分を乱雑に破る。繊維を裂く音が響きローブに負けないくらいの白く綺麗な脚を大胆に露出する。
手にした刀――名刀桜吹雪を抜くと両手で柄を持つ。侍の中には二刀流を得意とする者もいるが彼女は一刀流の使い手だ。
相棒の真の姿を見たロンデルはもはや安心さえしてしまった。いつも彼女を守っていたのは自分だと疑いもしていなかったが、本当は逆だったかもしれない。
俺は常に彼女に守られていたんだ――そう思ってしまうような普段の彼女からは想像も出来ない凛としたしなやかな強さを秘めた立ち姿だ。
対峙する侍の能力を解放したティアリスとマクガーソン。
能力解放により基礎体力も向上している。勝負は振り出しに戻ったといっていい。
「猛者を焼き殺してアイテムを強奪してた頃に戻った気分だ……」
ティアリスは深呼吸して言う。
「二人を殺し、みんなを……ロンデルを危険に曝した罪……償ってもらうわ!」
それが戦闘の合図になった。
マクガーソンは先程のような小手調べなどせず、はじめから全力を発揮した。
業火がティアリスに迫る。先程までの彼女とは一線を画す動きで躱そうとするが、全力のマクガーソンの魔法を躱しきれず少しのダメージを受ける。
しかし侍の彼女にとっては微々たるダメージだ。
すぐさま反撃の一刀を繰り出す。侍マスターの刀捌きはもはや常人では捉えきれない。マクガーソンは知らぬ間にダメージを受けていた。
「ほう……ではこれならどうだあ!」
マクガーソンは拳を繰り出す。魔法メインと思っていたティアリスは一瞬面食らう。しかし彼女は瞬時に次の一手を繰り出す。
それは反撃専用の刀技――《燕返し》だ。
相手の攻撃に合わせ反撃を繰り出す刀技。魔法では反撃できないが物理攻撃なら反撃可能だ。マクガーソンの拳を完璧に受け流し、強力な一刀を見舞う。
「がふあっ!」
一歩、二歩と後ずさるマクガーソン。自慢の体力も残りわずかだ。
「まだやるの?」
ティアリスは冷徹に言い放つ。もはや状況は彼女に傾いている。これ以上の抵抗は無駄だと諭すもマクガーソンは不気味に笑みを返す。
「終わりだと? あっはは、これからだよおお!」
マクガーソンは奇特な行動に出る。
「火炎魔法吸収……?」
装備品の中には特定の属性の魔法を吸収し自らの体力に変換できる能力を有するものがある。マクガーソンが装備した髑髏の指輪には火炎魔法吸収効果が施されていたのだ。火炎魔法の使い手である彼にとっては願ったり叶ったりの効果だ。
「長期戦は俺の得意とするところ……魔力はまだたっぷりある。さあどうするよ? 侍の嬢ちゃん! アッハッハッハ!」
ティアリスは思考する。
魔力を尽かせるには長期戦は覚悟しないといけない。しかし体力がもつかわからない。魔力吸収効果があるアイテムで奴の魔力を吸収したいけど、それもなし。長期戦は不利。しかし一撃で奴の体力をゼロにするにはさすがに火力がない……はてさて。
そんなティアリスの心配は杞憂に終わることになる。
彼女は目配せした。
「嬢ちゃん! 火だるまになるところ見せてくれよおお! ひゃっははは!」
本性を現したマクガーソンは
「ぐっ!」
これにより大きく体力を削られるも果敢に立ち向かうティアリス。
「《秘刀桜吹雪》!」
そして大技を繰り出す。
これは桜吹雪に秘められた力を解放する刀技だ。舞い散る桜吹雪のように荘厳さと切なさを体現した動きで次々と素早い攻撃を繰り出す。
「……ぐふう……見事な腕よ」
一気に体力を減らすことに成功するもゼロにすることはできない。しかもティアリスは技の反動ですぐに動くことができない。これでは格好の的だ。
「……そ、そんな……」
力なく刀を下ろすティアリス。その様子を嗜虐的な目で見つめるマクガーソン。
「今の嬢ちゃんなら……これでもキツイかあ?」
マクガーソンは
火炎がティアリスに迫る中、彼女の前に躍り出る影があった。
「……遅いよ」
「わりい……もう白魔導士に戻ってもいいぜ?」
影の正体はロンデルだった。
「貴様……何故だあ?」
今まで完全にロンデルのことは意識の外だった。しかも地雷を唱えていた筈……と考えた所で納得するマクガーソン。
「そうか……時間経過によって……」
「辛抱強く待った甲斐があったぜ」
地雷系の魔法は時間経過で効果が消失する。これによりロンデルは効果が消えるまで行動せずにいたのだ。そして効果消失後、ティアリスと目配せし反撃の準備として持っていた体力回復薬で回復したのだ。ティアリスに気を取られていたのでマクガーソンから追撃を受けることがなかったのは幸いだった。
「さっきはよくもやってくれたなああ!」
ロンデルは手にした剣にありったけの力を込めて突撃する。
「ぐっ! 死にぞこないが!」
マクガーソンは苦境に立たされる。
自身の減った体力を回復するか、目の前に迫るロンデルに一撃を食らわせるか……一瞬の迷いがロンデルの重い一撃を食らう結果になった。
一瞬視界がぼやけたマクガーソンはすぐに火炎魔法を自身に唱え体力を回復した。小賢しいハエが増えたので再び全体火炎魔法を唱えようとして……体が動かないことに気づいた。
「なっ……何故だ? 何故動かない?」
「…………知りたいか?」
背後で声がしたが振り返ることも出来ない。慈悲かどうか定かではないが背後の人物はマクガーソンの前に姿を現す。
その正体は――モックだ。
「貴様……なぜ」
瀕死だった筈の彼が何故動けているのか……その疑問の答えはすぐに見つかった。
ティアリスだ。彼女は白魔導士になり今、ヘザーに
そしてマクガーソンが動けない理由――それはモックの麻痺付与攻撃によって体の自由が一時的に奪われたからだ。
「お……おのれ……!」
「これでは回復もできまい」
やがて体力を回復したヘザーも起き上がり、槍を構える。
「さっきは不覚だった。しかし、今度は逃がさない」
ヘザーは槍を構える。赤い復讐の炎が宿っているかのように槍先が憤怒を体現する。
「竜の一撃……その身にうけよ」
ヘザーは竜騎士自慢の槍技を繰り出す。
「《竜砕》!」
十八番である大きくジャンプして繰り出す槍技である《俯瞰突破》を封じられたが、それでも竜騎士には槍を用いた強力な技がある。《竜砕》は文字通り竜の如き一撃をマクガーソンにお見舞いし、これにより彼の体力をゼロにした。
「が……ああ」
力なく倒れ瀕死に陥るマクガーソン。
これをもって地下室で繰り広げられた戦闘は幕を閉じた。
四人はそれぞれの身に経験が積まれたことを実感し、歓喜の声を上げ、それが勝利のファンファーレになった。
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