『ベテルギウスが消えた空(仮)』

pocket12 / ポケット12

Prologue "Forever and a day"

プロローグ 変わらない想い

 肌をすような寒空さむぞらした拓海たくみはひとり公園のベンチに寝転がっていた。


 寝ているわけではない。


 星を見ていたのだ。


 拓海の視線の先、雲ひとつない冬の夜空よぞらには、たくさんの星々がまたたいている。


 どれも手を伸ばせば届きそうで、実際、何度か手を伸ばしてみた。


 けれどやっぱり届くことはなくて。


 まるで彼女みたいだ、と拓海は思う。


 ずっと近くにいるのに、どこか遠くに感じる存在。きらきらとまぶしいくらいに輝いているのに、ただみていることしかできない存在……。


「……ほんと、そっくりだ」


 思わずこぼれたその言葉は、拓海以外のだれの耳に届くこともなく、吐き出された白い息とともにそらへと霧散むさんしていく。


 冬の夜空は、他の季節よりも明るい星が多くて、たとえ街中であっても輝く星がよく見えた。


 ベテルギウス、プロキオン、シリウス。


 冬の大三角を形成するそれらの星は、一等星と呼ばれる星たちだ。どれも夜空の上でひときわ大きく輝いている。


 冬の空にはこれら一等星が七つも浮かんでいて、次いで多い夏と比べても倍以上多い。だから拓海は子どもの頃から冬の夜空がいちばん好きだった。


 いつだって夜空を見上げれば変わらない星々の羅列がそこにはあり、たとえ人の心は変わっても世界は普遍のモノだという安心感を与えてくれる。


 いつまでも変わらない星空の世界。


 でも、それは幻想に過ぎないということも拓海はまた知っていた。


 星の煌めきは命を燃やしている光であり、いつまでも燃え続けていけるわけでもない。


 星たちも、日々その姿を変えていく。


 夜空の道標となる北極星ポラリスだって、何万年か後には別の星がその役目を担うことになる。


 そして拓海の目の前には今、その寿命を終えようとしている星がある。


 絵本の中に出てくるトナカイの鼻のように真っ赤に輝くその星は、青白い星が多く輝く冬の空にあって異彩を放っている。


 ——ベテルギウス。


 拓海が想いを馳せるのはこの星について。


 オリオン座を構成する星のひとつ。


 和名を平家星へいけぼしと言い、シリウスやプロキオンとともに冬の大三角を形成しているこの星は、もしかしたらもう消滅しているのかもしれないというのだ。


 いま見ている輝きは、もう何百年も昔の栄光を誇る最後のキラメキなのかもしれない……。


 それが拓海には不思議だった。


 こんなにも明るく輝いているのに今はもう存在していないかもしれないなんて。


 まるで教えてくれるみたいだ。


 だれもがずっと当たり前のように存在し続けると思っている。


 永遠に輝き続けるように思える星にもいつか寿命が訪れるように。


 変わらないでいられることなんて、あるはずがないのだということを。


 変わらないでいられる気持ちなんて、あるはずがないのだということを——。


 だから、この気持ちに決着をつけないといけない日は必ずやって来る。


 たとえそれが、報われない想いであると知っていたとしても。


 決着をつけなければいけないのだ。


 だから……。

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