集合知探偵「あなたが犯人だ!と、ある!」

ちびまるフォイ

集合知のちから

「みなさん、食堂にお集まりいただき感謝します。

 こうして集まってもらったのにはわけがあります」


「まさか……この殺人事件の犯人がわかったの!?」


「そうです。犯人はこの中にいる!!!」


探偵はビシッと前に指を突き出した。

続けざまに言った。


「……と、ネットに書いてあります!!!!」




「……ネット?」


「ええ、実は私には1000万フォロワーがいるんです。

 この絶海の孤島に浮かぶ旅館についたそのときから

 あらゆる状況を共有していたんですよ」


「は、はぁ……それは趣味ではなくて?」


「それもあります。とにかく、1000万フォロワーの英知を結集し

 あらゆるコメントを統合した結果、この中に犯人はいるとなったのです!」


集められた宿泊客のうち、雑誌記者が肩をすくめた。


「バカバカしい。そんなのあてになるかよ」


「私はこの方法で、これまでの難事件を解決に導いてきました」


「偶然だろ?」

「そんなこと言うんですね」


探偵はなにやら端末で操作をはじめた。


「ははあ、あなたの名前は……佐藤道夫、47歳。

 ゴシップ記事の記者ですが担当した記事は嘘ばかり。

 それで記者生命が危ぶまれているという状況なんですね」


「なっ……なぜそれをっ……!?」


「そして、あなたとしてはもっと事件が大きくなれば

 自分の記事が売れると踏んでいるようですがそうはいきません」


「ぐっ……」


「いかがですか。これらは今渡しのフォロワーが秒で突き止めた調査力。

 集合知のちからをなめないでください」


「ちっ、わかったよ。それで犯人は一体誰なんだ」


「犯人はあなただ! 館に迷い込んだ犬!!!」


指さされた犬はハッハッハと舌を出して息をしていた。

その瞳にはまるで動揺が感じられなかった。


「なぜ僕が犯人になるんですかワン?」


「そうフォロワーが言っている!

 今もお前が犯人という名のハッシュタグは1億件数を超えている!」


「バカバカしくて尻尾振ってしまうワン。

 僕が怪盗ネコマントという証拠もないのに犯人と決め付けるなんて」


「待て。今、フォロワーがコメントしている」


探偵は手元の端末をじっと見つめる。


「えーと、お前はまず館に迷い込んだ犬だと見せて

 最初の犠牲者を呼びつけたあと、ステージのワイヤーを噛み切った。

 落ちてきたシャンデリアで犠牲者を押しつぶした……と、ある!!」


「……ワン?」


「証拠を嗅ぎつけた二人目の犠牲者をドッグランに呼びつけて

 後ろから肉球で殴打して殺害。得意の穴掘りで遺体を埋めた……と、ある!!」


「ワンワンワン! それが推理? 笑わせるワン!

 それが何の証拠になるワン?」


「この推理には1000万もの賛成が得られているんだぞ!!」


「そんなの知らないワン。確かな証拠もないのに

 数の同意をもとに僕を犯人にしようだなんて無理があるワン」


「犯人は……お前の肉球にあるはずだ!」


「ワン!?」


「犯人を肉球で何度も殴打したときに髪の毛が

 肉球の間に入ってしまっているはずだ。

 犯人じゃないのなら肉球を見せることができる……と、ある!」


「それは……」


犬ははじめて挑発的に振っていた尻尾を股の間に挟み込んだ。

それは強いものに怯えたときの犬の感情表現で、

おもにお風呂に入れようとすると見られるポーズであった。


「さぁ、見せるんだ!」


「い、いやだワン! 見せられないワン!」


「なぜだ!!」


「肉球は飼い主や大事な相手にしか触らせたくないし

 まして見せることもしたくないワン!」


「そんな言い訳が通じるか!」


「嫌だワン! それじゃ推理を確かめるために

 お前は女性の服をひっぺがしてもいいというのかワン!?」


食堂に入る前にボディーチェックと称して触ろうとしていた探偵の顔を誰もが思い出した。


「ワン。結局、お前はなにひとつ証拠もない。

 大多数という後ろ盾だけで強引に犯人を仕立て上げているだけワン」


「なにを……! すでにお前を断罪するというコメントは

 のべ1000京個もされているんだぞ!!」


「それがどうしたワン。確信に迫っていない雑音が1000京あってもゼロと同じワン」


「ふふふ……」


「ワン?」


「ふふ、ふはははは。

 本当にそう思うのかこのバカ犬めっ!

 これを見ろ!!」


探偵は自分の持っていた端末を見せつけた。

そこにはしらばっくれる犬に正義の鉄槌をと怒りのコメント。

それだけではなかった。


「すでにこれらの証拠をちゃんとまとめて、

 警察に届けてくれた有志がいるんだよ」


「ワン!? なんて行動力ワン!?」


「お前がいまさら抵抗してもこれだけの署名コメントがあれば

 警察としてもお前を取り調べないわけにいかない。

 苦しい言い逃れはここまでだ!!」


「ワ、ワン。しかしここは絶海の孤島。

 そう簡単にここへ来ることはできないはずワン」


「フォロワーのひとりがクラウドファンディングで、

 プライベートジェットを用意していたのさ!!」


「ワワワワワン!?」


「俺のフォロワーだけじゃない。

 この世界の全員がお前を逮捕したいと望んでいる。

 みんなの心がお前の逮捕でひとつになっているんだ!!」


犬は絶体絶命の状況を理解して地面に四つん這いとなった。



「……認めるワン。僕が殺したワン。

 あいつらは犬以下の畜生だったんだワン……。

 どうしても、どうしても許せなかったワン……」


犬の独白に全員が同情した。


「プライベートジェットでじきに警察が来るワン。

 さあ、警察でも保健所でも連れて行ってくれワン。

 自分の罪が許されるとは思わないワン」


「わかった。でもちょっと警察は待ってくれ。

 到着には時間がかかるみたいなんだ」


「ワン? でもさっきプライベートジェットで来るって聞いたワン。

 ジェットであればものの1分で到着できる距離ワン」


「ああそうなんだが……」


「到着できない理由でもあるワン?」


探偵は手元の端末を慌ただしそうに見ていた。



「お前が犯人と言ったときから、

 お前の飼い主やその家に嫌がらせしている人の逮捕で

 警察がかかりっきりになっているみたいなんだ……」

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