第8話 テーマパークだよ、テンション上げろよ
魔機車を宿の横にある空き地に乗り入れ、トール達は部屋を借りてすぐにミーティングを始めた。
「癖の強そうな人たちでしたね」
「序列持ちだしな。俺みたいなまともな奴はなかなかいない」
「……そうですね」
「なんだよ、いまの間は」
さっと視線を逸らすユーフィを問い詰めようかとも思ったが、トールは気を取り直して本題に戻った。
「基本の方針は変わらない。だが、俯瞰のエンチャントには注意してくれ」
「対象物に視点を委ねるエンチャントと風の操作でしたね」
「加えて、ミッツィ自身も読唇術が使える。俺が持ち込んだ資料を盗み見られないよう、窓を開けたりはしないでくれ」
「分かりました」
明日には隠れ里から人間の協力者が連絡役としてくる手はずになっている。依頼人との直接交渉を望むヴァンガたちの意向を伝えることはできるだろう。
もっとも、エミライアは勇者パーティのことを知っているため、今さら交渉に応じるとも思えない。
「勇者、光剣のカランさんでしたか。あの人、あまりこの依頼には乗り気ではない様子でしたね」
「太陽聖教会の現教主の孫ってくらいだし、しがらみがあるんだろうな。ただ、序列はコネで入れるものでもない。実力は確かだろう」
トールは鎖戦輪をはじめとする武装を点検しつつ、続ける。
「あとは野良冒険者だな」
ギルドに出向いた際、さびれた町とは思えないほど冒険者が多数在籍していた。
それというのも、太陽聖教会が始教典や遺失魔法に賞金を懸けたからだ。
「Bランクパーティばかりだが、Aランクも混ざってる。横取りを狙うようなゴミはいないだろうが、資料を中途半端に持ち去っている可能性もあるから、場合によっては交渉を頼めるか?」
「分かりました。ギルドで情報収集もしておきます」
「頼んだ。勇者パーティの動向を特に探ってくれ。俺についての情報は交渉材料にしてもいい」
「了解です。トールさんは今から遺跡に?」
「早い方がいいだろう。多分、ファライの奴が張り切って勇者パーティも潜りに行ってるはずだ」
点検を終えた武装を装備し、鎖手袋をはめたトールは肩を軽く回した。
「忙しくなるぞ」
「旧文明の資料、楽しみにしてますね」
双子に見送られて、トールはさっそく旧文明の遺跡ストフィ・シティに繰り出した。
※
「――うわっ、うぜぇ!」
飛んできたガラスの破片を紙一重で避け、トールは我流の歩法で後退する。
ストフィ・シティはまさに城だった。
高い防壁に囲まれ、迎撃用と思しきタレットが死角なく配置され、城周辺にも空堀が迷路状に張り巡らされている。空堀の中にもタレットが配置されているだけでなく、Aランク魔機獣が多数見回っている。
強行突破して防壁をよじ登ってみれば、内部は都市一つを内包した巨大なものだと分かる。数段に重ねられた階層構造をしており、居住区、魔機獣や食料、武器の生産施設が点在する。
一人で探索するにはあまりにも広い空間に辟易している合間にも初めて見る特殊兵装のウサギ型魔機獣が突っ込んでくる。
元々は太陽光を散らして陰に隠れた吸血鬼を焼く目的だったのだろう、鏡のようなチャフをばらまき、全身を発光させて目晦ましをしながら機械化された四つ足で一気に距離を詰めてきた。さらに、鋭利な透明ガラスの刃になった長い耳で切り付けてくる。
直径一メートルの機械の殻を背負ったカタツムリが現れたかと思えば、瞬間接着剤のような粘液をまき散らす。
罠の有無を確認して一歩を踏み出したらどこからともなく現れた蝙蝠が音波による共振を利用して足元の床を崩壊させる。
一番恐ろしいのはこんな場所をちょっと刺激的なテーマパーク扱いするどこかの始祖だ。
吸血鬼に協力する人間の存在も想定されているらしく、対人特化の魔機獣まで配置されている始末。
後方に鎖戦輪を投げて建物の壁に打ち込むと、磁力で引いて急速離脱する。
毒霧を噴射しながら転がってくるセンザンコウに似た大型の魔機獣は、尻尾で方向を微調整しながら正確にトールを追いかけてくる。
全身が鋼鉄に覆われているため、がりがりと床を削りながら丸鋸のように迫ってくる魔機獣に舌打ちする。
「しつこいし、四方八方から攻撃が飛んでくるし、罠だらけだし、どうなってるんだよ!?」
鎖戦輪で魔機獣を下からすくい上げて天井に撥ね飛ばし、横合いから飛んできたタレットの弾丸をのけぞって躱し、虎視眈々と攻撃の機会をうかがっていた別の魔機獣に睨みを利かせる。
しかし、攻撃はせず建物の壁面を破壊して外に飛び出した。
一々付き合ってはいられない。学習されるとしても、討伐は目的ではないのだから。
身体強化に任せて大通りを駆け抜ける。トールに反応したタレットからの攻撃が飛んでくるが、音速を超える鎖戦輪で弾き飛ばし、建物と建物の隙間に滑り込む。
待ち伏せていたカタツムリ型の魔機獣の粘着液は、左右の壁を蹴りながら三角飛びで上に回避する。
屋上に設置されていたタレットが銃口を向けていたが、トールもタレットの存在は最初から認識していた。
タレットが弾丸を放つより早く、トールの指弾で弾き飛ばされたマキビシが銃口を破壊する。
屋上に着地した瞬間、いきなり周囲が暗くなった。
「――またかよ!」
エンチャントを発動し、赤雷をばらまいてレーダー代わりにする。
ストフィ・シティは不規則に天井が結界魔法で覆われ、太陽光を完全に遮断する。
吸血鬼にも明順応と暗順応があり、唐突に光を奪われればどうしても動きが鈍る。太陽光を浴びても活動できるデイウォーカーへの対策なのだろう。
当然、人間にも効果は絶大だ。罠が張り巡らされている以上、視界が利かない間はむやみに動くこともままならない。
トールは視界を塞がれても経験からくる反射で赤雷をばらまいて周辺状況をある程度は知ることができるものの、絶縁体となるとほぼ反応できない。
結果、必要以上に赤雷を広範囲にばらまいて、タレットや魔機獣の位置や向きから攻撃を予測することになる。
しかし、魔力をばらまくのに等しいこの行為はその派手さも相まって魔機獣を呼び寄せることにもなった。
左脚を引く。足元でガラス製の針が砕ける音がした。
鎖戦輪を右へ投擲。雷鳴が鳴り響き、銃弾が逸れる。
右足を軸に半回転し、鎖戦輪で足元を薙ぎ払う。近づいてきていた魔機獣が足を刈られて倒れ伏す音。
左手を広げて顔の横に掲げる。鎖手袋にナイフらしきものがぶつかって耳障りな音を立てる。
軽く跳躍し、倒れた魔機獣を蹴り上げ、鎖戦輪の輪の中に首を引っかけて投げ飛ばす。飛来してきた大型のカプセルにぶつかった魔機獣は途端に火を噴き上げた。
「どうだ、明るくなったろうってか? 焦げ臭いんだよ、馬鹿野郎」
悪態をつきながら火のついた魔機獣を松明代わりに周囲の罠の有無を調べ、明るくなるまでしのぎ切る覚悟を決めつつ、ため息を吐く。
「これは、出直した方がいいな……」
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