第7話  金城+光剣

 光剣のカランをリーダーとする勇者チームとの合流はスムーズに進んだ。

 連絡用に俯瞰のミッツィがエンチャントを施した道具をカランたちが持っており、ミッツィが連絡役となって互いを引き合わせたのだ。


 Aランクパーティ金城の三人とカランはトール達を町外れの料理屋に招待し、会合の場を用意してくれた。金城の事務方は遺跡からの出土品の取り扱いのため町にいないらしい。


「ファライが迷惑をかけた」

「どうせ、あんたらもファライに迷惑をかけられてるんだろ」


 金城のリーダー、ヴァンガの謝罪を適当にいなして、トールはテーブルを囲むメンツを見回す。

 ヴァンガをはじめとした金城は四十代半ばの三人組だ。鍛え抜かれた身体に思慮深そうな目付き。さすがは序列五位だけあって落ち着いた雰囲気だ。


 テーブルにはつかず部屋の隅には俯瞰のミッツィが佇んでいる。

 トールは正面に座る男を見た。


「あんたが光剣のカラン?」


 三十代初めの男だ。質実剛健を体現したような簡素な魔物革の服と大型魔物の甲殻から削り出したらしい柄の剣を持っている。

 それなりに強そうではあるが、どこかこの場の雰囲気に呑まれているような、気後れした様子でヴァンガを横目に見ていた。

 トールに声をかけられたカランは驚いた顔をする。


「名前、知ってるんですか?」

「こちらの依頼人から聞かされている。名前と序列だけな」

「そ、そうですか……」


 口下手か、とツッコミを入れたくなる気まずい沈黙が流れるも、すぐにヴァンガが沈黙を破った。


「依頼人から聞かされているということは、最初から敵対的ってことになるか?」

「敵対する必要はないだろう。最終的にどちらが物を取ってくるかってだけだ。確認だが、そっちの目的は何だ?」

「始教典だ。後は対吸血鬼用の遺失魔法をいくつか、だな」

「こちらの狙いは始教典だけだ」


 隠し立てせずに目的を告げると、ヴァンガは腕を組んで唸った。


「そちらの依頼人と交渉がしたい」

「連絡はしてみよう。おそらく、無駄だと思うがな」

「赤雷、まさかとは思うが、こちらの陣容を見てもまだ出し抜けると思ってるのか? そちらの依頼人との交渉は赤雷の顔を立ててのものだ」

「そうか。ご配慮痛み入るよ。なら、そっちの依頼人と交渉しようか?」


 トールがやり返すと、部屋の隅でミッツィが噴き出した。ヴァンガが睨むと、ミッツィは肩をすくめる。

 ヴァンガがトールに視線を戻し、口を開くタイミングを見計らって先手を打つ。


「なぁ、ヴァンガさん。あんたがリーダーなのか? 俺は、光剣のカランがリーダーって聞いてたんだけどな」


 先ほどから目を伏せているカランを横目で見ながら、問いただす。


「ヴァンガさんと話をまとめても反故にされたりしないか? ここは交渉の場だろう。リーダーが出てくるのが当然だと思ってるんだが」

「こちらは臨時とはいえパーティだ。役割分担がある。交渉は一任されている」

「そうなのか。なら、始教典の争奪に関しては互いに恨みっこなし。対吸血鬼用の遺失魔法についても同様。遺跡内では互いにいかなる状況下でも相互不干渉でどうだ?」


 トールの提案は、簡潔に言えばお互い無視しあおうというものだ。


 共通認識として、今回の依頼における最大の障壁は互いのチームである。Aランク魔機獣の群れよりも、序列持ちの方が厄介だ。

 仮に、正面から激突した場合、止められる者がいない。禍根を残せば今後の依頼にも影響が出かねない。

 実際、今回の依頼でのファライの参加動機はトールとの勝負ができそうだからというものだ。


 ヴァンガも妥当な落としどころと判断したのか、深く頷いた。


「情報提供は?」

「情報提供? なんの?」

「遺跡、ストフィ・シティについての情報提供だ」


 ヴァンガとにらみ合い、互いの表情を読む。

 トールには気がかりがあった。


 Aランクの魔機獣の巣になっていようとも、目の前の序列持ちチームが手こずるとは考えにくい。

 エミライアからの依頼を受けた時、トールの最大の懸念は現地に到着した時にはすでに始教典が遺跡から持ち去られているのではないかというものだった。


 しかし、ふたを開けてみれば勇者チームは町にいる。

 情報提供を言い出すからにはすでにストフィ・シティにも入ったはずだ。そのうえで、勇者チームは目的を達成していない。

 遺跡には、勇者チームが手こずるほどの何かがあるのだ。


 だが、事前にエミライアから話を聞いていたため、おおよその想像はつく。


「魔機獣の生産施設だろ?」

「知っていたか。その通りだ」


 魔機獣の生産施設がある場合、少数パーティでの攻略難易度は跳ね上がる。


 以前、魔機都市ファンガーロのそばにある生産施設を攻略した際には四方向から多数の冒険者で包囲、電撃的に魔機獣を倒しながら施設を破壊していった。


 魔機獣は戦闘を経て学習し、それを集団内で共有して最適化していく。

 学習結果を共有している集団を殲滅すれば問題ないが、学習結果が制御施設に送られてしまうとその生産施設の魔機獣は学習結果を共有された状態で生産されていく。


 勇者チームが手こずっているのは、生産施設が併設されていることを知らずに攻略を開始し、戦闘データを学習されてしまったからだろう。


「他にも、対吸血鬼用の罠がわんさか仕掛けられてる。明暗の差も激しい。遺跡そのものが吸血鬼との戦闘を想定した造りで、町というよりも城になっている」


 なし崩しに情報提供をしてくるヴァンガの機先を制して、トールは口を開く。


「すでに知っている情報だ。対価は期待するな」

「駄目か」


 ヴァンガが苦笑した。

 食えない奴だとトールも苦笑する。


「おおかた、ファライから俺の攻撃で魔機獣の学習データを飛ばせるって聞いて当てにしてるんだろうが、すでに制御施設に送られているなら無理だぞ。制御施設を壊せば別だけどな」

「やはり、それしかないか」


 ヴァンガはため息をつき、話を変えた。


「決闘権について決めておこうか」


 決闘権、冒険者の依頼が何らかの理由でぶつかった際、手っ取り早く決闘で可否を決める取り決めだ。

 冒険者はその実力を担保にしたある種の信用商売であり、いかなる形であれ依頼の失敗は今後の活動に響く。

 依頼がぶつかった際に話し合いで解決できるケースは少ないため、無用な被害が出ないように作られた制度だ。


 トールは顔をしかめる。

 勇者パーティはすでに遺跡に入って探索を経験している。難航しているとはいえ、トールよりも先に進んでいるばかりか人数、実力も申し分ない。

 争奪戦となれば、先に始教典にたどり着かれる可能性もあった。


「俺が奪取した場合、タイマンで受けよう」

「こちらをなめているわけではないと分かって安心したぞ。では、こちらが奪取した場合、場所の選定権をもらう」

「……分かった」


 決闘場所は広範囲に被害をばらまきやすいトールにとっての死活問題となる。街中の広場を指定されでもすれば、周辺被害を気にして大技が使えない。

 嫌なところを突いてくるな、と苦い顔をするトールにヴァンガはにやりと笑って続けた。


「今日明日中に、決闘権についてギルドに申請する。そちらも同意書の提出を頼む」

「分かった」


 話がまとまったその時、ミッツィが壁から離れて話に割って入ってきた。


「……ファライがこちらに来る」

「話は終わりのようだ。アレが来てはもう、交渉どころではないからな」

「そっちでもアレの扱いってそうなんだ」

「まぁ、アレはあれだが、それなりだからな」

「……代名詞だらけの会話。すっごい頭が悪いと思うの。でも同感」


 トール達が同時にため息をつき、立ち上がる。


「それじゃ、恨みっこなしでな」

「あぁ、依頼人への交渉だけは頼む。協力できるならその方がいいだろう」


 料理屋を出て、トールは双子を見る。


「ひとまず、正面衝突は避けられそうだ。ギルドで宿か貸し家でも紹介してもらって、そこを拠点にしよう」

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