第7話  画家志望の少女

 まいったな、とため息をついて、トールは宿を出るなり魔機車に乗り込んだ。


「どうでしたか?」


 助手席に座っていたユーフィが首尾を尋ねてくる。


「駄目だった。部屋が余ってないとさ」

「七軒目ですよ。完全に敵視されてますね」

「リスキナンの忠告はこういうことだったんだろうな。根回しが早い。各々の派閥が一致団結していて、麗しいことだよ」


 吸血鬼融和派の代表格であるリスキナンからの提案を断ったことで、トールたちは融和派を敵に回したと判断されているらしい。

 加えて、吸血鬼排斥派が出した依頼を断っているため、こちらからも敵視されている。

 結果、二派閥のどちらからも潜在的、消極的な敵とみなされ、どちらの宿からも滞在を断られる始末だった。


「皮肉を言ってる場合でもないですよ。関が締まる前に滞在先を決めないと、一晩中、市内を徐行運転する羽目になります」

「大型魔機車を路駐なんてしたら、行政を預かるベロー家に取り締まってくださいって言ってるようなもんだしな」

「これは最悪、クラムベローを一度出て野営でしょうか」

「それしかないな。しかし、連中の思惑通りに追い出されるのも癪だ。まだ観光もしてないし、どうせ断られるなら宿探しを諦めてそこらの露店でも見学するか」

「切り替えが早いですね」

「負けず嫌いなだけさ」


 魔機車を発進させて、しばらく道なりに暇つぶしができそうなものはないかと探していると、画廊が目についた。

 芸術の都クラムベローだけあって、画廊そのものは珍しくないが、ちょうどコンテストを開いているらしい。


「入場無料みたいですね」

「覗いていくか」

「もう宿を探す気ありませんね?」


 苦笑しながらも双子は乗り気らしい。

 馬車を停められる広場を見つけ、魔機車を乗り入れる。


 魔機車から降りた三人は画廊へと歩き出した。

 コンテストを開くだけあって大きな建物で、なかなか盛況のようだ。整理券まで配られている。

 整理券を渋られるかと思ったが受け付けはトールたちのことを知らないらしく、笑顔で整理券を差し出してくれた。


 さすがに都市の隅々までトールたちの情報を回せるほど人員も時間もなかったのだろう。

 手配書が出回っている犯罪者でもないため、トールたちは堂々と中に入る。


 正方形を四分割したような各フロアに絵が飾られているようだ。順路もありトールたちは人の流れに乗ってゆっくり回遊を始めた。

 私語は厳禁かと思っていたが、客たちは絵画の一枚一枚に言葉を交わしあって盛り上がっている。

 遠慮はいらないだろうと肩の力を抜いて、トールは絵画を見た。


「……分からん」


 良し悪しを論じるどころか何が描かれているのかもわからず、トールは腕を組んで眉間にしわを寄せる。

 ユーフィとメーリィは絵をちらりと見てすぐに興味を失ったように次の絵を見に足を伸ばす。

 トールはユーフィの肩を叩いた。


「この絵、何が描いてあるんだ?」

「さぁ?」

「さぁって」

「多分、物体を描いたものではないと思いますが、抽象的なものなので感性が合わない人には何が描いてあるのか分からないと思いますよ。理解ではなく共感を求めるタイプの絵みたいですから」


 一目見て共感できなかった時点で門前払いということらしい。


「時間が経って、感性や嗜好に変化が出たらもう一度見てみればいいと思いますよ」

「一期一会だと思うんだが」

「ご縁がなかったのでしょうね」


 それはそれで寂しい気もしたが、買いたいとまでは思わない。

 次の絵、さらに次の絵と順に眺めていく。

 コンテストのはずだがテーマも何もはっきりとはわからなかった。


 疑問ばかりが膨らんでいくトールとは違い、ユーフィとメーリィは時折足を止めて絵を眺めることがあった。

 順路の最後に差し掛かり、トールが足を止める。


「へぇ」


 絵に魅入ったわけではない。画家の名前に見覚えがあったのだ。


 ――リスキナン・ベロー


 今日会ったばかりの優男の顔を思い浮かべながら、トールは絵を見る。

 青をふんだんに使った風景画だ。クラムベロー周辺の景色ではないが、見覚えがある。


「港町ですね」


 ユーフィとメーリィが絵に描かれた港を見て、首をかしげる。

 クラムベローの周辺には海はおろか湖もない。


「南の方にあるフルマって港町だ。三年くらい前に依頼で出向いたことがある」

「そういえば、リスキナン・ベローさんは冒険者クランのリーダーでしたね。トールさんと同じで依頼の処理で出向いた港町を絵に描いたのでしょうか」

「そんなところだろうな。しっかし、上手いな」


 トールでもはっきりわかる上手さだ。最優秀賞の候補だと思われる。

 しかし、トールとは違ってユーフィとメーリィは絵そのものは見ていなかった。


「青色がかなり豊富に使われてますね。実家からの資金融資があるのでしょうか? だとしたらなぜ冒険者を?」

「依頼にかこつけてあちこちで写生でもしてるんじゃね?」


 冒険者は様々な町や都市への出入りに制限を受けにくい。

 リスキナン・ベローは領主家の血筋だ。政治的な訪問ではないことを内外に示すためにも冒険者の肩書は便利に使える。

 トールの推測にユーフィとメーリィは納得したらしく、頷いて絵から視線を外した。


「そろそろ出ましょうか」

「そうだな」


 過去のコンテスト入賞作品のレプリカが並ぶ販売区画を素通りする。

 客の流れがぶつからないように建物の裏手に設けられた出口から外に出て、魔機車を停めた広場を目指して歩き始めた。


 ここは画廊が並ぶ道だけあってか、露店も画商が多い。自らの絵を売っている者もいれば似顔絵を描きますと看板を出している者もいた。

 流し見しながら歩いていると、双子が唐突に足を止めて露店に並ぶ絵を見た。


「この絵、良いですね」


 ユーフィが中腰になって端的に褒めた絵は、色を付けていない風景画だった。

 しかし、線の強弱はもちろん絵として切り取った部分だけでなく空間の広がりを見せる構図など、表現力も読み取れる。

 技術的なことがよく分からないトールでも、良い絵だと思えた。リスキナン・ベローの絵よりもこちらの方が、また見たいと思わせる何かがある。


「この大きさなら魔機車の中に掛けてもいいな」

「あ、それいいですね」


 メーリィがトールの意見に賛成し、きょろきょろとあたりを見回す。

 トールも先ほど気付いたが、この露店には店主らしきものがいなかった。かといって、代金を入れるような入れ物があるわけでもない。


「値札もついてますから売っているんだと思うんですけど、どうしましょうか?」

「宿は望み薄だから、そろそろ関に向かわないとまずいな。明日にするか?」

「――あぁ、お客さん!?」


 離れたところから少女の声が聞こえてきて振り向くと、目が合った。

 十三歳ほどの小柄な少女だ。リスのような身軽さで駆けてくる。


「お客さん、だよね? お待たせしてすみません。どうせ誰も来ないと思ってお茶してました!」


 正直な子である。

 思わず笑ってしまったトールは、絵を指さす。


「急いでたから明日にしようかと思ってたとこだよ。この絵を買いたいんだけど、いいかな?」

「え、その絵、本当に買ってくれるの?」

「空間の広がりみたいなものを感じる絵だから、魔機車の中に飾れば閉塞感も減ると思ってさ」

「わぁ! ありがとうございます! これを描いたの私なんです! 兄さんの絵じゃなくて私の絵を買ってくれるなんて――あ、そうだ。急いでるんだよね」


 おしゃべりを始めかけた少女はハタと気付いて絵を持ち上げると、トールに差し出した。


「どうぞ」

「ありがとう。銀貨三枚でおつり出せるかな?」


 財布から銀貨を取り出すと、少女は三枚を受け取っておつりの銅貨を数え始める。


「お客さんたち、急いでるらしいけど何か用事?」

「宿を取れなくてね。魔機車があるもんだからクラムベローの外で野営をしようかと」

「外!? 危ないよ。クラムベローは観光地だけど、周辺はたくさん魔物が出るし、最近は魔機獣も多いよ。行くところないならうちに来ない? 敷地だけは無駄に広いから」


 おつりの銅貨をトールに差し出しながら少女は双子を見る。


「こんな美人さんもいるし、やっぱり外は危ないよ」

「いや、いきなりお邪魔するのも……」


 少女はトールが序列持ちの冒険者だとは知らないため純粋に心配してくれているのだろうが、いきなり個人の家に一泊というのは気が引ける。


「それに、宿を取れなかったのは吸血鬼事件で融和派にも排斥派にも所属しなかったからなんだ。君とお兄さんを巻き込めない」

「大丈夫、大丈夫。もともとその騒動からは距離を置いてるから」


 あっけらかんと笑って手をひらひらと振る少女はユーフィとメーリィの手を取った。


「お姉さんたちも、野営よりはうちに来た方が安心だよね?」

「えーと、一概には言えない気もしますね」


 トールの強さを知っているため、メーリィが困ったように笑う。


「いいじゃん、ね? 兄さんは絵にしか興味ない変人だし、何なら私の部屋に来てよ。ちょっと絵の具の臭いがするかもだけど、外よりは安全だよ」

「ここまで言ってもらってますけど、お邪魔しますか?」


 ユーフィとメーリィに決定権をゆだねられて、トールは頷いた。


「まぁ、お兄さんに断られたらまっすぐ関に向かうってことで」

「兄さんは私が必ず説得する。多分、二つ返事で歓迎すると思うけどね」


 すぐに露店の片づけを始めながら、少女は名乗る。


「私、ピアム。見ての通り、画家を目指してるんだ。というわけで、旅のお話を色々聞かせてくれると嬉しい」

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