第6話 手口の変化
リスキナン・ベローが去ると、恐る恐るといった様子でギルド職員が二階から降りてきた。
「す、すみません。まさかリスキナン氏が直接やってくるとは思いませんでした」
「こっちは面倒ごとを回避しただけだから気にしてない。それより、ベロー家の立ち位置がややこしくする原因ってのはああいうことか?」
融和派に属しているらしいリスキナンの提案を思い出しながら確認を取ると、ギルド職員が頷いた。
「ベロー家は融和派でギルドへの依頼を出し渋っています。家畜に実害が出ているにもかかわらず融和派が力を維持しているのもベロー家の後ろ盾があるからなんです」
「依頼を受けるうえでは嫌な話だな。俺たちには関係ないが、リスキナンの去り際の台詞も気になる。早めに行動した方がよさそうだ」
リスキナンの忠告を真に受けるなら、融和派からの協力は渋られそうだ。
下手に旗色を明確にして政治対立に巻き込まれてしまうよりはいいが、調査は難航の気配が早くも表れている。
ユーフィとメーリィが二階のサンルーフから周囲を確認し見張りがいないと教えてくれる。
「大丈夫ですよ、外に出ても」
「それと、被害に遭った家畜ですが、検死記録はありますか?」
「魔物ではないのでギルドにはありません。クラムベロー行政の担当なので、そちらに紹介状を書きましょうか?」
「いいえ、大丈夫です。融和派に属しませんが、排斥派にも属しませんから」
ギルド職員を魔機車の外に送り出し、ユーフィとメーリィがトールを見る。
「では、早速向かいましょう」
「そうだな」
トールは頷いて運転席に座り、アクセルを踏む。
滑らかに走り出した魔機車の中で、ユーフィとメーリィはトールに話しかけた。
「ギルド職員が持ってきた魔物の検死報告ですが、妙だと思いませんか?」
「妙なんてものじゃねぇよ」
苦笑したトールは魔物の検死報告を思い出す。
十五年前から始まる半年から一年ごとに出る魔物の失血死。これについては吸血鬼の仕業ともとらえられる。
だが、事態が急変したこの二年間に出ている失血死については明らかに別だ。
「吸血鬼は内臓を食べるんですか?」
メーリィが不審な点をピンポイントで質問してくる。
この二年間における失血死では魔物の血液だけでなく心臓や肝臓などが抜き取られている。
トールは獣人の長老衆からの又聞きだと断りを入れてから話し出す。
「心臓を食べることはあるそうだ。だが、戦って倒した相手に対して敬意を表すための儀礼的側面が強い行動で、魔物に対して行うものではないな。まして、家畜相手にはやらないだろう」
被害に遭った家畜について調べるのなら、まずは内臓の状況だ。
ユーフィが助手席に座り、メーリィがトレーラーハウスで何かを書き始める。
「トールさんの見解では、今回の事件に吸血鬼は絡んでいそうですか?」
「正直、分からないな。十五年前からの失血死とここ二年の内臓抜きは同一人物や組織によるものとは考えにくい」
「では、犯人または犯行グループが複数あると?」
「おそらくな。十五年前からの事件では噛み跡が確認されてない上に心臓上部の動脈を正確に切って血抜きしている。かなり手際がいいし、魔物の解剖学にもある程度の知識がないとあんな多くの種類で同じことはできない」
だが、標的となっているのは強力な魔物ばかりだ。これを倒せるだけの実力がある冒険者なら経験も積んでおり、血抜きの手際から吸血鬼だとは断定できない。
「反面、ここ二年間の標的は弱い魔物、大型のモノが多い。手際こそ悪くはないが……」
「別件だと思う、ですか?」
「勘だけどな。だが、魔物の内臓を抜いても使い道がないし、そもそも腐る。それくらいなら皮でも剥いだ方が実利的だろ」
標的と手口が変化しているにもかかわらず、目的がいまいち見えないことが吸血鬼の犯行とみなされる一因だと考えられる。
「それで、二人の意見はどうなんだ?」
「おおむね、同意です。私たちは吸血鬼について詳しいわけではありませんから生態や文化の方面からの推測はできません。しかし、内臓、特に心臓と肝臓を取るというのが――」
ユーフィが唐突に口を閉ざし、窓の外の商店を見る。魔機車の後方へと流れていく景色を見送って、ユーフィが視線を前に戻し、目を閉じた。
話の途中だったが、何か考えることができたらしい。バックミラーを見るとメーリィも書き物の手を止めて黙考している。双子の間で何らかの意見が交わされているのだろう。
トールは商店の並びを思い出す。料理屋、肉屋といった飲食系の並びに皿などを売っている陶芸品店があった。
双子が何に興味を引かれたのかは分からない。
ひとまず邪魔しないよう、トールは安全運転に集中し、街中であることも手伝って速度を落とす。
昼過ぎに到着した役所の近くの路地に魔機車を停めて、いまだに黙考する双子に声をかける。
「ついたぞ。来るよな?」
「えぇ、何よりもまずは情報でしょう」
双子が颯爽と魔機車を降りる。首に巻いたおそろいのスカーフが風に揺れた。
役所に入り、受付で用件を告げると怪訝な顔をされた。
冒険者風の若い男一人に美少女双子という得体のしれない三人組が家畜の死亡記録を見たいと言い出したのだから無理もない。
だが、規則で見せられないといったこともなく、淡々と資料室へ通された。
「持ち出し厳禁です」
いまだに怪訝な顔の職員に見守られながら、ここ二年の家畜の死亡記録を閲覧する。
目的の資料はすぐに見つかった。
「抜かれていますね」
「血も内臓も」
「やはり犯行目的は血と内臓だけか。それとも、騒ぎを起こすのが目的か?」
ベロー家に不満を抱く者の犯行という線も考えられなくはない。
一通り記録を調べ、やはり人への被害がない事も確認したトールたちは役所を出る。
次はどこを調べようかと考えながら魔機車に乗り込むと、ユーフィとメーリィが声を揃えてトールに話しかける。
「ところでトールさん」
「なんだ?」
「私たち、今ちょっと貧血気味でして」
「そうか。まぁ、仕方がないな。旅の身空で鉄分とビタミンは取りにくいし」
魔機車を手に入れたことでクラムベローに来るまでの旅もだいぶ楽になっていたが、食事はどうしても味気ない料理が多かった。
双子が互いの両手を合わせ、鏡写しのようにトールを見つめる。
「ところで、ところで、先ほど魔機車から料理屋のメニューが見えまして」
「へぇ、何か食べたいものでもあるのか?」
「ズバリですね、クラムベロー名物『吸血鬼も大好きブラッドソーセージ』」
「またキツイものを……。臭いぞ、あれ」
「牛ヒレ肉の特製赤ワイン煮込み、鳥系魔物の串焼き各種」
「オッケー、夜にその店な。ちゃんと場所を覚えておけよ」
「やったー」
双子が合わせていた両手を一瞬離し、パンッとハイタッチした。
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