第7話 手土産二つ
「おい、迎えに来たぞ。……なんだ、こりゃ」
夜、ロクックと別れてコーエンの工房を訪れたトールは精魂尽き果てた様子の三人を見て頭を掻いた。
鉄製の見慣れない実験器具や白い粉、黄色い粉が底にたまったビーカー、廃液とラベルされたガラス瓶には赤い泥のような物がたっぷり入っている。
メーリィが疲れた顔を上げる。
「トールさーん、助けてください」
「なんだよ、珍しく情けない声出して」
見れば、ユーフィも疲れた顔で立ち上がり、姉妹揃ってトールに抱き着いてくる。
やはり、疲れた顔をしているコーエンが腹をすかせた肉食獣のような目でトールを見た。
「トールさん、うちの工房に終身雇用されてくれないかな?」
「待て、本気で話が見えない。どうしたんだよ。アルミニウムが作れなかったのか?」
お土産にバーで買ってきたやけに手の込んだケーキを三人に配ると、夕食も取っていなかったらしい三人は目を輝かせてトールを拝んだ。
「トール様、雷神トール様、どうかそのお力を我らに!」
「そういうのいいから。本題に入ってくれ」
手を合わせてくるユーフィとメーリィに先を促す。
メーリィが経緯を説明するため、黄色い粉が入ったビーカーを持ち上げる。
「単体のアルミニウムを得ようとして、還元用のナトリウムを用意したまではよかったのですが、材料の塩化アルミニウムが得られず、水に難溶のよくわからないアルミニウム化合物ができるばかりで手詰まりになりました」
「あぁ、うん。分かったような、分からないような」
中学レベルの化学知識しか持っていないトールは、物質名こそ理解できるが何が起きたのかはさっぱりだった。
ともあれ、双子の目論見は失敗したらしい。
トールはひとまず、自分が持ってきた情報を告げるべく話題を変えた。
「そんな三人に朗報があるんだ。聞いてくれ」
「朗報、ですか?」
「魔機獣の巣の攻略が決定された。それで、ロクックから参加しないかと打診があって、承諾したんだ。ただ、事前情報なしなのはまずいから、ギルドの資料で過去の攻略記録を見てきた」
トールはギルドの資料室にあった攻略記録の写しを三人に見せる。
そこには魔機獣の巣を攻略した際に得られた戦利品として各種金属や鉱石が羅列されていた。
「コーエンさん、氷晶石を手に入れたのは前回の魔機獣の巣攻略時の戦利品が市場に流れたからだろう?」
「そうよ。あの時はいろいろなものが流れてきて、賑わったわ」
「それでちょっと気になって過去の分も調べてみたんだ。そうしたら、ファンガーロ成立初期、魔機獣の巣の完全破壊作戦の資料にこんな記述があった。――水銀に反応しない銀を発見。傷をつけると綿状繊維が発生する」
ユーフィとメーリィがケーキを食べる手を止めてトールを見た。
「アルミニウムですね!」
「っぽいな、と思ったんだけどやっぱりアルミニウムの記録だったか」
アルミニウムは空気と反応して酸化被膜を作り、表面が酸化アルミニウムとなる。
酸化アルミニウムは水銀と反応せず、安定している。だが、表面を傷つけて内部のアルミニウムを露出させると水銀と反応、しかしすぐに酸化アルミニウムとなる。こうして形成された酸化アルミニウムは繊維状に水銀の上へ塔のように伸びていく。
トールはウバズ商会の双子の部屋で見た教科書の写真を覚えていただけだが、どうやら当たっていたらしい。
双子が揃って拍手する。
「トールさん、お手柄です!」
「ありがとう。どうやら、偵察型に分類される飛行型の魔機獣に使われている金属らしいことまでは突き止めたんだが、飛行型魔機獣は討伐が難しいから、問題の金属は市場に出回っていない」
アルミニウムが知られていないのもこれが原因だろうとトールは推測を話す。
コーエンが笑みを浮かべた。
「魔機獣の巣の攻略作戦に参加すれば、アルミニウムが手に入るかもしれないわね」
「そういうことだ。どのみち、俺は参加を決めている。アルミニウムを持ち帰ってこようと思うが、どれくらいの量がいるんだ?」
「私も参加するわ。ゴーレムを持って行った方が運べる量も多いから」
突然の参加表明にトールは思わずコーエンを見つめた。
魔機師であるコーエンが戦えるとは思えない。魔物相手ならばいざ知らず、魔機獣が相手となれば半端な戦力は邪魔なくらいだ。
「悪いが、足手まといだ」
「守ってくれとは言わないわ。戦闘用のゴーレムを五機用意してある。ギルドの依頼で冒険者の訓練相手に製造したものよ。エンチャントも可能」
試してみるかと聞かれ、トールは頷いて席を立った。
「やってみよう」
「決まりね」
コーエンが工房を出て資材倉庫に向かう。
興味を引かれたらしいユーフィとメーリィもついてきて、トールにささやいた。
「私たちも行きます」
「絶対に行きますよ」
「話は通してあるよ。どのみち、二人には来てもらうつもりだった。俺にはアルミニウムの区別がつかない」
双子の実力であれば自分の身を守るくらいはできる。エンチャントにも慣れてきており、二人揃えばBランクの冒険者パーティと互角に戦えるだろう。
それに、そろそろ魔機獣との戦闘を経験してもらいたいとも思っていた。今回はファンガーロの冒険者が多数参加するため、視野が広い二人は立ち回りにさえ気を付ければ危険が少ない。
コーエンが資材倉庫に入り、五機のゴーレムを連れて出てくる。
戦闘用というだけあってどれも装甲が厚く重量感がある。どれも二メートルほどで腕が二本、歩行用の脚とは別にバランスを取るためか尻尾がついており、尻尾の先には滑車がある。
武装はクロスボウと鉄製の棒だ。体が機械化されている魔機獣を相手にするのなら、ゴーレムの出力で殴ったほうが仕留めやすいという判断だろう。
「訓練用の装備に変えようか?」
「いや、必要ない。戦闘力の確認だから、エンチャントの持続時間にもかかわる実戦用の武器でやってくれ」
壊さないようにと、トールは鎖戦輪を取り出さずに鎖手袋だけをはめ、少し酒の入った息を吐きだして半身に構えた。
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