第9話 臨時パーティー

 冒険者ギルドの受付は大混雑していた。


「炭酸ポーションの供給が止まるってのはどういうことだよ。代替品はあんのか?」

「ギルドは撤回に向けて動いてるのか?」

「第九階層は奇襲してくる魔物が多いんだよ。即効性のポーションがなければ攻略にどれだけ死人が出ると思ってる?」


 涙目になって対応している職員たちに、トールは同情した。

 冒険者ギルドはきちんと仕事をしている。炭酸ポーションに関してはギルド長も動いている。


 だが、状況を周知するだけの時間がなかったのだろう。命がかかっているだけあって冒険者も今日ばかりはダンジョンに向かわず情報収集に躍起になっている。

 そんな場所に、炭酸ポーションの開発者である双子を連れてやってきたトールに、冒険者たちが目を止めた。

 水を打ったように静まり返る。

 Bランクの冒険者に詰め寄るほど愚かではないのだろう。


 トールたちが無視して受付に向かおうとしたとき、人ごみを割って、小柄な女性が現れた。

 赤い髪を首のあたりで雑に括った、鋭い目つきの若い女だ。刃渡り二メートル近い長剣を収めた鞘に特徴的な民族文字が刻まれている。

 メーリィが興味を惹かれたように文字を読み取った。


「鞘討ち?」

「うん? ……読めるのかい?」


 メーリィに鞘の文字を読み上げられた女が面食らったような顔をする。

 ユーフィが小さく頷いた。


「北方シュリーヘルの少数山岳エルフの文字ですよね」

「博識だね。育ての父からの譲りものさ。まぁ、そんなことはどうでもいい。おい、赤雷!」


 声をかけてくる若い女に、トールは観察するような目を向けた。

 こんなちんちくりんの知り合いなんかいたっけ? と表情に出ている。

 少しイラっとした様子の若い女が名乗った。


「鞘討ちのバストーラだ」

「あぁ、Bランクパーティの鞘討ちか。活動拠点はもっと北じゃなかったか?」


 Bランクパーティ『鞘討ち』はバストーラを筆頭とした七人組。トールの記憶が正しければ冒険者序列四十一位である。


「炭酸ポーションの噂を聞いて確かめに来たのさ。それより、これは何の騒ぎだい? あんたが絡んでるんだろ」

「商業ギルドがダンジョン攻略されると困るって炭酸ポーション関係者に圧力をかけて販売停止に追い込んできたんだ。むかついたからダンジョン攻略する。鞘討ちも来るか?」

「腸煮えくりかえる話を聞かされたかと思ったら面白い意趣返しを企画してんじゃんか。参加してやんよ」

「参加ありがとよ。炭酸ポーションの在庫も使いたい放題だ。効果も確かめられるし一石二鳥だろ?」

「へへ、ラッキー」


 いかつい名前に似合わずおてんば少女のような笑顔を浮かべたバストーラは背後のテーブルに座っていた仲間を手招いた。

 六人の男女が立ち上がった。平均年齢二十代後半に見える。しかし、バストーラを含めて全員特徴的に尖った耳をしていた。

 全員がエルフ族、実年齢は二百歳を超えているだろう。


「序列十七位、赤雷のトールさんですね。お初にお目にかかります」

「これはどうもご丁寧に」


 鞘討ちのメンバーと握手を交わし、トールは受付に向かう。


「パーティ申請をしに来た。こっちの双子と、それから鞘討ちも合同で臨時パーティーを組む。それから、運び人を募集したい。報酬は一日金貨一枚、条件はエンチャントが可能なこと」

「……は、はい」


 序列持ちがあっさりと臨時パーティーを組むのを呆然と眺めていた受付がこくこくと何度も頷いた。


 募集用紙を出す受付を眺めるトールの後ろで、冒険者たちが視線を交わしあう。

 一日金貨一枚は破格の条件に聞こえる。しかし、序列持ちの戦闘に巻き込まれる恐れがあるばかりか、目的がダンジョン攻略、つまりは最深層である。

 条件にある”エンチャントが可能なこと”も自分の身は自分で守れと言っているのに等しい。強力な魔法が飛んでくる戦場で荷物を守らねばならないのだ。

 半端な冒険者ではついていけない。


 トールもこの条件では稼ぎを目的に参加する者がほとんどいないことは分かっている。

 受付が注目を浴びながら居心地の悪そうな顔で掲示板に募集を張り出すと、冒険者たちは遠巻きに成り行きをうかがい始めた。

 トールは鞘討ちたちと席に着き、ダンジョン攻略の計画を立て始める。


「鞘討ちはフラーレタリアダンジョンについての資料に目は通しているか?」

「読んだ、九階層到達したばかりだってな。十年前から八階層で足踏みしてたと聞くが、冒険者の実力不足というより、ダンジョン内部の環境が原因だろう」

「あぁ、炭酸ポーションが普及してすぐに攻略ができたのが証拠だろう。八階層までは魔物の脅威度も含めて十分に対処できる」


 トールも物資の補給面が整っていれば単独で八階層まで降りる自信があった。

 九階層についてはまだ情報が出そろっていないものの、砂漠地帯だと判明している。奇襲を行う魔物が多く、負傷しやすい環境だ。

 バストーラがトールの横に座る双子を見る。


「なぁ、その双子を連れていくのかい? あんまり強そうには見えないが……」

「エンチャントができるし、戦闘力はBランク冒険者並みだ。そんなに心配はいらない。遺跡と違ってダンジョンに魔機獣は出ないしな。それに、この二人がいればダンジョン内で炭酸ポーションの調合ができる」

「え、もしかして、この双子が炭酸ポーションの開発者!?」


 驚いて身を乗り出すバストーラに、ユーフィとメーリィが気圧されたようにのけぞった。

 双子の反応などお構いなしで、バストーラはしげしげと双子を観察し、納得して椅子に座りなおした。


「そういうことなら必要な人材だね。話も聞きたいから、歓迎だ。それで、私らはその双子の護衛が主な仕事かい?」

「後は就寝時の見張りだな」

「了解。まったく、これでも序列持ちなんだけど、戦闘では出番がないだろうね」


 苦笑するバストーラと同じ気持ちなのだろう。鞘討ちのメンバーも苦笑したり肩をすくめている。


「Bランクの序列持ちパーティですよね? そんなに戦闘能力が違うんですか?」


 メーリィの疑問に、バストーラは「違う、違う」と軽く手を振って否定する。


「私ら鞘討ちの序列は戦闘貢献度での評価じゃないんだよ。人、魔物、魔機獣の区別なく、標的の追跡と生け捕りが得意なんだ。正面から戦闘もできるが、基本的には絡め手を使う方でね。鞘討ちって二つ名もせっかくの武器を抜かずに標的を捕らえるってやっかみから来てんのさ」


 気に入っているけどね、とバストーラは白い歯を見せて笑う。

 トールはバストーラの言葉に補足する。


「本人はこう言っているが、Bランクの時点でエンチャントが使える。それも、鞘討ちはメンバー全員が使えたはずだ。そもそも、武器を抜かずに魔機獣を生け捕りにできる時点で弱いはずがない」


 トールの評価に、鞘討ちは揃って不敵な笑みを浮かべた。

 その時、遠巻きに見ていた冒険者たちがざわめいた。

 重々しい足音が近づいてくる。

 トールが顔を向けると、頬に傷がある壮年の男が率いる五人組が歩いてくるのが見えた。


「募集を見た。参加させてほしい」


 壮年の男が冒険者証を見せる。ランクはDだった。


「Dランクパーティ岩塊を名乗っている。俺はフドゥ、パーティリーダーだ」


 トールはフドゥたちをざっと見て、笑みを浮かべた。


「頼りになりそうだな。よろしく」


 トールの言葉に双子が驚いて耳打ちする。


「強そうですけど、ランクはDですよ?」

「メーリィ、ランクCへの昇格条件は?」

「魔機獣の討伐ですね。だから私たちもランクはDです」

「たまにいるんだよ。ランクに興味がない。金はいくらでも稼げる。でも、ダンジョン攻略の名誉がほしい。そういう凄腕連中。冒険者は自由人が多いんだ。ランクはあてにするな」


 それに、とトールはフドゥたちの剣を見る。

 使い込まれているのがはっきりとわかる。エンチャントを日常的に使っているせいでフドゥたちの魔力が籠っているほどだ。

 トールとメーリィの会話を耳聡く聞きつけたらしくフドゥがにやりと笑う。


「第九階層に最初に踏み入ったのは俺たちだ」

「つまり、フラーレタリアダンジョンの最前線にいるパーティですか?」

「そういうことだ。足は引っ張らない。邪魔ならおいて行ってくれても構わん」

「鞘討ちも異論はないな?」

「ないね」


 鞘討ちを代表してバストーラがあっさりと了承して立ち上がる。

 トールも席を立ち、フドゥと握手を交わした。


「出発は明後日だ。各自、備えてくれ」

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