第7話 宣伝活動
ガラス工房に発注していたガソジンが完成するや否や、双子はワイン蔵と冒険者が集まるギルド横の酒場に商談を持ち掛けた。
「スパークリングワインです。今後、炭酸ポーションを普及させますので、炭酸飲料に慣れるという宣伝で店頭に並べてみてはいかがでしょうか」
双子の営業力はかなりのものだった。
もともと炭酸ポーションの即効性、有用性は冒険者が知るところだ。炭酸温泉が湧く温泉地に近いフラーレタリアならばなおのこと、注目度は高い。
そんな炭酸ポーションの口当たりに慣れるという名目のスパークリングワインが売れないはずはない。
冒険者は情報収集やダンジョンに潜る前にパーティ内のきずなを深める目的で酒場を利用する場合が多いため、酒場の店主は二つ返事で入荷を決めた。
スパークリングワインが店のメニューに並ぶ初日には双子がデモンストレーションを行う徹底ぶりだ。
端的に言って、スパークリングワインは売れた。
飲みなれない口当たりに顔をしかめる冒険者もいたが、炭酸ポーションをいざというときに飲めるように訓練できるとパーティ仲間に勧められて断れない。
アルコール抜きの炭酸水を安価に供給することでアルコールが苦手な者にも浸透させた。
続いて、双子はポーションの製造を行う錬金術師の工房と冒険者ギルドに掛け合い、炭酸ポーションの製造と沸騰散の販売を開始。
魔物の巣窟であるダンジョンに潜っている冒険者は諸手を挙げて歓迎し、関係者には金貨が何枚も転がり込んだ。
双子はこの金貨を元手に錬金術師の工房と契約を結び、ガラス工房と繋いでガソジンを錬金術師の工房に搬入し、炭酸ポーションの生産体制を確立、安定供給につなげた。
たったの十日間で事業開始から安定化までこぎつける双子の手腕に、トールはウェンズの言葉を思い出していた。
『――その姉妹の知識があれば、作った資金でいくらでも再起が図れる』
双子の働きぶりを見れば、同意するしかない。
フラーレタリアに納める税金の計算をしている二人を眺める。
これなら自分が突然いなくなっても双子の生活は安泰だろうと、トールが安心していると、ユーフィに声をかけられた。
「トールさんに護衛依頼を出さないといけませんね」
「護衛依頼? またダンジョンにでも潜るのか?」
「いえ、炭酸ポーション事業をここまで安定させられたのはトールさんがそばにいたからです。炭酸ポーションの利権を狙われなかったのはトールさんのおかげ」
「いやいや、フラーレタリア内にいる限り、そうそう危険な目には遭わないだろう」
フラーレタリアは冒険者が多く活動している街だけあって、治安維持を担う衛兵も多い。
双子に対して横暴を働く者が出るとは思えなかった。
「それに、二人はエンチャントもできるようになっただろ。魔機獣の討伐実績がないからDランクのままだが、実力的にはBランクだ。襲われても返り討ちにできる」
「トールさんはお金に無頓着ですから分からないのかもしれません。でも、炭酸ポーションで動いているお金は悪意を呼ぶのに十分な金額ですよ」
「そうか? どちらにしても、護衛依頼は受けない。俺は仲間から金をとるつもりはない」
「仲間、ですか」
ユーフィとメーリィがじっとトールを見つめる。
トールは秤で海藻灰の重量を測りながら問う。
「いやか?」
「そういうわけではありません」
「トールさんが仲間という表現を使ったことが意外」
「あぁ、言われてみれば確かに俺らしくないかもな」
トールはソロのBランク冒険者だ。
仲間はおろか、パーティを組んだ経験すら片手で足りる程度である。
ユーフィとメーリィが柔らかい笑みを浮かべた。
「いいですね、仲間。そうこなくてはいけません」
「嬉しがるようなことか?」
「当然です。仲間と思っているのなら、距離を置くこともないでしょうし」
「距離を置いていたつもりはないんだが」
むしろ、割と近いくらいの付き合い方をしているつもりだったトールは面食らう。
メーリィが苦笑した。
「戦闘訓練がどんな動機からくるものか、無自覚だったんですね」
「……あぁ、ある種の自己保身みたいな、そういう動機があったかもしれない」
指摘されて初めて自覚したトールが謝ったほうがいいかと考えた直後、ユーフィとメーリィが頭を下げた。
「動機が何であれ、エンチャントのやり方を教えてくれてありがとうございます」
「この流れで感謝するのかよ。こちらこそ、すまなかった。無意識とはいえ距離を置いていた」
「いえ、トールさんの不安は理解していましたし、こうして炭酸ポーションを作ってお金を稼いだのもその不安を払うのが目的です。目的が達成できたと分かって嬉しいくらいですよ」
「それに、動機がどんなものであっても、やってもらったこと、教えてくれたことに感謝しないわけにはいきません。そこは本当に感謝しているんです」
素直に感謝してくる双子に、トールは苦笑する。
「参ったな。こちらこそ、気遣ってくれてありがとう。今さら不安を隠しても逆に格好悪いか。これからも仲間として頼りにしてるよ」
この二人には敵いそうもない。
トールは軽く咳払いして話題を変えた。
「当面の資金も稼いだようだし、これからどうする? フラーレタリアを出て観光に行きたいとかあるか?」
「いえ、もう少し炭酸ポーションの事業を拡大して、フラーレタリア以外にも普及させる下地を作ろうと思います」
「私たち二人でこの事業を管理するのは無理ですから、基礎を整え次第、冒険者ギルドや錬金術師ギルドを通じてしかるべき管理人を立てます」
「それがいいかもな。冒険者も炭酸ポーションが普及すれば死亡率が下がるだろうし、フラーレタリアのダンジョン攻略が加速しているって話もある」
先日、炭酸ポーションや沸騰散を持った冒険者クランが十年ぶりに階層を更新し、第九階層に到達したとの噂が流れている。
他にも、怪我が絶えない前衛組の安定化で躍進しているパーティも増え、全体的に深くまで冒険者が潜るようになっている。
「二人にギルド支部長が感謝してたぞ。フラーレタリアのダンジョンに人手を取られ過ぎていると他の支部からつつかれていたらしい。ただでさえ、最近は各地にダンジョンが出現して、冒険者は人手不足が深刻だからな」
冒険者は街道や地域の安全を確保する大事な戦力だ。
一か所に集中するのは他の地域の不安定化を招くため、適度に動きがある方が望ましい。
ダンジョンが攻略されれば冒険者も適度に周辺地域へと散っていくため、攻略を加速させる炭酸ポーションと沸騰散の開発は支部長にとっても喜ばしいものだったのだろう。
「金銭は悪意を呼ぶが、使い方を間違えなければいろんな人間を救うんだ。ユーフィもメーリィも胸を張っていい。やっかむ奴がいれば俺が黙らせるさ」
密輸事件もあって金銭が呼ぶ悪意を警戒している二人を励まして、トールは沸騰散を小分けする作業に戻った。
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