第14話 朝駆け
「言うほど弱くありませんね」
ユーフィの評価を受けて、トールも言い返す。
「言うほど強くもないようだ」
ボードゲームは予想以上に白熱し、一進一退の攻防を見せていた。
密輸の手口の見極めといい、知的な印象を受ける双子だったが、片方が寝ていると起きている方の個性が出やすくなるらしい。
勝負が白熱しているのはユーフィがどちらかというと直感型の打ち筋だったからだ。最善手の見極めが早い代わりに時間をかけて読み切るのは苦手らしく、五手先までしか読んでいない。
対するトールは謙遜していたもののそれなりには打てる方だった。定石に持ち込んでしまえば経験で差を埋められる。
形勢はトールの方が悪いものの、予断を許さない戦況にユーフィが唸る。
「侮っていたつもりはありませんでしたけど、メーリィみたいな正確な手を打ちますね」
「定石は過去の積み重ねだからな」
おそらく、メーリィは知識を起点とした論理の組み立て、ユーフィは直感からの論理の組み立てが得意なのだろう。
双子が揃うと二つの頭で二種の論理組み立てをするため、半端な強さでは勝負にもならないと思われる。
一対一の勝負を喜ぶはずだと納得しながら、トールは駒を動かす。
たびたび繰り出されるユーフィの奇手で形勢が傾き、夜明け前の最も暗い時間にようやく勝負がついた。
「久しぶりに熱中して頭を使ったな」
程よい脳の疲れに浸りながら、トールは寝不足でかすむ目を休めるため窓の外を見る。
街灯に照らされた街並みを眺めていたトールは、馬車の車輪が石畳を走る硬質な音を聞いた気がして背もたれから背中を離す。
「……なんだ?」
まだ町を出るために通る関も開いていない時間だ。馬車を走らせるには早すぎる。
ユーフィも音を聞きつけたのか、ボードゲームを片付ける手を止めた。
「従業員も寝静まったこの時間にお客様とは考えにくいですね。関が閉まっている以上、行商人も考えにくい」
警戒するユーフィは立ち上がってメーリィを起こしに行く。
トールは窓の下の通りを見下ろした。
ちょうど二頭立ての荷馬車がウバズ商会の前で止まったところだった。御者台から飛び降りた若い男がトールを見上げる。
――ヤバっ!
男が身体強化をしたのを見て、トールは瞬時に窓から飛びのいた。
直後、窓ガラスをぶち破って木箱が部屋に投げ込まれた。
天井に当たった木箱は砕け、中に入っていた塩の袋をぶちまける。
「――な、なんですか!?」
起き抜けに塩まみれの部屋を見たメーリィが混乱して声を上げる。しかし、ユーフィとの思考共有で何が起きたのかを把握したらしく、すぐにベッドから体を起こした。
窓の縁に魔機手が掴まり、装着者を持ち上げる。
馬車の御者を務めていた男だ。
耳を澄ませるまでもなく、階下も慌ただしくなっている。
窓から部屋に入ろうとした男はユーフィとメーリィを見て余裕のない焦った表情で声をかける。
「お嬢様、一緒に来てもらおうか」
「お断りします」
「時間がねぇんだよ。無理やりにでも――」
男は言葉を続けられなかった。
男の視界の端から高速で間合いを詰めたトールが鎖手袋に覆われた左拳で男の横面を力任せに殴ったからだ。
頬骨を砕く勢いで振り抜かれた拳に吹き飛ばされ、男は窓の外に飛んでいく。
トールは舌打ちした。
「まったく、お邪魔します、の一言も言えねぇのかよ」
軽口を叩きながら、トールは双子を見る。
「いまの『魔百足』の所属だよな。どうなってる?」
「分かりません。狙いは私たちの身柄のようですが、情報不足ですね」
ユーフィとメーリィが二人して首を振る。
一階の騒ぎが大きくなるのと同時に階段を駆け上がってくる重たい足音が聞こえてくる。
狙いが双子である以上、護衛のトールが何をするかは決まっていた。
「状況は不明だが、ここにとどまるとキリがないな。支部長と合流するぞ」
トールは双子を両脇に抱え、窓へと走る。
階段を駆け上がった足音が部屋のすぐ前まで来ていた。
身体強化をしながら窓に足をかける。
飛び降りるのと、部屋の扉が蹴破られるのは同時だった。
窓から脱出する間際、トールは肩越しに振り返る。
部屋に入ってきたのはハッランと魔百足の所属らしい魔機足を装着した冒険者の二人組だった。ハッランは直前まで寝ていたのだろう、ラフな部屋着姿だ。
「くそっ、逃がすな! あの双子を確保しろ!」
ハッランが近隣住人の存在を忘れたように叫ぶ。
向こうにとっても、いまは不測の事態なのだろう。
窓を飛び出したトールは待ち構えていた『魔百足』の下っ端を無視して馬車の荷台に着地し、双子を抱えたまま包囲へと真正面から突っ込む。
「正面からだと? 序列持ちでもねぇBランクが調子乗ってんじゃねぇぞ!」
飛び込んできたトールたちを捕らえようとした『魔百足』の下っ端たちが武器の柄に手をかける。
しかし、武器を構えようとした彼らは鞘に固定されたように動かない自分の武器を驚愕の表情で見る。
「抜けない!?」
渾身の力を込めても鞘から抜けない武器に彼らが右往左往している間に、トールは双子を両脇に抱えて間を通り抜ける。
「良家の子女を連れ出すのに、この運び方は非紳士的」
「揺らさないでくれるのは好印象です」
ユーフィとメーリィの抗議を聞き流し、トールは狭い路地に入って双子を地面に降ろした。
「ウェンズがいない。というか、『魔百足』の主要メンバーがいないようだな」
Bランクの冒険者が包囲に混ざっていたら、双子を抱えたトールにむざむざ間を抜けられる愚を犯さない。武器が抜けなくとも、両手がふさがっているトールを集団で囲む選択をとれていないのは、彼らの連携のお粗末さを物語っていた。
「ギルドへ向かうぞ。邪魔する奴は俺が蹴散らすから、落ち着いて走れ」
ポーチから鎖戦輪を取り出したトールは、追いかけてくる下っ端たちが路地に入ってこれないようにマキビシをばらまく。
「トールさん、ニンジャ?」
「由緒正しく歴史あるしがない農民の血筋だ。とにかく走れ」
冒険者ギルドに向かって走り出しながら、トールは耳を澄ます。
夜明け前、まだ静かなはずの時間帯だが、町の各所がざわめいている。
大事の予感に背中を押されるように、トールたちは冒険者ギルドへ走った。
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