第13話 自分と戦うんだよ
起き上がったユーフィはメーリィが座っていた椅子にポスっと腰を落ち着けると、手を組んで天井に伸ばし、猫のように背中をそらして体をほぐす。
主張に乏しい胸が強調される仕草だったが、トールは特に何の感慨も抱かなかった。
「メーリィとの思考共有でどこまで聞いてる?」
「密輸の手口がウッドメタルに金貨を封入するものでほぼ確定ってところまでです。証拠集めが難問」
「こうも話がスムーズにつながると、別人と話している気がしないな」
説明の手間が省けて助かる反面、トールの方が混乱してくる。見た目が全く同じ一卵性双生児なのも混乱に拍車をかけた。
ユーフィはメーリィが寝る前に残したメモを流し読みすると、ペンをインク壺に突っ込んだ。
ユーフィがメモの裏面にすらすらと何かを書き始める。
「トールさんが拾った魔機手ですが、貨幣が仕込まれていた部分は手の甲と腕部分?」
「あぁ、間違いない」
「魔機手の造りが雑なのは『魔百足』の手製だからでしょう。工房に発注すると設計図と実物の金属板で厚みに差が生じてしまうので、仕掛けが明るみに出かねません」
魔機手の図を描いたユーフィは矢印で手の甲と腕の部分を示す。
「ダランディの関で『魔百足』を止めて、魔機手すべてに火系統の魔法を当ててしまえば摘発は可能」
「それはやめた方がいい」
トールは思わず口をはさむ。
怪訝な顔をするユーフィに、トールは理由を説明する。
「魔機手は装着者の魔力を通して動かすんだ。頻繁に魔力を通した物はその魔力に馴染んで別の魔力に対しての抗魔力を高めていく。日常的に魔力を流している魔機手ともなれば半端な火魔法だと温度が上がり切らないはずだ」
初めて知ったらしく、ユーフィは好奇心に駆られた様子でメモから顔を上げ、トールをじっと見つめた。
「Bランク冒険者への昇格条件は武装へのエンチャントですよね。それが理由?」
「あぁ、一部の強力な魔物の魔法を武装で弾き返す、最低でも破壊されないようにするには武装の抗魔力が必要になるから、Bランクの昇格条件になっているらしい。身体強化でも対処はできるが、武装が破壊されると撤退するしかないしな」
「トールさんは武装を壊されたことが?」
「幸いなことにないな。怪我はしょっちゅうしたけど」
地球に帰る方法を探して無茶なこともしたと、トールは記憶を掘り返して笑う。
脱線した話を戻すべく、トールは過去を振り返るのを中断し、口を開いた。
「そういうわけで、魔機手を加熱するなら別の方法が必要になる」
「お湯ですね。加熱すればいいだけなので薪で火を起こして空の鍋に魔機手を入れてしまうのもいいですけど」
「空鍋の方がいいだろうな。お湯を沸かすのは手間がかかる。水に火魔法をぶち込むと水蒸気が大量発生して視界がふさがれるから、最悪逃げられる」
トールの意見にユーフィも同意し、メモ書きに鍋で加熱と書き記す。
「料理レシピみたいだな」
「お金が入っていますし、クリスマスプディングみたいですよね」
「なんだ、それ。クリスマスはわかるんだが」
お金とクリスマスとプディングが線を結ばなかったトールは聞き返す。
ユーフィが首を傾げた。
「地球出身者なのになんでわからないんですか?」
「俺の出身は日本で、もともとはキリスト文化圏じゃなかったんだよ。クリスマスケーキは食べていたけどな」
「そういえば、地球も多宗教でしたね」
「おいやめろ。宗教対立は深刻なんだ。地球規模でくくると丸く収まらないんだよ」
「地球なのに丸くおさまらないとは、これいかに」
「茶化すな」
また話が逸れた、とトールは反省して強引に軌道修正する。
「金貨の密輸は関で薪を使って魔機手を鍋に入れて加熱することで証拠を掴む。ここまではいいんだが、この方法をどうやって関にいる役人に提案するんだ?」
ウバズ商会が金貨の密輸に絡んでいることは関で目を光らせている役人たちも気付いている。
双子はウバズ商会の関係者だ。双子の提案をどこまで本気で聞いてくれるかは分からない。
最悪の場合、双子を通じた『魔百足』の罠ではないかと警戒され、後手に回ってしまう。
「そうですねぇ。今日の夜のお出かけでハッランたちも警戒しているでしょうし、『魔百足』が出発日を前倒しにするかもしれません。役人に掛け合うのに時間はかけたくないですね」
ユーフィは魔機手を加熱した際に出る蒸気を吸い込まないようメモに注意書きをしながらトールをちらりと見る。
「トールさんは連絡手段を持っていますよね?」
「冒険者ギルド、ダランディ支部長との連絡ならできる。事前に打ち合わせをしてあるからな」
「そうだと思いました。多分、明日も訪ねてくると思いますが、連絡は早い方がいいでしょう。摘発方法について連絡してください」
書き終えたメモを両手でトールに差し出し、ユーフィはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
金の髪に縁どられたユーフィの笑顔はヒマワリのような華やかさ。見ればほとんどの人が美しいと賞賛するその笑顔を向けられて――トールは胡散臭いものを見るように目を細めた。
「最初から、連絡させるつもりでこの話をしてただろ。俺に密輸の手口や摘発方法を教えるなんておかしいと思ってたんだ」
「へそを曲げないでくださいな。頼りにしているんですよ?」
「連絡手段と支部長を、頼りにしてるんだろうが。その紙をくれ。支部長に送る。ところで、支部長は結婚してるか?」
「していますよ。ケンカするほど仲がいいご夫婦」
「それはいい。ラブレターに偽装しておこう。仲の良さを見せつけてもらおうじゃん」
「やめてください。協力が得られなかったらどうするんですか」
「冗談だって」
肩をすくめて、トールは服の内ポケットから薄い鉄の円盤を取り出した。
ユーフィから渡された紙を折りたたんで鉄の円盤の隙間に詰めたトールは外から気付かれないように窓を小さく開ける。
「あのあたりか……」
夜の町に目を凝らし、連絡員が潜む宿に狙いを澄ませる。
身体強化を手首から先に施しながら、手元を隠して魔法を発動し、通りを二つ挟んだ宿の一室へと鉄の円盤を放つ。
ヒュン、と夜の帳を割いて鉄の円盤が一直線に宿へと飛んで行った。
トールの横から一部始終を見ていたユーフィすら放たれたことに気付かないほどの早業だ。
窓を音もなく閉じると、ユーフィはようやくトールの手元に鉄の円盤がないことに気付き、手品の類を疑ってトールの腕を取って袖口を覗き込む。
「まったく見えませんでした」
「身体強化をしてない奴に見抜かれてたまるか。これでもBランクだぞ」
窓の向こうの宿に目を向ければ、照明用魔機のオンオフを切り替えたのか、部屋の明かりが二度明滅する。連絡を受け取った合図だ。
「後は『魔百足』の動き次第だな」
「そうですね。夜はまだまだ長いですし、ボードゲームでもいかがですか? メーリィが寝ている今なら正真正銘、一対一の真剣勝負」
トールの返事も聞かずに、ユーフィはいそいそとボードゲームを出してくる。
「なんか、嬉しそうだな?」
「私たちが起きていると思考共有で二対一になってしまいますからこんな機会はめったにありません」
「あぁ、そういう弊害もあるのか」
やる気十分なユーフィが駒を並べ始める。
「いいぜ、付き合おう」
トールも明日に備えて仮眠をとっておきたかったが、ユーフィの顔を見て一勝負くらいは付き合ってもいいかと思えた。
ユーフィの表情が、修学旅行で友人たちが浮かべていたものとそっくりだったからだろう。
「真剣勝負です。手加減はしません」
「いいだろう。だが、後悔するなよ?」
トールはにやりと笑いながら、慣れた手つきで自分の駒を並べていく。
ユーフィが警戒するように眉を八の字にした。
「後悔……自信があると?」
「逆だ。俺のあまりの弱さに罪悪感が芽生えるぞ。だが、真剣勝負は自分との戦いだ。打ち勝ってみせろ」
「トールさんと戦うはずが私自身と戦うことに!?」
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