第7話 金貨不足
追手はなかった。
双子の読み通り『魔百足』は商館内を見張っていたらしい。
「まぁ、お嬢様が二人揃って窓から逃走するとは考えないか」
「そもそも、二人も抱えて二階の窓から音もなく着地するなんて、想定外」
「窓を出た後は追いかけっこになるかと思っていました」
「それはそれで面白いかなと期待していましたけど」
「それで、どこに行くんだ?」
「エスコートしてくださいと言いましたよね?」
「サービス外だ」
追手がないのをいいことに軽口を叩きあいながら夜の道を進む。
歓楽通りから離れていることも手伝って、道には人気がほとんどなかった。
照明用の魔機と月明かりのおかげで道は明るく、石畳の隙間に根付いた雑草も見分けがつくほど。
エスコート云々と言いながらも、双子には目的地がきちんとあるらしく迷いのない足取りで進んでいく。
「トールさんがこの町やってきたのはいつ頃?」
「昨日だ」
「では、知らないのも無理はありませんね」
双子の目的地はダランディを囲む外壁の近くにあるこじんまりとした通りだった。
しかし、道を挟んで立ち並ぶ店は服飾、銀細工、宝石などを扱う高級店ばかり。その通りの端にある天秤の看板を下げた店が双子の目的らしい。
「両替商か?」
質屋も兼ねているようだが、店構えからして両替商が本業だろう。
日が暮れてしばらくたっているため店は閉まっていたが、入り口の横に置かれた木製のプレートに双子は注目する。
何が面白いのかとトールも覗き見て、眉を顰める。
「なんだ、この交換比率は」
木製プレートには今日の金貨、銀貨、銅貨の交換比率が書かれていた。
問題は複数種類ある金貨がどれも異様な高値になっていることだ。
今朝方、宿の主人が金貨との両替を頼んできた時には手数料が高いと言っていたが、実際は金貨の高値止まりが問題だったのだろう。
双子は知りたいことは知ったと再び歩き始める。
あとをついていくトールに、双子は部屋を窓から飛び出す前の質問に答え始めた。
「ハッランがウバズ商会を仕切るようになってから、徐々にダランディの金貨や銀貨の需要と供給のバランスが崩れ始めました」
「いまの時期はちょうど、地税の支払いなどで金貨需要が高まりますが、この交換比率を見てもわかる通り、ダランディ全体で金貨が不足しています」
品薄の金貨を求める者が多すぎて、交換比率がえげつないことになっている。そう双子は言いたいらしい。
トールは今朝の宿の主人のボヤキを思い出す。
『徴税請負人の奴ら、銀貨や銅貨だと数枚ちょろまかすんだ』
徴税請負人の横領はどこの街でもあることだが、余計な出費を避けたい街の住人は金貨がほしい。しかし、この交換比率では横領されることを前提に銀貨で支払う方が安上がりだろう。
「金貨の不足がハッランたちの仕業だと言いたいのか?」
「えぇ、でも、からくりが分かりません」
「正当な商取引の結果、金貨が不足している可能性は?」
「町全体で収支バランスが崩れたという話は聞きません。なにより、ダランディは食糧生産力が高く、赤字収支になることがほぼありません」
「なら、金貨をため込んでいる?」
トールの推測に対し、双子は意見を交わすのを楽しんでいるらしく弾んだ足取りで通りを歩きながら答える。
「もしもの時の蓄えとして金貨を保管しておく風潮があることは確か」
「ですが、その量はたかが知れています。そもそも、この金貨不足の状況であれば蓄えの金貨を放出して銀貨に変えて持っておく選択も出てきます」
「これからも金貨が上がると踏んでいるんじゃないのか?」
「ダランディ選出の議員が都市議会で金貨を輸入する手はずを整えています」
「なるほど、この期に及んで金貨を後生大事に持っておく意味がないってことか。本格的に、ダランディの中で金貨が不足している」
トールは周辺の地理を思い浮かべる。ダランディが所属するのはここから北方に向かったヘーベルという十三万人ほどの人口を誇る都市だろう。ダランディの金貨不足を解消するくらいの財力はある。
では、金貨はどこに消えたのか。
「いまの話を聞くと、ダランディの上層部も事態を危険視しているよな?」
「はい。ダランディ上層部は金貨の密輸出が行われているとみて、検問を強化しています。他にも、出所不明の銀細工が見つかったとの話もあり、密輸入も行われている可能性があるようです」
「それはどこから仕入れた情報なんだ?」
「冒険者ギルドに通達があったようですよ。都市の外で不審な者を見つけたら報告してほしい、とも」
支部長経由で聞いた情報らしい。確かな情報筋だ。
「二人はその金貨の問題を解決しない限り、俺を護衛として雇用するってことか?」
「そのつもりです。もちろん、護衛が終わった後には日本語の解読者として雇い入れましょう」
「いらんわ。しかし、金貨密輸出に銀細工の密輸入か。銀細工を売却して得た金貨を持ち出しているってことか?」
「おそらく、事はそう単純ではありません。銀細工はあくまでも小銭稼ぎでしょう。仕入れ値も安くありませんから利益もさほど大きくなりません」
「それに、本格的な捜査が始まればもう使えない手口です。質屋なども捜査に協力してますから」
手を繋いで歩く双子が向かう先には品のいい料理屋があった。ここで夕食を取るつもりなのだろう。
店の入り口前で双子が振り返ってトールを手招く。
「残りは中で話しましょう。ここは父との付き合いがあった店で、中は個室です。密談には最適ですよ」
「夕食代は払ってもらえるのか?」
「護衛期間の食費は持ちます」
「どこからそれだけの金が出てくる。今のウバズ商会で重要な役職についているとも思えないが」
「塩の専売権はウバズ商会名義ではなく、私たちの名義で持っているからですよ。もっとも、実際の業務はハッランたちに取り上げられてしまっていますけど」
金が払われるというのなら、トールも断るつもりはない。
双子と共に店の中に入る。
店主と顔見知りなのは本当らしく、笑顔で歓迎されて奥座敷に通された。
この双子がお嬢様なのだと再認識させられる。
そこそこに分厚い土壁で仕切られた個室スペースに入り、机を囲む。護衛であるトールは入り口側に座り、双子は奥の椅子に座った。
「では、改めてトールさんを雇い入れるきっかけとなった出来事をお話しします」
「きっかけ?」
トールがオウム返しに尋ねると、双子はご近所の庭先で花が咲いたと世間話するような軽い調子で切り出す。
「ハッランが架空発注により裏金を作っているようです。これを告発したいので、協力をお願いします」
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