第13話 カイの決断

「ここの星って綺麗きれいだな……」


「……ここに……いた……」


 

 村のはずれの草原に寝転がりながら、星をながめるカイの近くにティアラが立っていた。



「君か……。主役がこんなところにいちゃダメだろ」


「……貴方も……主役……」


「俺は酒が飲めないし、まつりとかにぎやかな場所が苦手なんだ」


「……私も……」



 寝転がっていたカイのとなりこしをかけながら、ティアラは縁の広い帽子を地面に置きながら小さな声で、



「……ありがとう……」


「お礼は言わなくていい。あのままだと俺達の身も危険だったからな」


「……それでも……ありがとう……」



 カイは気恥ずかしそうに寝返りを打ち、顔をそむける。

 しばらく無言の時間が続いたが、ティアラが突然口を開いた。



「……私は……親に捨てられた……」


「そうか」


「……でも……良い人達に……巡り合えた……」


「そうか」



 同じ返事しかしないカイに、それでも話しかけ続けるティアラ。



「今日、初めての家族になれた」



 それを聞いてカイは静かに口を開いた。



「君を捨てたって両親をうらんでいるか?」


「……分からない……。……でも……きっと……理由はある……」


「ゴメン」



 顔をそむけたまま、謝罪をするカイにティアラは眉をひそめる。



「……どうして……謝るの……」



 カイは上半身を起こす。

 カイは何度も躊躇ためらいながら、理由を話し始めた。

 当然、自分が王子のわりであることはせて。

 それをだまって聞いていたティアラはなぜかお礼を言ってきた。



「……ありがとう……」


「むしろ、俺は君を不幸に突き落とした人間だぞ」


「……貴方は……違う……。……そう思う……」



 ティアラの直感が核心かくしんをついており、カイはしばらくだまった。

 ティアラはいつもつけてる魔女のトレードマークのような帽子ぼうしをとる。

 

 

「……たすけてくれた貴方に……お礼がしたい……」


「お礼?」



 ティアラが提案してきたのは、『キリアの魔術師としてやとわれること』だった。

 カイは起き上がり、首を振った。



「君には家族がいる。だから、その提案は飲めない」


「……なら……ついていく……。……それに皆には……言った……」 


「マジか?」


「……うん……マジ……」



 ティアラの決断を前にカイは言葉を失うのだった。



       ※



 キリアの王子は気まずくなったのか、保留ほりゅうと言い残して祝杯しゅくはいの席に戻っていった。

 すると、今まで静かだった『嫉妬レヴィアタン』が脳内で呟いた。 



(貴方、思い切った決断をしたわね。せっかく皆、貴方のこと受け入れてくれたのに)



 我ながらその意見には同意するしかない。

 だけど私にはその決断を取り消すつもりはなかった。



「……自分の力を……役立てたい……」


(本当にそれだけ?)


「…………」



 私には魔神という特別な力がある。

 その力を欲するがために今回の事件も起きたほどだ。

 もしこの力をキリアの王子が欲しがれば、交換条件を出すつもりだった。



(なるほどね。キリアが兵をマリアートに置いてくれれば、安全性も増すものね)


「……それに……私にも……できることがある……」



 キリアの王子を見ていたら、力を持っていながら動こうとしない自分ががゆかったのだ。



(それにしても……)



 『嫉妬レヴィアタン』は言葉を区切って慎重しんちょうに話した。



(あの王子の話だと、貴方あなたが捨てられたのは彼が原因らしいけど……)


「……そう……思う?……」


(とてもそうは思えないわね。あれは改心したというより、人間そのものが入れ替わったような印象を受けるわ)



 『嫉妬レヴィアタン』の予想は正しいと思う。

 あの王子は耳にしていた人物像からかけ離れている。

 エセ神父は王子のことを無能むのう残虐ざんぎゃくだと言っていたが、たった一人で『魔神教』を追い詰めるほど頭がキレ、村人の生存を心から喜んでいた。

 『嫉妬レヴィアタン』はしばらく沈黙ちんもくしていたが、



(彼は危険ね)


「……危険……どこが?……」


(いっぱいあるわ。どこか余裕よゆうがない、と言えばいいのかしら。彼、表面上はつくろっているけど、裏ではずっと別のことを考えている。例えるなら遠方えんぽうの地に住む両親を心配する商人、みたいな)


「……かなり……的確てきかく……」


(予想でしかない。だけど、一度決壊けっかいしたら手に負えない存在になりかねないわ)



 興味深きょうみぶかい内容だが、私にはそのことについて彼にたずねる気分にはなれなかった。

 


「……レヴィ……」


(れ、レヴィ? それはもしかして私の略称りゃくしょうかしら?)


「……長い付き合いに……なるから……」


(そうね。貴方とは長い付き合いになりそうね。それに『嫉妬レヴィアタン』って呼ばれ方は好きじゃなかったし)



 しばらく星を眺めていた私は立ち上がるのだった。



       ※



 エドがマリアートを出てから1週間、カイは焼かれた家を建て直すのに協力してくれた。

 エドとカイはどちらがキリアに戻るかもめていたが、最終的さいしゅうてきに村を焼く作戦を立てたカイは残るべきだというエドの言葉で決着した。



「すまないね、カイさん。本来は私達がすべきなのに」


「いや、いくら『魔神教』を倒すためとはいえ、村を焼くという選択をした自分が責任をもってやることだ。気にしなくていい」



 1週間で村もかなり元の姿を取り戻し始めていた。



「……カイ……答え……」



 ティアラはカイにこの前の話の答えを求めた。

 しかし、カイはティアラの提案を受け入れなかった。



「……また……後で……」



 そう言ってティアラは復興作業に戻った。

 ティアラの後姿を見ていたフェルダはカイに話しかける。



「どうしてティアラの頼みをことわるのか聞かせてくれないか?」



 若干じゃっかん怒気どきをはらむような声音にカイも観念かんねんしたように口を開く。



「キリアにいる兵士の多くは東西の大国の戦争で難民になった人なんだ。そのなかの一人の少年の話なんだが……」



 カイは自分の境遇きょうぐうを話した。

 村から離れたことへの後悔こうかい、間に合わなかったことへの自責じせき、それを語った。

 フェルダは何かに気付いたように、それでも口をはさまず、何度もうなずく。



「なるほど。その少年も幼いころから苦労してきたのだな。だが……」



 フェルダは言葉を区切る。



「過保護が過ぎるんじゃないか?」


「過保護……?」


「村人一人一人は確かに弱いが、たばになればどんな悪党あくとうにだって勝てる。ティアラが来る前はそうしてきた」



 フェルダの言葉をカイは黙って聞いていた。



を否定するつもりはない。大切な人を失ったのかもしれない。だが、娘もそのことを重々じゅうじゅう承知しょうちしたうえで、自分にできることをさがそうとしている。どうか、あの子の頼みを聞いてはくれないか?」



 カイは口を開こうとするが、その次の言葉が出てこない。

 フェルダは挑発的ちょうはつてきな言葉を放った。



「もしやあの子がいないといけないほど、キリアの兵は軟弱者なんじゃくものばかりなのか?」



 安全のためキリアの兵をマリアートに駐留ちゅうりゅうさせることで話はついていた。

 そのことをフェルダは指摘した。



「……挑発の仕方が上手いな。商人とか向いているんじゃないか?」



 カイはそう言いながらあきれるのだった。



       ※



 村の復興ふっこうから2週間。

 なんとかキリアから兵が派遣はけんされる前に終わらせることができた。

 


「おお、もうほとんど終わってるな」



 丁度、その日の午後、エドがマリアートに兵を引き連れて戻ってきた。



「エド、遅かったな」


「当たり前だろ。馬がいないから歩きで帰って、しかも道に迷っちまった。帰るのに5日かかったんだぜ。しかもよ。事情を話してもマグナスがなかなか兵を出してくれなかったんだ」


「まあな。ここに小さな村があることすら信じにくい事だからな。だから、俺が帰るって言ったのに」



 エドとカイの間で火花が散る。

 その様子を私を含めた村人一同は眺めていた。



(会うたびにケンカしてるわね。この人達。大切な人でも殺された犬猿けんえんなかだったりするのかしら?)


「……不吉ふきつすぎ……」



 その後、諸々もろもろの手続きを終え、キリアの兵を10人近く残してカイとエドは帰路きろにつくことになった。

 結局、最後まで私の同行は認められなかった。



「エド、ちょっとだけ待ってくれ」


「あいよ」



 カイは馬に乗ったエドを呼び止め、私の所まで来た。



「……今回は……ありがと……」


「気にするな。アイツらを倒さなかったら今頃どうなってたか。利害りがい一致いっちだ。だから気にするな」


「…………」



 私が黙っていると、



「ああ、ええと、君の意見を最後に聞いていいか?」


「え?」


「だ、だから、君はキリアに、外の世界に行きたいか?」


「うん」



 即答そくとうする私にカイはため息をついた。



「別に俺達は何か大きな目的があるわけじゃない。君の願いをかなえられるわけじゃない」


「かまわない。外の世界に行けるなら」



 カイは気まずそうにほほをかいた。

 すると、私の脳内でレヴィは毒をいた。



(どうせ、今まで断ってたから、うなずけないだけよね。好青年だと思ってたけど、まだまだナヨッとしてるわね)



 レヴィの声が聞こえてるわけもないが、カイは私の目を見ながら、



「君の力を借りてもいいかな?」

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