第6話 決闘

 カイとエレインは城の近くにある訓練場に来ていた。

 円形の大理石の上に、カイは木剣を、エレインは木製のレイピアを構えながら対峙たいじしている。



「では、始めますか」


「まさか、エレインと剣をまじえる日が来るとはな」


「兄さんがカルバに侵入しんにゅうしたときに一度戦いましたが、あのときはこちらも手を抜いていたので、今回は本気でいかせてもらいます」


「ほ、本気ね……」



 カイは口の端がふるえる。



「もしかして怖気おじけ付いてしまいましたか? よろしければ手を抜きますが」


「いいや。本気で来い。俺も本気でたたかってやる」



 カイが剣を構え、エレインに向かってかける。

 エレインもレイピアの切っ先をカイに向け、迎え撃とうとする。

 相手のすきうように放たれる突きをかわしながら、カイはエレインのふところもぐり木剣を振り抜こうとする。



「聖なる大地の加護を我に分け与えたまえ、『地母神の加護クリエイト・アース』」



 エレインの詠唱とともに2人の間を割りこむように岩柱が床から天井に向かって突き出した。

 カイは岩柱がせりあがった勢いで宙に投げ出される。



「まだです」



 エレインが得物の握られていない左手を動かすと、床から別の岩柱がいくつも出現した。

 そしてエレインの手の動きに合わせて岩柱の先端せんたんがカイに迫る。



「クッ!?」



 カイは宙で身をよじって1本目の岩柱をかわし、続けて2本目にかろうじて乗った。

 そのまま岩柱を足場にしてエレインに向かってける。

 迫りくる他の岩柱を、速さに緩急かんきゅうをつけることですり抜けていく。



「まさか、岩の柱の上を走るなんて、さすがお兄様ですね」



 岩柱から飛び降り頭上からエレインに攻撃を仕掛けようとするカイだったが落下の勢いがいきなり減速した。



「風を操り敵をぎはらえ、『風神の加護クリエイト・ウィンド』」



 詠唱の直後にエレインは左手を動かした。

 向かい風によって勢いを失ったカイに向かって、地面から浮かび上がってきた巨大な岩々が全方向からカイを押しつぶす。



「クソッ、動かない……」



 カイは魔力をガムシャラに放出することで解放されようともがいたが、束縛が強くなっていく。



無駄むだです。兄さん。私のほうが魔力量が多いですから」



 エレインの左手の握るような動きに合わせて、岩々も束縛を強めていく。

 カイの全身からミシミシと嫌な音がなる。

 


「使いたくなかったがエレインほど強いと仕方ないのか」



 突然、岩々が粉々にくだけ、消滅した。

 地面に降り立ったカイの右手には木剣が、しかし、左手には禍々まがまがしい魔力を放出している黒色の剣が握られていた。

 エレインはまゆをひそめながら。



「以前、話していたおじいちゃんから受け取った剣でしたか。確か名前は……」


「『破滅剣はめつけんルーイナー』だ。魔力量の多い妹と戦うにはこのくらい強力な剣がなきゃな」



 カイはエレインに向かって突進していく。

 それに対しエレインは一切動じず、左手を動かしていく。

 迫りくる岩柱にカイは『破滅剣ルーイナー』で一閃いっせんした。

 


「敵の進軍を止める最強の盾、『絶対守護壁グレートウォール』」



 エレインとカイの間に岩壁が何層にもはられる。

 訓練場を横断する形で形成されていたので、横から回っていくことも不可能。

 しかし、カイは『破滅剣ルーイナー』を前方に向け岩壁を突き抜けていく。



「これで最後……グハッ!?」



 最後の壁をつらぬいたカイの腹にめり込むように岩柱がせりあがる。

 一撃をもらったカイは、訓練場の天井てんじょうと岩柱にすり潰されそうになる。

 間一髪かんいっぱつのところで岩柱の上に登れたカイは柱をすべる。

 無数の岩柱の攻撃を『破滅剣ルーイナー』で消滅させていく。



めぐみを与える水は時に万物を切り裂く刃となる、『水刃すいじん』」



 エレインはレイピアを何もない宙に振り抜いた。

 そこから水で形成された刃が放たれる。

 柱をって水の刃をかわしたカイは『破滅剣ルーイナー』を消し、落下の体勢から右手に握られた木剣を振り抜く。



「ゥあああアアアアアアアアッッッッ!」



 レイピアと木剣がまじわり、すさまじい衝撃しょうげきとともに力負けしたエレインは後方にとばされる。

 エレインは自身の得物えものに視線を落とす。



「木製とはいえ亀裂が入りましたか……」


「まだ続けるか?」



 カイの木剣には一切ひびが入っていない。

 カイの勝ちだった。

 しかし。



「私にはこれがあります!」



 エレインは自身の得物を放り投げカイに向かって突進してくる。

 だが、そのことでエレインの新たな得物が牙をむく。



愚策ぐさく……とは断言しがたいな」


「私はこの方法で戦場で戦いきったこともあります。なめてかかると痛い目を見ますよ!」



 エレインの全身が『魔甲まこう』でおおわれる。

 エレインの魔力量からすれば『魔甲』で人間の内臓ないぞうを破壊してしまうだろう。

 カイは木剣を構えなおしその刀身に『魔甲』を展開する。

 エレインも自身の手に『魔甲』を展開した。

 彼らの攻撃が交差する。



「兄さんのあの剣は対人相手にはめったに使えないと考えましたが予想は合っていたようですね」


「あの剣を使ったら相手が死ぬからな!」



 カイの持つ剣『破滅剣ルーイナー』は刀身に触れた物質や魔法をことごとく消滅させる。

 それはカイの意思では制御できないし、下手をしたら相手の身体を消しとばすことも可能だ。

 だが、とカイは得物に力を込める。



「あの剣が無ければ闘えないほど弱くはない!!」



 カイは木剣でエレインの手刀をはじく。

 一進一退いっしんいったいの攻防が続く。

 エレインは自身の身体を1つの武器にしているため、攻撃を繰り出す速さはカイより速かった。



「そろそろ木剣にも亀裂きれつが走るころ合いではないですか?」



 カイの木剣には亀裂が入っていた。

 カイは亀裂が広がらないように、そこに『魔甲』を展開した。

 しかし、エレインは重点的じゅうてんてきに亀裂をねらっていた。



「これでどうですか!?」


「クッ……!?」



 エレインのりがカイの腹部にめがけて迫る。

 あばら骨を一撃で粉砕ふんさいするであろう蹴りをかろうじて木剣で防いだカイの身体は宙に浮いた。

 エレインから距離を取るためカイはバックステップをする。

 そして互いに最後の一撃をくりだした。



「「はああああああああ!!」」



 カイはすかさず剣を一直線に突き出し、エレインも手刀をりだした。

 攻撃が交差した。



「これでどうですか?」


「身体をここまできたえ上げていたなんて驚きだな」



 カイの木剣の刃が真ん中から綺麗きれいに折れた。

 しかし、カイも全身を『魔甲』でおおい、戦闘を続行できることを示す。



「どうする? まだやるか?」


「いいえ、さすがにこれ以上やったら、お互い無傷ではすみません。これから大事な任務もひかえているのでここまでにしましょう」



 2人は全身から魔力を消し、『魔甲』を解いた。



「それにしても兄さんは強いですね」


「……素直に喜んでいい物か疑いたくなる。エレイン、手加減てかげんしないとか言っておきながら、しまくってただろ」


「い、いえ。全くそのつもりはないのですが……。どちらかというと兄さんのほうが手加減してませんでしたか?」


「いやいや。オマエの魔法の前じゃ、そう見えるだけで……」


「今、一瞬兄さん目をらしましたね。やっぱり手加減してたじゃないですか!?」


「オマエは岩魔法以外にも水とか炎とか風とか、もっと色々使えるだろ」



 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、と互いにカイとエレインは手加減されたと言いはった。

 息が切れた2人は深呼吸をする。

 エレインはため息をつく。



「兄さんが手加減されたと感じるのはきっと魔法そのものが原因だと思います」



 エレインは地面にむけて手をかざす。

 地面からニョキッと岩の人形が出現する。



「知ってますか、兄さん?」


「?」


「魔法というのは2種類あります。1つはこのように物質そのものの形状を変える魔法。そしてもう1つは……」



 エレインは手のひらを上に向けて、魔力を手に込める。

 彼女の手のひらから一匹いっぴきの岩人形が形成される。



「自らの魔力で物質そのものを形成する魔法です」



 そしてエレインの手から魔力が霧散むさんすると、岩の人形が消滅した。

 地面から生えた岩人形は形をくずさず、そのまま残っていた。

 しかし、その人形にも既に魔力は感じとれなかった。



「もとからある物質の形状変化には魔力を使いますが、無から物質を作り出すにはその2倍以上の魔力が必要となります。しかも、魔力を抜けば後者は形をたもてず消滅してしまうのです。今の試合では無から物質を使ったのは『水刃』だけです。だから兄さんには手加減しているように思えたのでしょう」


「はあ……、そういう事にしておくよ」




        ※



 エレインは訓練場を見渡す。

 地面から岩の柱がいくつも伸び、すでに訓練場の原形をとどめていない。岩柱と岩柱の間で人間が通れるほどの隙間すきまを探すのも難しい。

 それは戦闘の苛烈かれつさを表現していた。



(優れた兵でもこの惨状さんじょうを生き残ることは不可能。それを兄さんはあの剣があったとはいえ、当たり前のようにくぐり抜けた)



 エレインは一切の手加減をしていなかった。

 『破滅剣ルーイナー』が出てきたときには本気すら出していた。

 エレインの目に『破滅剣ルーイナー』はそれほどの不気味さを感じさせた。

 その感覚にエレインは覚えがあった。



(村をほろぼされたときの感情と似ていたような……)



 そのときエレインの肩にカイの手が触れる。



「おい、エレイン。どうした、ぼーっとして?」


「は、はい! 大丈夫ですよ!」



 エレインは何度かきこんでから。



「実際、敵の規模きぼも未知数ですが、兄さんと私で守ればサザンの攻略戦に……ラミア様とクロ様を参加させてもいいかもしれませんね」


「さっきも言ったがラミア達はもう守られるだけの存在じゃない」


「分かっていますが、やはり近くでお守りはしなくてはいけません。なので兄さん、協力してくださいませんか?」



 カイはうなずく。



「当然だ。何かあっても身をていして守ってみせる」 


「その言葉、忘れないで下さいよ」



 カイとエレインはお互いの覚悟を確かめ合うのだった。 

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