第4話 エルメローゼの同行

 ラミア、クロ、スーは荒らされた部屋を片付けていた。

 

 その間、カイは自室を出て訓練兵学校に向かった。

 グラウンドには訓練兵を教えるエルメローゼの姿があった。


 彼女の黒くつややかな髪が腰にまで届き、顔からは表情を読み取ることができない。


 訓練兵が解散したあと、エルメローゼがカイのもとに来た。



「カイ、どうかした? クロなら先程修行が一段落したので帰ったわ」


「ああ、クロには会った。そうじゃなくて、サザンの話は聞いたか?」


「……奪還の話ね。私は同行できるか分からないわ」


「……?」



 カイの質問にエルメローゼの表情がかすかに動いた。



「賛同、確かに怖いわ。また、いつ分らないもの」



 エルメローゼは吸血鬼バンパイアで血を見ると、吸血衝動きゅうけつしょうどうに襲われるらしい。

 カイが血を分け与えることで、その衝動をおさえている。



「だが、獣人の身体能力についていける兵に限りがあるんだ。最低限そろえたつもりだが、やっぱり戦力は多いほうが良い」



 エルメローゼは訓練兵の練習風景に視線を移しながら。



「ここ最近のクロの努力は認めるわ。ギフテルに行く前の彼女より、よっぽど信念のある戦い方をするようになった。私の意見もすぐに取り入れるようになったし、暇な時間があれば、練習についやしていることも知っているわ」



 エルメローゼは一呼吸おいてから。



「彼女の頑張がんばりは尊重そんちょうしたいけど、やっぱり戦いには参戦できないと思うわ。ごめんなさい」


「別に構わない。そうだ。これを渡さないといけなかった」



 カイが取り出したのは木製のつつだった。

 そのなかにはカイの血が入っている。

 通常、吸血鬼は血を摂取しないと衰弱死すいじゃくししてしまう。

 そのためにカイが血の供給をしている。



「謝罪、いつも迷惑ばかりかけるわね」



 カイの手首にまかれた布を見て、エルメローゼは申し訳なさそうに言った。



「クロの面倒を見てくれてるから、お礼だと思って受け取ってくれ」


「そう言ってもらえると気持ちが楽になるわ」



 筒を受け取ったエルメローゼは再び訓練兵の練習を眺めた。



         ※



「エドー。起きてるか?」



 カイは城から出てしばらく行ったところにあるボロ屋に行った。

 復興が進んで住居が新しくなってきているにもかかわらず、『落ち着かない』なんて理由でエドはボロ屋に住んでいる。 



「おー、なんとかな。数日も寝込んじまったがこの通り身体は動く」



 肩をまわすエドは数日もの間、一切手入れしていなかったのかかみひげもぼさぼさだった。



「ほら、酒。ギフテルで仕入れたお高い酒だ」



 カイは嘆息しながらも持ってきた酒瓶さかびんを古めかしい机の上に置く。

 置いた途端、ギシッと足のほうから木のきしむ音がした。



「いい加減、建て替えたほうが良いと思うが、下手したら上から天井が降ってきかねないぞ」


「何言ってるんだ。まだまだ平気だろ。ほれ」



 そう言ってエドは片手を壁に置き、体重をかけて寄っかかる。



「オレの体重がかかっても壊れないんだから大丈夫だ……ろ……、グエッ!?」



 置かれた片手が壁を突き抜け、エドの顔面が壁に打ちつけられる。

 片手を壁から引っこ抜くと、しばらくの間、エドもカイもだまっていた。



「……すぐに建て替えだな」



 カイの言葉と同時にボロ屋の扉が開け放たれる。

 そこに何人もの男が立っている。



「カイ様、建て替えの件でうかがいました」


「チョッ……オイッ!?」



 エドは困惑しているようだが、男たちがズカズカとボロ屋に入っていく。

 


「本来なら人の意思を踏みにじる最低の行為だが、今回ばかりは強引に行かせてもらう。このボロ屋に対する苦情が多いんだ。この前も説明したが、エドはかたくなにこばんだ。それなら実力行使だ」



         ※



「俺の家がたった半日でリフォームされやがった……」



 傷一つない綺麗きれいな壁を眺め、部屋の中央に置かれたテーブルを指でなぞったがほこり一つない。

 エドは周囲を見渡して。



「……落ち着かねえ」



 カイは呆れながらもぶっきらぼうに。



「慣れろ。俺から言えることはそれしかない。それで本題だ」


「えッ!? これが本題じゃないのか?」


 

 エドはまぶしい自室を指さしたが、カイは首を振る。



「寝込んでたから、まだ聞いてないのか」



 カイはサザンの奪還作戦だっかんさくせんについてエドに1から説明した。

 話の途中からエドの顔がくもった。



「ダグラス=レレイよりも強い……か。半分あってて半分違うな。オレがアイツに勝てたのは、単純にダグラスが手を抜いていたからだ」


「だが、半分はあっている」


「ああ、『雷撃』だけはダグラスよりも使えた。アイツの練習に付き合っていた間に身についたんだろうな」



 『雷撃』、魔力で生成した雷を身体にまとうことで、速度上昇、攻撃に雷属性が追加される。

 ダグラスの娘であるミーシャも使えるが、それはエドから教わった物だった。



「もし、本気でアイツが『雷魔法』を駆使くししていたら、手も足も出なかったはずだ」



 エドはしばらく考えた後。



「まあ、サザンの作戦にはもちろん同行させてもらう」


「……それとな」



 カイは気まずそうに別の話題をエドに話した。

 それはギフテルで暗殺者の語っていたこと。

 死者の魂をどんな物体にも植え付ける魔法を黒幕が使っていたことを話した。



「すげえな。そんな魔法があるのかよ。だが気にする必要もないと思うが」


「実はな……」



 カイは今までにあった2つの出来事を話した。

 1つ目はカイがサイラスとの戦争で死闘しとうを繰り広げたガレスに元キリアの王子・カイが憑依ひょういしていたこと。

 そして、2つ目はカイとクロしか知らない。



「おい、それは本当なのか?」


「ああ、この目で確かめた。


「つまり、これから戦うことになるかもしれねえってことか……」


憑依ひょういさせる魂がダグラスの物とは限らないが」


「ツレエもんはツレエンだ」



 エドはダグラスとの死闘を制し、その手で殺した。

 それをまだ完全には受け入れられていない。

 実際、エドは以前、ダグラスの娘に罪悪感から自身の首を斬らせようとした。



「ああ、心構えだけはしといてくれ」



         ※



 それから数日が過ぎ、サザンの奪還作戦まで残り2週間に迫った。



「カイ様、お気を付けください。戦力になれないことを歯がゆく思います」



 軍を引き連れて協力関係のあるカルバに向けて出発しようとしているカイにマグナスは失った左腕をさすりながら言った。

 それに答えたのはマグナスの後方にいたエドとミーシャだった。

 エドはその大きな手でマグナスの背中をバシンッと叩いた。



「気にすんな! 俺がついている以上、何も心配いらねえ!」


「そうだよ! 私がカイを守るから!」


「おお、その意気だ、ミーシャ!」



 マグナスの表情はぎこちなく、



「貴方達だから心配なんです。ミーシャはエドの悪いところだけを受け継いでるようで今後が心配です」


「ま、まあ、良い事じゃないか。元気があるのは悪い事じゃない」



 そんなことを言うカイにマグナスはジト目を向ける。

 まるでミーシャがこんな性格になった責任の一端いったんがカイにもあるとうったえているようだ。



「父親の性格を受け継いでるんじゃないか?」



 カイの発言にエドが首を振る。



「ダグラスは冷静沈着れいせいちんちゃくって感じで、いつも物事の先を考えてるようなやつだったな」


「「……」」



 カイとマグナスは固まってしまう。

 エドの自白じはくによってミーシャがエドに毒されてることが判明した。



         ※



 マグナスがエドをしかりつけている間に、カイとミーシャは乗馬しようとしていた。

 ミーシャが周囲を見渡しながら、



「そういえばラミアとクロはどこにいるの?」


「そろそろ来るはずだが……」



 カイが答えると、彼らの横から話題にあがっていた少女達の声がした。



「あら、ここにいたのね。ミーシャも協力してくれること感謝するわ」


「気にしないで! 最近、何もしてなくて身体がなまってたから!」



 ミーシャの言葉にクスクスとラミアも笑う。

 ミーシャとも打ち解けたラミアの様子にクロもうれしそうに眺める。



「それにしても圧巻だニャ。サザンのためにこんなに協力してくれて感謝してもしきれないニャ」



 クロの視線に誘導されるかの如く、その場にいた全員も周囲を見渡した。

 1000人ほどの兵が長い列をなしていた。



「別に感謝する必要なんてない。ここにいる兵達は全員知ってるからな。この作戦が最後の戦いになることを」


「最後の戦い?」



 首をかしげるクロにカイは続けた。



「そもそもラミアとクロを保護していたのはカルバとサザンの状況が不安定だったからだ。その元凶を取り除ければ、再びサザン、カルバ、ギフテルの協定もかたくなる」



 ラミアが相槌あいづちを打ちながら、説明を補足する。



「共通の敵が生まれればより強い協力関係がきずけるわけね」


「そうであっても一緒いっしょに戦ってくれることにミャーは感謝してるニャ」



 そう言い残してラミアとクロはカイ達のもとを離れるのだった。

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