第19話 夢

「セナッ!? マルクッ!?」



 悲鳴を上げながら、倒れそうになる暗殺者をクロは抱きかかえた。

 セナはマルクの口調で。



「近づくなって言ったろ」


「なんで……」


「別れだ。姉さんの身体だし、最期さいごは……」



 プツっと途切れたように口調が変わった。



「弟のくせに私に気を使うなんてね」


「セナ」


一言ひとことだけ。もう一度遊べて楽しかった……それだけ、グフッ。マルクに変わるわ。マルクも最期だしちゃんと伝えなさい」



 クロは彼女の言葉に涙を流す。それを見たマヤは微笑みながら、また口調が変わった。



「わ、分か……ってる。クロ……愛してる。愛の告白ってやつだ」


「こ、告白……!?」



 クロは涙を流しながらも顔が赤くなる。



「ゴメン。もう時間が無いんだ。……答えを聞かせてくれ」


「………………」



 クロは悩んだ後、マヤの耳に近づき何かをつぶやいた。



「……………………」


「は、は、は。ソ……うだよな。分かってた。答えを聞けて満足だ。俺も伝えたんだ。その人にもちゃんと伝えろよ……」


「……うん」



 マヤは視線をカイのほうに移しながら、



「これからクロはもっと過酷かこくな道を歩く。今回みてえなていたらくだったらテメエを呪い殺すからな……」



 カイがうなずくと、セナから血の気が引いていく。

 その光景にクロは涙と鼻水で顔をクシャクシャにする。



「……最期くらい笑顔を……」


 

 セナの言葉を聞いたクロは必死で笑おうとする。

 セナの目の焦点しょうてんが次第に合わなくなっていく。



「ああ、姉さん。俺らの努力は無駄じゃなかった。俺らの……ためにクロが泣いて笑ってくれる。あの頃の笑顔だ……。夢がかなった気分だ……」



 そこで口調が変わる。



「本当ね……。……クロ、アナタは笑顔をやさないで。それだけが、私達の未練みれん……。今度会えたら遊ぼ。じゃあね…………」



 セナの全体重がクロの両腕に加わる。

 


「…………うん。また遊ぼう。そのときはまたミャーが勝つニャ」



 暗殺者の口のはしかすかに動く。

 笑っていた。



        ※



 クロが旧友の身体を抱きかかえ、大声で泣いた。

 片足を引きずってきたラミアもまたカイの腕に顔をうずめる。

 声を殺しながら、嗚咽おえつだけがカイの耳に伝わった。



         ※



 次の日、暗殺者を倒したことで、国が総出でクロ達を盛大に祝った。

 玉座に座った帝王・メルクーリがカイ達の前で感謝を告げた。



此度こたびは暗殺者の情報を提供するだけでなく、倒してくれたこと、感謝してもしきれない」



 そこにいた兵や重鎮が喜びの声を上げる。

 しかし、カイ達は素直に喜べない。

 そのときクロが。



「ギフテルの王様に頼みたいことがあるニャ……」


「今回の功労者こうろうしゃだ。何でもかなえてやろう」


「あの死体を……くさらないようにしてほしいニャ……」



 帝王・メルクーリは深くは詮索せんさくせずに静かに頷いた。



「……わかった。凍結魔法とうけつまほうで死体をこおらせる。もし、サザンが取り戻せたのなら、その地でめてあげなさい」


「感謝するニャ」



 メルクーリは咳払せきばらいすると。



今宵こよいうたげだ。精一杯、尽くしてくれた王女達を祝うのだ」



 帝王の一言で再度、室内に歓喜の声が上がるのだった。



         ※



 兵や重鎮じゅうちんが部屋を出ていく中、カイ達だけ残っていた。

 その場にいるのは帝王・メルクーリと、その補佐・アズライールという男だけだった。



「今回はすまないことをした。同郷どうきょうの者に手をかけさせてしまったこと深く謝罪させてくれ」



 メルクーリは深々と頭を下げる。

 クロは両手を顔の前でブンブン振る。



「別にいいニャ! ミャーが決めたことだから。……あの死体について……」


「もちろん、王女の頼みならば、腐らないように尽力じんりょくさせていただく。あとで、その死体を確認するか?」


「……はい。それと、もう1つだけ頼みがあるニャ」



 メルクーリは発言を躊躇ちゅうちょしているクロの代わりに口を開いた。



「サザンの奪還だっかんだな。ぜひとも、こちらから協力願いたい。一応、軍の者にその内容は全て伝えてある。いつでも出陣できる状態だ。目処めどが立ったら、連絡をしてくれ」


「本当に、何から何まで感謝するニャ」



 昨夜、セナから聞いた情報をカイはメルクーリに話していたのだ。

 カイが口を開いた。



「カルバとの和平の件はどうなりましたか、父上?」


「安心しろ。全て上手くいった。昨日、返事が来た。和平を認めると」


「そうですか……」



 カイは胸をなでおろす。



「話もつけた。カルバとの連合を組んで、サザンの奪還に乗り切ろうと考えている」


「父上、暗殺者の1件でサザンの国民は操られている可能性が高いです」


「分かっている。カルバ軍もギフテル軍もサザンの民は一人も殺さない、と決めている。身体能力で勝るサザンの民に勝てる可能性は減るが、それはこちらでなんとかする。カイにはキリアからも兵を出せるようにしておいてくれ」

 

「分かりました」



        ※



 クロは城内のとある一室に足を運んだ。

 カイ達も同行した。

 彼らの前には昨夜、クロが倒したセナの死体が氷の中にめこまれていた。



「……マヤって、ミャーの故郷にあった森の名前。ミャーに思い出してほしかったんだと思うニャ」



 クロは死体の埋め込まれた氷の表面をなでながらつらそうにセナを見つめる。



「ミャーは自分のことばかり考えていたニャ。クロエ姉様が死んだときも、セナもマルクも心配してくれたのに、それから目をらした」



 誰もクロの言葉に答えないなか、カイがクロに話しかける。



「この子とクロの関係について俺は知らない。だけど、その子が最期さいごに言った言葉を思い出すんだ。『笑顔を絶やすな』、きっとそれを伝えるために、血を吐くような努力をして来たんだ。それならクロがすべき事はこの子の前で泣くことじゃない」



 クロは涙をそでで拭き取りながら、セナを見る。



「笑顔を絶やさない、か。難しい事ニャ。でも、笑顔を絶やさないように頑張がんばるニャ。それと……」


 

 クロが一呼吸おいてから。



「サザンを絶対に取り戻してみせるニャ」



        ※



 ラミア達の傷がえた後、カイ達はキリアに向けて出発するのだった。

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