第13話 人格

 昨夜の暗殺者の捕縛ほばくは失敗に終わり、カイ達はギフテル城の玉座のある部屋にいた。

 カイは昨夜の失敗をメルクーリに謝った。



「申し訳ございません、父上。昨夜は失敗してしまいました……」


穏健派おんけんは重鎮じゅうちんは殺されなかったことが不幸中の幸いだった。気にするな。それよりも、サザンの王女よ。暗殺者の顔を見たのはまことか?」



 帝王・メルクーリが尋ねると、クロは静かにうなずいた。



「こちらです。メルクーリ様」



 側近がメルクーリに人相書きを渡した。

 その側近の金髪に神々こうごうしさすら覚える。

 


「すまない、アズライール。ふむ、確かにこの者なのだな?」



 メルクーリが見せた人相書きに、クロは静かにうなずいた。

 その人相書きにはイヌ耳で褐色肌の少年が描かれていた。



「ただちにこの者の捜索に取り掛かれ! まだ国内にいるはずだ!」


「「「はッ!!」」」



 メルクーリの命令に近くにいた兵が敬礼けいれいした。



          ※

 


 その日だけクロは暗殺者の捜索そうさくに協力した。

 ラミアとカイ、ミネルバ達も同行した。

 街を歩くと昨日のことで持ちきりだった。

 暗殺者がいるといううわさが一気に広まり、人相書きも張り出されていた。



「クロ……」



 ラミアはクロにかける言葉を持ち合わせていなかった。

 暗殺者がクロの知り合いだった。あの事件後、クロはそのことを説明した。

 あれから会話らしい会話を誰もしなかった。



「こんな人通りの多い場所にいるとは思えないけど、念のため探すか」



 カイ達はあるメインストリートに来ていた。

 クロが視線を路地裏に続く道に向ける。



「……!?」



 クロは突然駆けだした。

 裏路地に走っていく。



「どうしたんだ、クロッ!?」



 カイ達も追いかけるが、あまりの速さにクロを見失うのだった。



         ※



 裏路地をいくつも曲がり、クロはやっと足を止める。

 目の前にはフードをかぶった人物がいた。



「そのフードを取るニャ……」



 その人物がフードを取り、クロのほうに向く。

 肌の色は白く、そして特徴的な垂れたイヌ耳だった。

 よくクロと遊んでいたマヤだった。



「なんだ……マヤだったニャ。どうしてミャーから逃げたニャ?」


「そっかー。まだ気付いてなかったんだね。まあ、昔とは容姿を変えていたからね」


「……何を言っているニャ?」



 マヤは小さく口を動かす。



「『変身魔法・解』」



 クロの目の前でマヤの容姿が変化する。

 白い肌はクロと同じく褐色に染まっていき、垂れていたイヌ耳も天に向かって伸びた。

 その姿は暗殺者の少年と瓜二うりふたつだった。

 クロはその姿に見覚えがあった。



「ど……どうして……、セナ?」


「私はクロを殺しに来たの。昨夜、君が闘ったのは弟だよ。でもね、もう1つ秘密があるの」



 セナの言葉とともに、さらなる変化が起きた。

 容姿は全く変わらなかったが、声が少年のように低くなる。



。あの頃の俺の身体はない」



 その声もクロは聞き覚えがあった。昨夜の少年の物だった。

 クロは誰の声か即座に気付いた。



「ま、マルク? ……いったいどういう事ニャ!?」


「そのまんまの意味だ。……オマエがここに来なければ、良かったのにな……」



 セナは腰にぶらさげていた短剣を両手に1本ずつ握りしめる。

 セナはクロに近づいていく。



「……!?」



 クロは動けなかった。

 セナに敵意を向けることができない。



「動くな、クロッ!!」



 クロの真横から剣が飛び出し、セナに向かった。

 突然、セナは動きを止め、口を動かす。



「『影移動』」



 セナの影の上にもやが現れる。

 その剣がもやの中に入ると、別の場所から『カンッ!』というかわいた音がひびく。

 建物の影の上にもやが出現し、そこから剣が出てきて、建物の壁に弾かれたのだ。



「クロ、下がるんだ!」



 カイはスペアの剣を抜きながら、セナと対峙たいじする。

 さらにラミアとミネルバ、エルフの護衛が姿を現す。



「キリアの王子……。良いところで来た」



 セナはダガーをしまうと。



「『影移動』」



 建物の影の上にもやが出現する。

 その中にセナが入ろうとした。

 


「逃がさないわ!」


「逃がしません!」



 ラミアが『風神の弓』を顕現けんげんさせ矢を放ち、ミネルバが腰から短剣を抜きセナに投げつける。

 しかし、ギリギリのところでセナの身体がもやの中に消えた。

 カイは剣をしまいながら、



「クロ、大丈夫か?」



 クロは放心状態で、カイの言葉に反応すらしなかった。

 

 

         ※



 クロは城の一室で、ベッドに寝て毛布を深々とかぶっていた。

 


「クロ、入ってもいいかしら?」



 ラミアが寝室の外から声をかけてくる。

 しかし、クロは返答しようとしない。

 ラミアはそのまま寝室のとびらを開け、クロが寝ているベッドのふちに腰を掛ける。

 そのままクロの頭を優しくなでるラミア。



「クロ……。そろそろ起きないかしら? 夕食ができたって」


「おなかがすかないニャ」



 しばらく沈黙ちんもくする2人。



「ねえ、クロ。もう一度、ギフテルに協力しない?」


「!?」


「もし、このままギフテルの人間がマヤを……あやめたら、あの子と話せなくなるわよ」


「……」



 クロはベッドから顔も出さずだまっていたが、ラミアはクロをなでながら話し続けた。



「私とクロは身近な人を多く亡くしたわ。私もお父様とお母様が殺された……。お母様はきっと私とクロのあんじてくれたはずよ。だから身をていして守ってくれた」


「……」



 ラミアの表情に一瞬影が差す。



「実を言うとね。後悔してるの。あの時の事、お母様に感謝も謝罪の言葉も言えなかった。思いを告げられないことが、こんなに苦しいことだなんて知らなかった」



 ラミアは自分の思いをクロに伝えた。



「だからね、クロ。アナタはちゃんと伝えなさい。自分の思いを」



 クロはラミアの言葉を聞いて、起き上がる。

 しかし、その眼はまだうつろで……。

 ラミアは優しい口調から一転して厳しい物に変わる。



「……よし。……クロ、ちゃんとしなさいッ!! いつまでウジウジしているの!? いいかげんにしないと、ほほを引っぱたくわよ!!」



 突然の大声に、クロはビクッとする。

 しかし、ベッドに腰を掛けるラミアの姿を見てクロは笑みを浮かべた。



「セナの言葉は正しかったのかもしれないニャ。ラミアはクロエ姉様に……」



 ラミアに聞こえない声でつぶやいたクロは両手で頬を叩く。

 クロの頬が赤くふくれ上がる。



「やるニャ! もう逃げない!」


「その意気よ! まさか自分で頬をたたくとは思わなかったけど」


「このくらいしないと目が覚めないニャ!」



         ※



 カイ達はクロの覚悟を聞いて、暗殺者を捕まえることを決めた。

 そして部屋にはカイ、ラミア、クロ、エルフの護衛だけでなく、帝王・メルクーリとティアラの姿もあった。



「今回の一件で重鎮は全員自国に戻りよった。もしかしたら暗殺者もすでにこの国にはいないかもしれない。それでも実行するのか?」



 メルクーリがクロに問いかける。



「アイツはこう言ったニャ。『ミャーを殺すこと』が目的、って。まだ残っている可能性もあるニャ」



 ラミアがクロの説明に付け加える。



「暗殺者の動きからしても、穏健派の重鎮を殺す目的もあったはずよ。その条件が2つそろえば暗殺者も動くわ」


「だから、重鎮は自国に戻ったと言っているであろう」



 メルクーリの言葉にクロは首を振る。



「戻ったのなら……作り出せばいいニャ」



 クロは作戦を説明する。

 その奇想天外きそうてんがいな物にメルクーリは驚きをあらわにする。



「本当にそんなことができるのか? とてもじゃないが魔力が足らんだろ」



 カイが大人バージョンのティアラに耳打ちする。

 ティアラは妖艶ようえんな笑みを浮かべながらうなずいた。



「分かったわ。クロに魔力を譲渡じょうとすればいいのね。だけど、クロに聞きたいことがあるわ。私も暗殺者と戦ったけど、あの魔法は何かしら?」



 ティアラが戦ったときは身体が動かなくなって捕まえられなかったらしい。

 それはカイも経験していた。しかも、攻撃ももやによって届かなかった。

 クロは即答する。



「あれは……『影魔法』ニャ。相手の影に刃を突き刺すことで動きを奪うことができる『影縫かげぬい』。あれを防ぐには影がない暗い場所で戦うか、刺さった短剣を抜くしかないニャ」



 カイも先日のことを思い出しながら、



「暗殺者が使った『クリエイト・ライト』って、もしかして影を作り出すための物か?」


「多分そうニャ。明かりがない夜でも『影縫い』を使うためにアイツが考えたんだニャ」



 クロは説明を続ける。



「もう一つは『影移動』ニャ。影同士を魔力でつなげることで、どんな攻撃もすり抜けたり、瞬間移動もできるニャ。逃走もできるから厄介やっかいニャ」



 ティアラはまゆをひそめる。



「そんな魔法もあるのね。でも、その魔法があるなら、クロの方法でおびきだしても逃げられるんじゃないかしら?」


「『影移動』は自分の見える影にしか移動できないニャ。密室に閉じ込めれば外への移動は不可能になるはずニャ」


「……なるほどね」


「ティアラには……結界をはって欲しいニャ。窓から逃げられる可能性もあるから」


「分かったわ」



 話を静かに聞いていたミネルバがクロに尋ねた。



「クロ様、私達護衛はどうすればいいでしょうか?」



 クロはテーブルに広げられた城の周辺の地図を指でなぞる。



「ミャーとティアラの魔力を合わせてもギリギリニャ。ミネルバ達は城の外周に沿うように立っていて欲しいニャ。ミネルバ達まで作れないかもしれないから」


「分かりました。城の中で迎え撃つこともできますが」


「ミネルバ達にはティアラが抜かれたときの防衛線をはって欲しいニャ」



 その後、クロはラミアとカイに向き直る。



「ラミアとカイは城の中でアイツと戦って時間を稼いでほしいニャ。ミャーはきっと魔法を発動した直後は動けないから、一度戦ったことのあるカイ達にしか頼めないニャ」


「ああ」


「ええ、分かったわ。それにしてもクロだけでこんな作戦考えるなんて。私もカイも話を聞いてただけだし」



 ラミアの言葉にクロは真剣な眼差しで。



「ミャーは本気ニャ」



 話を聞いていたメルクーリは何度か頷きながら。



「いいだろう。その作戦でいこうではないか。ギフテルの兵も城の外周に配置させよう。そうすれば、兵にさく魔力を減らせるだろう」


「だけど、暗殺者をおびき寄せるために、兵の数は少なくしてほしいニャ」


「分かった。では、さっそく取り掛かろう。作戦の実行は早いほうが良い」



 メルクーリの言葉を皮切りにカイ達は準備に取り掛かった。





                  

(追記)

今回の話でマヤとセナ(マルク)は同一人物として書いています。

また、地の文はセナで統一させていただきます。

分かりにくくなってしまい、誠に申し訳ありませんでした。

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