第9話 今後すべきこと

 カイはエレインの後ろをついていきながらカルバ城内を歩いていた。



「そういえば、2年前にカルバ領の村を攻めてきたのは盗賊だったはずだが、どうしてエレインはキリアの仕業しわざだって知っていたんだ?」



 レノア平原でミーシャと会話をしていたエレインがそんなことを言ったらしい。

 確かに、あの時はカイが盗賊を引き連れていたのは間違いなかったが、エレインが見たのは盗賊の男達だけだった。



「ラミア様が私を保護してくれて、状況を知ったカルバ兵が調査に行ってくれたときに多くの盗賊、村人の焼死体しょうしたいがあったそうです。そのなかにキリアの兵のよろいをつけた兵が何人かいたようです。それがキリアの仕業だと分かった証拠しょうこでした」



 エレインの声はふるえている。

 思い出させてはいけないことをりかえしてしまったことに申し訳なさを覚えるカイ。

 しかし、エレインはカイのほうに振り向かず話を続ける。



「……兄さんもあの時、私をかばって死んだのでは、と……。でも、もう一度会えて……ほんと、うによかった……」



 エレインはみょうな位置で言葉を切る。

 おそらく涙をぬぐっているのだろう。

 エレインに連れられてカイはカルバ城の外に出る。

 話題を変えようとカイは口を開く。

 


「どこに行くんだ?」


「ラミア様とクロ様が久しぶりにお戻りになったので、気分転換きぶんてんかんに外に行こうと考えています」



 エレインいわく、ラミアとクロがよく遊んでいた場所があるらしい。

 城の前には馬車が数台とまっており、先客がいた。

 綺麗きれいなワンピースに着替えたラミアとクロ、ミーシャだった。



「遅かったわね」



 白色のワンピースを着たラミアはふちの広い帽子ぼうしをかぶっている。



「早く出発ニャッ!」



 クロは紫色むらさきいろのワンピースに身を包み、そのたけは短くひざから下があらわになっている。

 さわやかな緑色のワンピースを着ていたミーシャも楽しそうに会話をしている。



「あ、カイ! 見てよ、ラミアとクロのすごく綺麗なワンピ―……す」



 いち早くカイに気付いたのはミーシャだったが、エレインを見て、言葉をつまらせてしまった。



「「……」」



 エレインも気まずいのか、ミーシャに視線を合わせようとしない。

 2人は先の戦いで死闘しとうをくりひろげた。

 やはり今すぐには手を取り合うことは出来ないのだろう。

 重苦しい空気がエレインとミーシャの中にあった。

 そこにミネルバ達、メイド達が姿を現す。



「さあ、4人ずつ馬車に乗ってくださいませ」



 馬車は4人乗りで、ラミア、クロ、エレイン、ミーシャを1つの馬車に乗せるらしい。



(きっと行きの馬車の中と同じような空気になるだろうな……)



 そう考えたカイが、ミーシャとエレインのどちらかと馬車を変わろうと、近づいていく。

 だが彼の前にミネルバが立った。



「ちなみにカイ様はこちらです」


「えッ……?」



 ミネルバにうでをつかまれ、無理矢理むりやり別の馬車に乗せられる。そこにはミネルバと残りが乗り合わせていた。

 カイが椅子いすこしを下ろすと、すぐに馬車が走り出してしまった。

 しばらくしてから、ようやくカイは口を開いた。



「……あの4人、特にエレインとミーシャを同じ馬車に乗せて大丈夫か? もしかしてエレインから話を聞いてないのか?」


「もちろんぞんじております。しかし、和平を結ぼうとしている以上、遅かれ早かれ昔の因縁いんねんをなくさなければいけません」


「それもそうだが……」


「まあ、あの方達かたたちのことは大丈夫だと思いますよ。おたがいあの時の状況を理解していますし。それに見たところ、ミーシャ様もエレイン様も気は合うと思いますよ」



 2人とも村人から剣士になった点では似ているし、は明るいからもう少し時間が立てば、打ち解けるかもしれない。



(だけど、まだ険悪な雰囲気がただよっている状況の中で、同じ馬車に乗せるのはどうなんだ?)



 ミネルバはそんな不安を顔ににじませるカイをなだめるように言った。



「若い女の子どうしは、男性と違って波風が立つようなことはほとんどしませんよ。すぐに仲良くなっちゃうものです」


「……その例はこの場合も当てはまるのか?」



 カイは雑念を振り払うとミネルバに向き直った。



 「……それで自分に何か?」



 今、この馬車にはミネルバとカイしかいない、4人乗りであるにもかかわらず。

 たまたま他の馬車に4人ずつ乗っていて、余った2人がこの馬車に乗っているのではない。

 ミネルバが口を開く。



「はい。一応、情報共有をしたいなと思いまして」


「情報共有……」



 カイはまだミネルバを信じきれていない。

 カルバで起きた事件について、彼女の語ったことが真実なのかは確証かくしょうがなかった。

 王女の保護を計画していたカルバ国王と王妃は死んでおり真偽しんぎを確かめようがない。



「そこまで警戒しなくてもよろしいですよ。ただ今の状況についてと今後のことを、こちらが一方的に話すだけですから」


 

 ミネルバはそれだけ言って、話し出した。

 サイラスの状況。

 そしてクロの故郷、サザン。

 カルバにいた獣人じゅうじんのほとんどはサザンから来た人で、死んだ王族の葬儀そうぎをするために帰国したが、それ以来、連絡れんらくがとだえてしまっているらしい。



「これが今私達が分かっていることです」


「西の国々の反応は?」


「さすがにくわしくはお教えすることはカイ様であってもできませんが、簡潔かんけつに言えば、冷え切っています」



 カイは頭の中で一人つぶやく。



(冷え切っている……。西の諸国しょこく盟主めいしゅにあたるカルバは危機的状況。それなのに支援をしてくれない、ということだろうか?)



 ここまでが『今の状況』の説明。ミネルバはそこで一息つく。



「ここからは『今後のこと』を話そうと思います」



 そのタイミングでカイはふところにしまっていた手紙を取り出す。

 それはカルバの事件の前にミネルバがカイに送りつけた手紙だった。

 矢をつがえた弓の先を左斜め上に向けた紋章もんしょうと、その絵の横に書かれた『風神の弓』という単語。

 カイは色々と調べてみたが手掛てがかりらしき物すら得られなかった。

 

 

「ここに書かれている内容についてか?」


「はい、事が落ち着いてから、それについても話そうと思っていました。その手紙が敵の手に渡ることもあり得ましたので、そのようなに書いてしまいました」


「これは、そんな重要なことなのか?」


「その弓の紋章は、とある民族のシンボルです。その民族は王妃ラミアフル=フォン=カルバ様の遺品いひんを所持しております」


「!?」



 カイは驚いて手紙を落としそうになる。



「そして、その遺品こそが『風神の弓』です」


「それが敵にバレるとまずいのか?」


「王妃様はそのことを懸念けねんしておりました。理由までは聞けませんでしたが」


 

 王妃が懸念するほどの代物しろもの

 しかし、それを手紙に書いたということは。

 カイは手紙をしまってから口を開く。



「この弓を自分たちに取りに行かせようとしたわけか……」


「少し違います。取りに行かせたかったのはカイ様ではなく、ラミア様です。カイ様にはその護衛を頼みたかったのです」


「その民族が住んでいる場所はどこですか?」


「『深緑の樹海』です」


「『深緑の樹海』!? その民族はもしかして……『エルフ』……ですか?」


「はい」



 『エルフ』、森に住んでいる民。

 不老長寿ふろうちょうじゅで、なかには1000年近く生きた者もいる。

 一度彼らの住処すみかに足をみ入れた者は生きて帰ってくることは出来ないといううわさから、『深緑の樹海』に入る人間はいない。



「さすがに無理だ。そんな危険をおかすことは出来ない」



 今のカイはキリアの王。

 そんな帰ってこれる保証ほしょうのない場所に行くつもりはない。

 ミネルバはカイの答えを聞いて、ため息をつく。

 どこか悲しそうな雰囲気ふんいきをまとっている。



「エルフは噂されるほど危険な民族ではありませんよ」


「どうしてそんなことが言えるんだ?」


「それは……」



 ミネルバは、カイの前でかみをかき上げる。

 彼女の長い金髪に隠れていた耳があらわになる。

 人間のそれとは思えないほど長い耳。

 エルフの最大の特徴とくちょうである。

 カイから注目され、ずかしそうに彼から視線を外しながら、ミネルバはげるのだった。



「私が……その村出身のエルフだからです」

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