第7話 和平

 カルバ城に着いたカイ達は城の前で、多くの兵士に出迎えられた。

 城に続く階段の両脇りょうわきに一列で兵士たちが並び、その真ん中をカイ達は歩いて行った。

 兵士の中には複雑な表情を浮かべる者もいた。

 ラミアの後ろを歩いていたカイにミーシャはボソッと耳打ちする。

 


「カイ、あまり歓迎されてないね……」


「手放しで喜べるわけないな。むしろ敵国の人が城の中に入れるだけでも感謝しないとな」



 城の中に入ると、ラミアとミーシャ、クロはメイドたちに連れられて、着替えをしに行くことになった。

 カイはその間、ある部屋に足を踏み入れる。

 質素な部屋で、円卓のテーブルがあった。

 奥には、1人の少女が円卓のテーブルについており、彼女の後ろにはメイドが数人立っていた。



「遠路はるばる来てくださりありがとうございます。その椅子に腰をかけてください」


「戦場以来だな」


 

 そこにいたのは、カイが王になる前に離ればなれになった妹・エレインの姿があった。

 手入れのされた流麗りゅうれいな黒髪、容姿もかなり整っており、昔あったおさなさが大人の美しさに変わっている。

 カイは言われた通りに目の前の椅子いすに座ると、エレインはカイに感謝の意を伝えた。



「このたびは王女ラミア様とクロ様を守っていただき、まことに感謝しています。それも知らずに、あの日剣をカイ様に向けてしまったことに深くおび申し上げます」


「気にする必要はない。怪しい奴がいたら手遅れになる前に、攻撃するのは当たり前だからな」


寛大かんだいなお心遣い、ありがとうございます。それで、今回の要件はやはり……」



 カイがカルバにまで来た理由。

 それは。



「ああ、どうこの戦争に落としどころを設けるかだ」


 

 先の戦争はサイラス・カルバ軍の敗北である。



(理不尽な理由で戦争を仕掛けてきたあげく、キリアの後ろにはギフテル帝国がひかえている。今のカルバに帝国と事を構えたくないはずだ)



 カイがそう考えている。

 エレインは申し訳なさそうに、



「申し上げにくいのですが、事実を知った私は戦場から戻った後、すぐに軍を再編さいへんしてサイラスに向かったのですが……」


「今回の事件を画策かくさくした人間はすでに行方をくらましていた、と」

 

「いえ、他のサイラスの上層部じょうそうぶたちも口封くちふうじのためか、全員殺されてました」


「そうか」



 今回の事件を考えた人間、サイラス王・ガレス、そしてその側近ミゲル。

 ガレスもまたミゲルにとってのこまの1つでしかなかった。

 


「そのことはこれから調べればいい。俺が今回ここに来たのは、和平を結ぶためだ」


「和平?」


「ああ、今回の件は裏で何者かが仕組んだものだ。おそらくカルバよりも大きな組織かもしれない。今後のことを考えたうえでも、キリアとカルバだけでも和平を結ぶべきだ」


「……私一人では決めかねるので、のちほど上層部に話を通しておく、というのはダメですか?」


「ああ、それで構わない。だが、いくつか頼みがある」



 エレインは紙とペンを用意して。



「頼みとは何でしょうか?」


 

 と質問したので、カイは右手の人差し指を立てる。



「1つ目は、しばらくの間、ラミアとクロをこちらで引き取りたい」


「……それはどのような理由で?」



 エレインは動揺どうようする。

 王女を救ってくれたとはいえ、敵国に彼女を置き続けるのは危険だ。



「カルバは今回味方にだまされた結果、こんなことになった。もしかしたら、まだ敵の刺客しかくはいるのかもしれない」



 エレインはカイの話を聞くと、



「なるほど……、わかりました。1つ目の王女の保護については検討けんとうしておきます。ですが、ギフテル帝国が介入かいにゅうしてきたら、どうするおつもりですか?」


「おそらくギフテル帝国は王女達を、どうにかするつもりは無いと思う」


「……どうしてですか?」


「本国に事の経緯を詳しく報告したが、あちらの使者の話だと王女達に手を出すつもりは無いと言っていた。ちなみに、これが使者の寄こした手紙だ」



 エレインは中身を確認しながら、深く考える。



「少し説得力に欠けますが、精鋭せいえいの護衛をキリアに送ってもいいなら検討します」


「わかった」


 

 エレインは紙に情報を整理し終えると、カイは2本目の指を立てる。



「2つ目は、国交を正式に開いてほしい。キリアにはカルバを故郷に持つ難民が多い」



 そして、カイは3本目の指も立てる。



「3つ目は、俺がカルバに滞在たいざいすることを許してもらいたい。もちろんこれは断ってくれてもかまわない。和平とは何の関係もないからな」


「2つ目の頼みはかまわないが、3つ目については理由を聞きたい」



 エレインが疑念を抱くのも当然。

 敵国であるカルバにカイが残るのは危険であるからだ。

 カイは自身のふところから、カルバの消印が押されている手紙を取り出し、中身をエレインに見せる。

 


「『一週間後夕刻、合図があったらカルバ城に来い』……。王妃おうひの字に似ているような……。これは?」


「事件の前に俺らのもとに届いた手紙だ。この手紙の詳細しょうさいを知りたいんだ」



 カルバの事件の前に、カイが受け取った手紙だった。

 しかし、その中にも意味が分からない紋章もんしょうや単語があった。



「……王妃がこの手紙を? ですが王妃がキリアに危険をおかしてまで行くとは思えないのですが……」


「いや、直接出しに来たのは、おそらくアナタ方ですよね?」



 カイは顔を上げ、エレインの後方で静かに立っているメイドたちに目を向ける。

 メイドたちは困ったように笑みをこぼしながら、



「キリアの王よ。やはり気づいておられましたか」


「いや、エドの証言から、カルバの兵士に条件を満たす者がいなかったからな」



 カイは、エドから手紙を受け取った時の状況を聞いていた。

 身体のラインが細く、エドと互角ごかくにわたりあえる人間。

 今、目の前にいるメイドたちは細い見た目に反して、かなりの武術を使うことが、カイは一瞬でわかった。

 エレインの後ろに控えていたメイドの一人が語りだす。



「王妃ラミアフル=フォン=カルバ様と前カルバ王・ミルグレス=フォン=カルバ様は、西に巨大な勢力が隠れていることを2年前の時点で予見していました」



 メイドの言葉にカイのみならずエレインも驚きをあらわにしていた。

 カイは一つの疑問を口にする。



「どうして王と王妃はキリアに助けを求めてきたんだ? 他の国には助けを求められなかったのか?」


「王は他国にも刺客がまぎれ込んでいる、と考えておりました。それゆえにあえて敵国であるキリアに王女をかくまおうとしました。通常の段取りでは平民をよそおってもらうつもりでしたが」



 キリアは敵、味方とわず難民を受け入れているから候補こうほにあがっていたらしい。

 カイは話を聞いて引っかかるところがあった。



「どうしてキリアが候補に挙がったんだ? 王である自分が言うのもあれだが、評判ひょうばんは悪かったはずだが」



 ラミアとクロもキリアの王・カイと聞いたときは警戒心を高めていた。



「私達が色々な国におもむき調査しました。それにキリアの評判はカイ様が考えておられるほどひどくはありませんよ。があまりにも残忍ざんにんだったが故に、なかなか認めようとしない方々もいますが」



 カイは、メイドの含みのある発言に固まってしまう。

 その様子にメイドは気付いたか分からないが話を進めた。



「王妃は先程の手紙をキリアに届けるように命令しました。キリアの王がこの話に乗ってくれるかはけでしたが」



 エレインはそこまでの話を聞いて、やっと話が飲み込めたらしい。



「つまりカイ様がカルバに乗り込んできたのは全て王と王妃のはからいだったのか……。ですが、なぜ私達にすら教えてくださらなかったのですか?」


「エレイン様を王族が引き取ったのは2年近く前のことです。おそらく刺客しかくである可能性が捨てきれなかったんだと思います」



 カイは2年前という言葉を聞いて、あることを思い出した。



(2年前…………、2年前ならあの人の行動の不可解な部分が分かるかもしれない)



 カイはメイドに聞いてみることにした。



「もしかしてミーシャ=レレイの父、ダグラス=レレイはそのことを知っていたのか?」


「え、ええ。よくお気づきになりましたね。王と王妃様は協力者の必要性を感じ、何かあった時、彼にラミア様を任せようとしていました。なぜ知っているのですか?」



 カイは、ミーシャがキリアに来た理由を説明した。

 カイの中でやっと全てがつながった感じを覚えた。

 なぜダグラスは敵であるエドにミーシャを預けたのか。



(ミーシャにも危害がおよぶ可能性があったからか……。ダグラスという男にとってきっと苦渋くじゅうの決断だったはずだ)



 メイドは事情をきくと感嘆かんたんの声をもらす。



「そうでしたか。マグナス様は2年も前にミーシャ様をキリアに逃亡させていたのですか」



 ここでカイはエレインに質問した。



「エレインが保護されたのは2年前だ、と言っていたが、そのときにはマグナスはもう戦死していたはずだ。どうして彼のことを知っているんだ?」



 ミーシャの話によると戦場でミーシャが名乗った時にそのことに気付いたらしい。

 だが、マグナスが死んだのはおそらくレオンがキリアに連れてこられる前、つまりエレインがカルバに保護される前の話だ。

 エレインは答える。



「ラミア様がよくマグナス様の話をしておられました。当然、ミーシャ様が行方をくらましたことも。ですが、戦場で『レレイ』という名を聞いてもしかしたら、と思ったのです」


「確かにラミア様はマグナス様のことをよくめておられましたね」



 メイドがあきれるようにエレインの言葉に相槌あいづちをつく。

 エレインは話がそれてしまったので本題に戻す。



「先程の話だがカルバの動きについては分かりました。ですがラミア様を敵陣営てきじねいに置くことはあまりにもリスクが大きい。なぜそんな手を取ったのですか?」



 いくら味方陣営に刺客がいたとしてもいきなり敵国に預けるというのは乱暴らんぼうかつ杜撰ずさんな手に思えたのだ。

 メイドはその疑問をぶつけられるのが分かっていたかのように即答する。



「エレイン様はこの戦争が起こった理由をごぞんじですか?」



 エレインは少し思案しながら答える。



「……東の大帝国ギフテルが領土を西に拡大しようとした、これが表向きの理由だと思っています」


「そうです。ですが、エレイン様のおっしゃった通りそれは表向きの理由。結んでいた和平を壊してまでギフテルが侵攻してきた理由……」



 メイドはそこで言葉に詰まる。

 どのように表現したらいいか迷っているようだ。

 代わりにカイが自身の憶測おくそくを口にする。



「裏にいる敵の殲滅せんめつだな」



 カイの発言に耳を疑うエレイン。



「どういうことですか?」


「カルバとギフテルの和平は数十年の間続いてきた。この大陸を一国で管理することは難しい。だから東のギフテル、西のカルバが手を取り合いながら統治をすることにした」



 ここまでは人々の誰もが知っていること。

 だが、とカイは続ける。



「そのことを面白く思わない連中がいた。今回のミゲルとガレスのように」



 エレインが疑問を口にする。



「もし仮に、ミゲルとガレスがラミア様のような王族を殺すために行動を起こしたにしてはあきらめがはやかったように思う」



 ミゲルが彼らの前に姿を現した時、エレインもカイも満身創痍まんしんそういだった。殺そうと思えば殺せたはずなのに、あえて見逃してくれたような印象はあった。

 カイはミゲルの言ったことを思い出す。



「本来の目的までは見当がつかないが、ミゲルは俺のことを『依代よりしろ』と言っていた」


「ラミア様とクロ様を『鍵の鍵』とも言っていました。ふざけて言ったことのようには思えません。それと『破滅剣はめつけん』なんて物騒ぶっそうな名前も口にしていたが、カイ様は何を指しているのか知っているのではないですか?」 



 エレインに聞かれ、カイは1本の剣を右手に顕現けんげんさせた。

 部屋の照明に照らされ、鮮やかな紫色の光沢を放っていた。



「この剣は『破滅剣ルーイナー』。故郷で祖父からたくされたものだ」



 エレインの表情が暗くなる。



「その剣は何か特別なのか?」


「長期間かけて調べてみたが、分かったことはどんな物体も。敵の剣や魔法もな」


「まさか、そんな剣をおじいちゃ……、カイ様の祖父から託されたのですか……」



 そこでメイドの女性が再び話を戻す。



「ラミアフル様とミルグレス様は西に隠れている敵からラミア様を守るために準備をしていました。しかし、相手はさらにすきをついてきました。それがあの事件です。ミルグレス様は建国記念日に王族を集めて今後のことを話し合おうとしました。そのときにカイ様をお連れして話を聞いてもらおうと。手紙に書かれていた合図とは伝令兵でんれいへいがカイ様と接触することだったのです」



 しかし、とメイドは続ける。



「その日にガレスは爆裂魔法で城を吹き飛ばし伝令兵も殺してしまいました。王族の方々も、まさか見張りの兵が多くなる祭りの日を狙うとは考えていなかったようです」


「俺がかけつけたときにはカルバとサザンの王族は殺され、咄嗟とっさに誰かがラミアとクロを魔法で助けた、と?」


「はい、ラミア様とクロ様を守ったのはラミアフル様です。王族はあの事件で全員お亡くなりになりましたが、ラミア様とクロ様だけは助かりました。1人でも王族が生き残っていたら、王族が復活する可能性もありました。それをつぶすためにサイラスはキリアに宣戦布告し今に至ります」



 カイは少し疑問に思ったことを聞いた。



「サザンとは手を取り合っていたようだが、あの国にも敵の手が伸びている可能性はないのか?」


「サザンは獣人国家でカルバ以外の人間と基本的には交流を持たないのでその可能性は低いと思われます。ですが、サザンの王族もクロ様以外ほとんど亡くなられましたので、今回のような事件が起きてもおかしくはありません」


「ほとんど?」


「サザンは王位継承権おういけいしょうけんを持つ者が多くいるようです。クロ様にも王位継承権はあります」


(一気に話がきなくさくなったな……。)



 カイはそんなことを考えながら、出された紅茶に口をつけるのだった。

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