第5話 墓の前で

 ミーシャの目的地に着いた馬車が止まった。

 ミーシャの目的地は、彼女の父親・ダグラス=レレイが眠っている故郷だった。

 


「ここが、ミーシャの故郷か……」



 2年前に村民はルイアーナ村などを襲った盗賊を恐れて、この村は捨てられた。

 それから誰も戻ってきてないのか、建物の壁を埋め尽くすようにツタがからみ、部屋の中もカビや草だらけだった。



「私の家はあの山道を登った所にある」



 ミーシャに案内されるがまま、カイ達は山道に入っていく。

 しかし、長い間放置されたためか、道と言える道がなかった。

 カイやクロはまだ良かったが、ラミアは足を踏み入れるのを少し躊躇ためらってしまったようだ。

 それを見たミーシャが少々あおる。



潔癖症けっぺきしょうの姫様はここに残ってくれてもいいよ。すぐに終わるから」


「なッ、バカにしないで! 私だって行けるわよ!」


「汚れても知らないから」



 ラミアは顔を真っ赤にしながら堂々どうどうと前進する。



「あまりラミアをいじめるなよ、ミーシャ。この会話が原因で国を巻き込んだ戦争が起こる可能性もあるからな」



 カイの冗談めかしに言った言葉をミーシャはラミアの擁護ようごだと思ったようだ。



「……カイはそっちの味方なんだ」


「なんか言ったか?」


「何でもないッ!」


 

 ミーシャは怒って先にどんどん進んでいったのだった。



          ※



 しばらく歩くと、森の中から巨大な家が顔をのぞかせる。

 ミーシャは一目その家を見上げると、そのわきを通って家の裏側に向かった。

 そこには石碑せきひが建てられていた。

 


「これは……はかか?」


「そう、お父さん、ダグラス=レレイの墓。掃除しなかったから汚くなってる。カイ達は少し待ってて」



         ※



 ミーシャが墓を掃除している間、カイとクロはミーシャの家の掃除を手伝い、ラミアはミーシャと墓の掃除を手伝うことにした。

 掃除の間ミーシャとラミアの間には沈黙が立ち込めていた。

 掃除が終わると突然ミーシャが口を開いた。



「ラミア、お父さんはどんな人だった?」



 ラミアは急な質問に即答した。



高潔こうけつな人だったわ。村民のだったから誰とでも打ち解けて、あの王国の人達は私も含めて皆ダグラスのことをしたっていたわ」


「そうなんだ。……確かに葬儀そうぎも人が多かった」



 わざわざ辺境の村に王国の人は長蛇をなして来たのだ。

 ダグラス=レレイは絶大な信頼があったのだろう。



「……もう1つ聞いていい?」


「何かしら?」


「お父さんは、どんなことをしていたの?」


「私達、王族の身辺警護や面倒を見てくれたし、よくアナタの話をしていたわ」



 ダグラスが王都でミーシャのどんな話をしていたか、この村での彼の生活の日々がどんなものだったか、ミーシャにとってもラミアにとってもダグラス=レレイという人物について深く知ることができたのだった。



         ※



 あらかたクロとカイの清掃も終わって、2人は墓の前に戻ってきた。

 墓の掃除をしていたラミアとミーシャも終わったようで片付けに取り掛かっていた。

 先程まであった重苦しい空気が2人の間からうすれた感じがあった。

 ミーシャは両手を合掌し両目を閉じた。

 カイ達も彼女にならって両手を合わせる。



「私をキリアに預けたと知った時、お父さんをうらんだよ。だけど、そのおかげで色々な出会いをしたんだ。そのことに感謝してるよ」



 ミーシャは苦笑いをしながら、そうつぶやいた。彼女は墓から立ち上がり再度両手をあわした。

 カイ達もミーシャと同様、ダグラス=レレイの冥福を祈った。それから明るい声で言った。



「カイ、決めたよ。私、強くなる! お父さんが守ってきた物を守れるくらいに」



 『ダグラスの守ってきたもの』、それはカルバ国民、そしてカルバの王族を指しているのだろう。

 ラミアがミーシャに聞く。



「ミーシャ、カルバの王族を恨んでないの?」



 カイの質問にミーシャは目を見開くが屈託くったくのない笑みで。



「恨んでない、って言ったらうそになるけど。お父さんが守ってきたものを娘が引き継がなきゃ、お父さんの努力が無駄むだになっちゃうからね」


「私も生かしてくれたお母様の期待に応えるためにこれからは王族の一人としてカルバを守っていくわ。そのときはアナタに護衛を頼もうかしら」



 ミーシャはラミアのほうを向く。



「これから、よろしく。ラミア」



 ラミアもミーシャに笑顔を返す。



「ええ、こちらこそ」



 キリアとカルバの関係がどうなるかは分からないが、進捗しんちょくによってはキリアの兵がカルバの王女を護衛することも夢ではなくなるかもしれない。

 そんないがみ合いがなくなった世界を想像しカイは嬉しくなった。


 

          ※

 


 そのあと、ラミアとミーシャは家の中を掃除残しがないか確認していた。カイとクロは休憩をしていた。

 一段落したのでカイも家の掃除の手伝おうと思った矢先。



「カイ、ちょっといいかニャ?」


「どうした、クロ?」



 クロに呼ばれて、もう一度墓の前に戻ってきた。クロは地面に手をつき、墓の土をいだ。



「カイ、この墓はダグラス=レレイの墓なの? この中に……死体があるのかニャ?」


「ミーシャとラミアの話だと、そうらしいな」


「本当に?」


「どういう意味だ、クロ?」


「多分だけど、この中に死体なんてないよ」



 クロの言葉にカイは耳を疑う。

 獣人は人の嗅覚きゅうかくの何倍も強い、とカイは聞いたことがあった。



「クロは死体のにおいがわかるのか? だが、死体は2年前の物だ。匂いが消えたっていうことも……」


「サザン、ミャーの国にも、たくさんの墓地があったにゃ。だけど、そこからは鼻を刺激するような匂いがしたニャ」


「死者の弔い方の違い……火葬か土葬かみたいなことは?」


 

 キリアとかでは火葬かそうを行っていた。土葬は肉が腐食してキツイ臭いを発したりすることがあるのでキリア内に土葬どそう用の墓地はない。

 クロは首を振った。



「火葬しても骨の匂いは残るニャ」



 もし、クロの言っていることが本当なら、誰かが死体を引っ張り出したことになる。

 しかも、墓の汚れ具合からして、かなり前に。

 死者への冒涜ぼうとくなのはわかっているが、カイは嫌な予感がした。



「クロ、気が引けるが、この墓を掘り出そうと思う。ラミアとミーシャが来ないように足止め頼んでいいか?」


「……わかったニャ」



 それからカイは墓を掘り起こした。

 カイは手が泥だらけになりながらも、一目散に掘り進め、ようやく棺桶かんおけらしい物が見えた。

 棺桶を引っ張り出し、ふたをはずしてみる。



「し、死体が……ない……」



 クロの言ったことは本当だった。遺骨いこつすらない。

 カイは混乱しながらも、たどたどしい手つきで墓を元に戻したが。



「「「きゃああああああああああッ!!」」」



 ラミアとクロ、ミーシャの悲鳴が聞こえて、カイは我に返り、走って3人のもとに急いだ。

 家の中に入ると。



「何なのよ、この気持ち悪い生き物は!?」

 

「カサカサ動いて気持ち悪いニャッ!」


「ご、ゴキブリだああああッ!!」



 3人の少女は部屋の隅に縮こまり、一点に視線を送った。そこには、黒い生き物がツタの生えた壁をよじ登っていたのだ。

 壁とその生き物の足がこすれて、カサカサと音を立てる。


 カイは安堵あんどあきれから、ため息をつきその生き物を退治した。

 厳密には、手でつかんで外に放り投げた。



「アンタ、汚いから、手を洗いなさい」



 ラミアはカイに近づき、彼女の水筒を渡された。

 さすがに飲み水を使うのは、気が引けるな、とカイは断ろうとした。

 


「別にこのくらい手を洗わなくても……」


 

「「「絶対に、手を洗ってッ(ニャッ)!!」」」



「はい……」


 

 3人の勢いに押され、カイは手を洗ったのだった。

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