第8話 敵国王子ガレスの正体

 爆風で生じた砂埃すなぼこりから、カイは朦朧もうろうとしながらも立ち上がった。

 意識がはっきりしてくると、



「こ、これは……」



 戦場を横一列に生まれたクレーターに目を疑った。

 カイ以外に立ち上がっている兵は少ない。

 さっきの爆風はカルバの兵もろとも、キリアの兵も消しとばしたようだ。



「本当にカルバの兵には助けられたぜ」



 クレーターをはさんで敵の本陣のほうから一人の青年が歩いてくる。

 切りそろえられた短い髪、右手には槍を持っている。

 その槍は炎を想起させるような紅色に光り、禍々まがまがしい魔力がれ出ていた。

 クレーターのふちって歩いてきた青年はカイの前で止まると、




「貴様と会うのも2度目だが、本当に。笑えてくるぜ」


「意味の分からないことを言うな。俺はお前と会うのは初め……」



 カイはそう言いかけて、青年の持つ槍を見て気付いた。

 カルバ城で会った襲撃者しゅうげきしゃ

 それに気付いたカイは剣をかまえなおす。




「オマエは何者だッ!?」


「あ、そうか。昔の身体は捨てたからな。あらためて自己紹介を」



 一拍いっぱくおくと、



「俺様の名はガレス。そして昔の名は、だ」



 同名、そして青年の話し方には聞き覚えがあった。

 故郷を火の海に変貌へんぼうさせた男。

 無抵抗むていこうの村人を切り捨てた男。

 カイの日常をうばった男。



「まさか、ルイアーナ村を襲った……」


「ギャハハハ、そのとおり。よく覚えてたな。まあ、貴様にとっては忘れられないことだしな」


「な、なんでオマエが生きている!? あのときエドが殺したはずじゃッ!?」


「そうだ、アイツも来てるのか? あのときのお礼をしなくちゃな」


「クソっ、俺の質問に答えろッ!!」



 カイはガレスの口調にえられず、剣をふりかざした。

 ガレスは槍でそれを易々やすやすと受け止めた。



「いきなりだな、だけど、貴様にもコケにされたからな。痛めつけてからなぶり殺してやる」



 ガレスが槍に力をこめると、力負けをしたカイは後方にとばされた。

 ルイアーナ村をおそったときのカイは剣すらまともに振っていなかった。

 身体能力が異常に上がっている。

 さらに1回得物をまじえただけで、あの槍の異質さにカイは気付く。



「その異常な魔力量はサイラス兵から集めたのか……それにその槍は……!?」


「一瞬で見抜くなんて、すごいな。貴様の予想通り、この魔力は自軍からかき集めた物だ」



 敵の第1陣にサイラスの兵がほとんど見えなかったのは、ガレスの爆裂魔法に巻き込まれないようにするためだけじゃない。

 もう一つにガレスがサイラス兵から魔力をかき集めるためでもあったのだ。

 ガレスは槍を肩にかつぎながら。



「そして、これは神器だ。特別に名前も教えてやるよ。こいつは炎をつかさどる魔神『炎魔神イフリート』からつくられた槍だ」



 カイは冷や汗を流した。


 神器、魔神や神を封じ込めた武器。

 普通の武器とは違った特殊な素材で形成され、単純に強度が高い。

 しかも、神特有の強大な魔法をも使える。

 おそらく、神器『炎魔神イフリート』の魔法は爆発。

 


(それならガレスの逸話いつわにも、この戦場を豹変ひょうへんさせた破壊力にも納得がいく……)



 カイの落ち着いた顔を見て、ガレスは舌打ちした。



「チェッ、つまんねえな。貴様の絶望した顔がみたいから教えてやったのに」


「あいにくと、こっちもそういう奴とは何度か戦ったことがあるからな」



 カイの虚勢きょせいとは裏腹に全身からはいやな汗がふきだし、得物をにぎる手がふるえている。

 再度、つかをつかむ両手に力を入れなおし、ガレスに攻撃を仕掛ける。



「あの時ほど速くねえな。オラッ、どうしたッ!?」



 ガレスのくりだす突きをかろうじてかわし、剣で槍をたたきあげ、がらあきになったガレスのふところに剣をふりおろした。

 ガレスはうちあげられた槍をすかさず振り下ろし、これを防ぐ。

 剣をつたって流れ込んでくる衝撃しょうげき

 カイは後ろに飛ばされないように、両足に力をいれてふみとどまる。



「もっと両足に力を入れないと力負けしちゃうぞッ!!」


 

 剣と槍との一歩も退かぬ攻防がつづいた。

 槍の間合いよりさらに近づいた斬りあいなので、ガレスにとっては不利なはずだが、カイが優勢ゆうせいになることはなかった。

 ガレスはカイの攻撃を防ぐと、距離をとるために高く跳躍ちょうやくし、不敵の笑みを浮かべた。



「何がおかしい?」


「ク、クク、ギャハハハハッ! まさか、そんな武器でここまで持つなんて思わなかったぜ。神器にふれただけで大半の武器はぷたつなのにな」



 ガレスの言う通りだ。

 通常の武器とは強度が違う。

 ガレスの力任せの一振りを1回でも受け止めれば、強度の低い武器は両断される。



「キリアの王子は、魔力の使い方がお上手なようだ」



 カイは剣に魔甲まこうを展開してかろうじて持ちこたえていた。

 カイの剣が今の打ち合いで使い物にならなくなってもおかしくはなかったのだ。



(見破られてるか……)



 剣が折れない理由。

 それはカイの魔力操作の技術にあった。

 魔甲まこうは得物全体をおおうように展開されるが、得物同士が接触せっしょくする部分にだけ魔甲を展開させることもできる。

 そうすることで、少ない魔力でより強度の高い剣にすることができる。


 両者の間のピリついた空気を壊すかのように、ガレスが話を続ける。



「まあ、そんなことはどうでもいいや。しかし、大丈夫なのか? ここにずっといて」


「……オマエに心配されなくてもキリアの兵は強い」


「サイラス、いや自軍には俺様以外にも怪物がいるぞ」


「…………」



 動揺どうようを表に出さないカイを見て、ガレスは不気味な笑みを浮かべる。

 まるでこれから起こることに思いをはせるように。

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