第4話 宣戦布告

 カイはすぐに支度をすませ、目的地に急いだ。

 そこにはカイが座る大きな玉座が小高い台の上にあった。

 それを大きく取り囲むように部屋の両脇には兵士たちが立っていた。

 突然の来訪者に疑惑の視線を向けている。

 1人の少年としてではなく、一国の王として使者に挨拶する。



「お待たせして、申し訳ない。この国の代表であるカイだ。あなたがたはサイラスの使者と聞いたが、まことか?」



 年若き王に驚きの声を上げる使者。

 その中の一人が前に進み出る。



「突然の来訪申し訳ございません。私共はサイラスから参った使者であります」


「それで、なぜカルバの友好国であるサイラスの方々が敵国であるキリアに?」



 サイラス、西の国の一つでカルバと友好な関係を築いた国。

 サイラスの使者の一人が。



「先日、われらの盟主カルバで王族が殺された件でお伺いました」



 そこで周囲の兵士達は驚きでざわつきだした。

 カイもわざと驚きの表情を顔に貼りつける。

 この情報はキリアのなかには入ってこなかった。

 敵国に介入される余地を与えないためにカルバが情報統制をおこなったのだ。



「それをして得があるのはギフテル陣営のみ。そしてその事件のとき犯行を行った者を見たという方がいました。その人相書きをお願いしたところ」



 使者がもちだした人相書きによって、さらにその場は騒々しくなった。

 そこにはカイの顔が描き出されていた。

 カイは顔をしかめながら、



「つまり、あなたがたは私が引き起こしたと考えておられるのか?」


「そうです。さらにカルバの兵も『カイ』という名前を聞いた、と申しておりました」



 エレインと戦ったときに、ミーシャが言ったのを聞いていたのだろう。

 カイは少し悩んだ後に諦めのため息とともに口を開いた。



「これは隠せそうにないな」



 その言葉に周囲が静まり返った。



「ああ、そうだ。俺の独断でやった。王族を殺せば、それだけで国は壊滅しかねないほどに弱体化するからな」



 彼は言葉を発した後、即座に使者の顔を確認する。

 サイラスの使者には驚く者と、憤る者がいた。

 そんな当然の反応を示す使者の中に、異常なことに、満足そうな顔をする者がいた。



「それならば話ははやいです。サイラスとカルバは報復としてキリアに宣戦布告をさせていただきます」



           ※



 サイラスの使者が帰った後、大部屋にはカイを非難する声があがった。

 しかし、もう戦争は回避できない。



「もう過ぎたことを言っても仕方がない。マグナスは軍の編成にとりかかれ。ほかの者たちは今後の方針を決めていくぞ。ティアラ、スー、小隊長を集めてくれるか?」



 カイは2人の女性に、軍の指揮を担う小隊長を集めてもらえるか、指示を出す。

 最初に返答したのは妖艶な笑みを浮かべていたティアラだった。



「わかったわ、団長さん」



 ティアラ、身長が高く、男をとりこにするようなスタイルを持ち合わせる女性。

 周囲からは『漆黒しっこくの魔女』と呼ばれているが、その名の通り全身黒の装束をまとっている。

 そして魔女の必需品の縁の広い帽子を深くかぶっている。



「団長ちゃん、任せてください!」



 スー、見た目はピンク色の短髪をきりそろえた幼女の一言につきる。

 城の中で働くメイドの一人であり、見た目に反して、他のメイドをまとめられるほどのカリスマを持つ。



「ああ、頼んだ。場所はいつもの会議室だ」



 短く指示を出した後、カイは喧騒けんそうが満ちている大部屋を後にした。

 


          ※



 自室に戻ろうとするカイの前にエドが立ちふさがる。

 エドは憤っていた。

 当然だ。カイが王になったのは、あくまで『戦争』を終わらせるため。

 今回のカイの失言は戦争の引き金になってしまった。



「どうしてあんなことを言った!? 隠し通すことだってできただろ!」



 エドの言葉も一理ある。

 だが、



「相手は確信があって宣戦布告をしてきている以上、多分隠し通すことは出来なかった。それに収穫もあった。王族を襲撃したのは、おそらくサイラスだ」


「……どうしてそんな事が分かる?」



 エドは荒げた呼吸を落ち着かせながら質問してきた。



「理由は2つあるが、1つは表情だ」


「は?」



 言った意味が分からなかったのか、エドは頓狂とんきょうな声をあげた。



「俺が事件の犯人だって知った使者のなかに満足そうに笑っていた奴がいた。まるでうまく事が進んだかのように」


「それは単なる状況証拠じゃ……」


「確かに理由って言いきれるほど明確なものじゃない」


「もう1つの理由はなんだ?」


「サイラスが宣戦布告してきたことだ」


「なんでそれだけで決めつけられる?」



 エドの言葉にカイは淡々と言い放つ。



「それだけ? 決定的じゃないか。宣戦布告してくるのがカルバなら分かるが、サイラスが仕掛けてきた。おかしいとは思わないか?」


「確かに……。でも友好国なんだろ、カルバの? なら報復ほうふくに来てもおかしくはないはずだ」



 カイはエドに尋ねる。



「エドはサイラスって国を知っているか? あそこは軍事力はあるが、西の国にはサザンやもっと他にも大国はある。それなのにサイラスとカルバが手を組んで戦争を仕掛けてきた。これがどういう意味か分かるか?」


「……?」


「西の列強れっきょうを退けて、カルバっていう大国と肩を並べるほど台頭してきた。下手したらカルバすらも手中に収めてしまうかもしれない」



 エドはカイの言いたい事が分かったが、それでも半信半疑だった。



「団長はサイラスが西の超大国になるために、今回の事件を起こしたって考えているのか?」


「ああ。もしかしたら、この戦争で何か分かるかもしれない。それに襲撃しゅうげきを否定したところで、適当な理由をつけられて宣戦布告されたはずだ」



 エドに説明している間もカイは思考する。



(もし宣戦布告されなくても、王女が生きていることは十中八九バレているはずだ。その状況で敵が奇襲を仕掛けてこないとも限らない。だったら真っ向から闘ったほうが良い)



 エドは未だに不服そうな顔をしているが、反論することは出来なかったのだった。


    

          ※ 

 


 部屋に戻った後、椅子いすに座りクロとラミアに起きたことを話した。

 もちろん、事件の真相についても。

 話を聞き終えたクロはテーブルについた両手が震えている。



「サイラスと戦争になるの?」


「ああ、君達のことも何か分かるかもしれないし」


「無理だけはしないでほしいニャ」



 カイは首を横にふる。



「ここは無理をしてでもやらないと、君達が先に進めない気がする」



 クロは頭をさげた。



「ミャーたちのことに巻き込んでごめんなさい。ミャーたちは何の力にもなれないニャ」


「いや、一つだけ頼みたいことがあるんだ。気がひけると思うけど、サイラスについて少し教えてくれないか?」


「「……」」



 クロとラミアは押し黙ってしまう。



(いくら保護されている身とはいえ、売国行為にまで手を出すことはできないか……)



 カイは即座に付け加える。



「別に言いたくないなら、それでもいいんだが」


「ミャーたちのことだから、協力したいニャ。だけど、サイラスについてはほとんど知らないニャ」



 話によると、クロの出身国・サザンは獣人国家。

 もともと獣人は人間との関わりをあまり持たない。

 というのも、人間のほうが獣人を気味悪がっているからだ。

 だから、カルバ以外との交流はほとんどしない。

 しかも、カルバとの交流が始まったのも最近の話で、サイラスの情報はあまり聞かなかったらしい。



「わかっているのは、1つだけニャ。サイラスをまとめるのは、ガレスって槍使いらしいニャ」


「ありがとう。ラミア、やっぱり何か思うことがあるのか?」



 カイはずっと黙っていたラミアに話をふる。



「ない、と言えばうそになるわ。だけど始まった戦争を止める方法なんてないから」


「けっこうドライだな」


「そうかしら? まあ、あの事件がなかったらこの戦争を回避できる方法を探したかもしれない。だけどサイラスがあの事件に関係があるかもしれない以上、私はこの戦争を止めるつもりはないわ」



 この少女にはカルバ城での事件のときの記憶がほとんどない。

 だからこそ戦争を通して、ラミアなりに真相を知りたいようだ。

 カイは再度ラミアに尋ねる。



「サイラスについて知っていることがあったら話してほしいんだが」



 ラミアは押し黙ってしまう。



「別に言いたくないなら無理には言わせないが」


「正直なところ少し困惑しているの。私を人質みたいに戦争のカードにきるつもりだと思っていたわ。だけど危害を加えてくるような気配が全くない。信用することもできないけど」



 ラミアの告白は続いた。



「私はあの事件の真実を知りたい。全面的な協力はできないけどある程度なら情報を公開してもいいわ。だけど条件がある」


「条件?」


「あの事件の真実が分かったら、ありのまま私に伝えて、それが条件よ。口約束じゃ信用できないから、これを使いましょ」



 ラミアが見せたのは『契約の書』だった。

 『契約の書』、相手の血をしみこませた特殊な液体を使ってその上にサインすると紙に書かれた内容を相手は守らないといけなくなるアイテム。

 内容を遂行したとき『契約の書』は効力がなくなる。



「どこから持ってきた?」


「アナタの書斎しょさいからよ」



 カイは呆れながらも、指を軽く斬って血を液体に混ぜる。

 その特殊な液体を『契約の書』にサインする。

 この程度でサイラスの情報を聞けるのなら安いものだと考えて。



「今更だがこんな物で良いのか?」


「もしかして知らなかったかしら? これに記載きさいされた内容を最終的に完遂かんすいしなければ、ここにサインした人間は死ぬのよ」


「……無効にしてくれないか?」


御免ごめんよ、もちろん術者を殺すことで解除できるけど記載内容に『術者を殺さない事』も盛り込んだから。安心しなさい。アナタが私をだましていた時の保険だから」



 ラミアがしたたかなのか、カイが無知なのか。

 そんなことにカイが頭をかかえていると。



「それで提供できる情報だけど……」

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