第3話 束の間の日常

 雲一つない青空のもと、キリアでは騎士団の訓練が行われていた。

 キリア城のひらけた広間に多くの兵が集まっている。

 その中でエドとミーシャはペアを組んで模擬戦をしていた。



「手加減したら許さないからね」


「おうヨッ! ミーシャも本気で来いよ」



 エドは自身の身体に匹敵するほどの木製の大剣で、ミーシャは一般兵が持つような木剣で激しく打ち合っている。

 剣が交わるごとに乾いた音が、辺り一帯をかけぬけた。

 


「いくぞ、ミーシャ!」



 エドは一撃に全力をこめて上段からきりかかる。



「このくらい、なんのッ!」



 ミーシャは正面から受けるのではなく、スレスレのところでかわす。

 エドの大剣は地面につくまえに、軌道を変えて下からミーシャに迫った。

 それをかわせずに、かろうじて剣で受け止めたミーシャは吹き飛ばされるも空中で回転して受け身をとる。



何人なんぴとをも引きつけないいかずちよ、敵を翻弄ほんろうし、その身体を穿うがて、『雷撃らいげき』」



 詠唱を唱えたミーシャの身体に青白い雷がまとわりつき、空気をつたって、エドの身体を衝撃が貫く。


 『雷撃』は身体に電気をまとうことで速度上昇、攻撃に雷属性が付与される。

 雷をまとったミーシャはエドの視界から消える。



「クッ……!?」



 その瞬間エドが膝を折りまげた。

 ミーシャは、今の攻撃でエドの両膝に剣を叩きこみ、高電圧の電流をながしこんだ。



「かなり電気を流し込んだつもりだったんだけど、」



 それでもエドが立っていられるのは魔甲まこうで痺れをおさえたためだ。



「いや、なかなか良い攻撃だった。真剣だったら危なかったぜ。だがな、今度はこっちの番だ」



 エドが両足に力をいれ、ミーシャに迫った。

 ミーシャは再度『雷撃』を発動し、エドの死角しかくにまわりこむ。

 エドは誰もいないところに大剣を振るった。



「キャッ!?」


 

 だが、その大剣は空を切らずに何かに当たる音がした。

 音がした方向からミーシャが弾き飛ばされ、彼女が体勢を崩したところをエドはさらに追撃をしかける。

 しかし、ミーシャも間一髪かんいっぱつのところで防ぎきった。

 2人の打ち合いはエドのほうが優勢だった。



「動きが単調になってきているぞ、ミーシャッ! さっきまでの威勢のよさはどうしたッ!?」


「クッ……!」



 ミーシャは諦めずに『雷撃』で加速する。

 しかし、エドは大剣の腹を向け勢いに任せてふりぬいた。

 加速にこだわっていたため、ミーシャは急に止まることはできず防御の構えをとるも、大剣の勢いをそのまま受けたため、身体は受け身をとれず地面を転がる。



「これで終わりだ!」



 エドはミーシャが体勢をなおす前に上段からきりかかった。

 彼のふざけた力を真っ向から止められる人間はほとんどいない。

 当然、少女であるミーシャでは下手したら大怪我しかねない。

 それでも、ミーシャは構えなおし、真正面から受け止めようとしてしまう。



「そこまでだ、二人とも」



 エドとミーシャの間にカイが割って入り、エドの大剣を木剣で受けとめ、ミーシャがふりぬこうとした右手をカイの左手で止めた。

 大剣と木剣の衝突によって、カイの周囲は砂ぼこりを上げ陥没かんぼつする。

 エドは大剣から力を抜いた。



「……はあ。すまない、団長。頭に血が上った」


「訓練なんだから、もう少し手加減して戦ってくれ」


「ゴメン、カイ」



 ミーシャも右手の力を緩めた。



「また木剣を壊して……」



 いくら魔甲まこうで覆っているとはいえ、2人の木剣は見事に使い物にならないくらい破損していた。

 今のエドの攻撃でカイの木剣もひびが入り、使い物にならなくなってしまった。



「2人とも壊れた木剣のかわりを作るんだ」


「マジかよ、木剣作るのって面倒くさいんだよな」


「なら、そのことを考えながらもう少し大事に使ってくれ」



 エドが面倒事に対してため息をつく一方で、ミーシャは期待の込めた視線をカイに向けた。



「じゃあ、これ終わったら、修行に付き合ってくれる?」


「すまない、これからやることがあるんだ。今もたまたま通りかかったから見てただけだ」


「また、あの子たちのこと……?」



 ミーシャは残念そうに、視線を下にずらした。



「ああ」



 カイもまた気まずそうに頷いて、その場をあとにするのだった。

 


         ※



 カイは自室に戻ると、少女が出迎えてくる。

 肌は少し日に焼けたかのような褐色で、耳が獣人特有のケモノ耳だった。

 少女の名はクロ。

 先日カルバの城で火災が起きた際に、救い出せた数少ない生き残りだ。

 今はキリアで秘密裏にかくまっている。



「おつかれさまニャ、レオン」


「レオンじゃなくて、今はカイって呼んでくれ……。まあいい。今日、ラミアはどうだった?」


「大丈夫だけど……その……」



 クロの視線の先には少女が一人リビングのテーブルで静かに読書していた。

 顔にかかった金髪を耳にかける。

 肌は絹のように白く滑らかで、カイが用意した飾り気のない服との違和感が激しかった。

 少女の名はラミア。

 彼女もまたクロとともに救い出した少女だった。



「あら、いたの? 気付かなかったわ」



 捕虜の身でありながら自由すぎる生活ぶりに頭を抱えるカイ。

 カイがキリアの王だろうと、もとは村人だったので王女に対して強気な態度はとれなかった。

 それのせいで彼女はさらに好き勝手行動する。

 その負のスパイラルにカイはため息をつきながらポツリと呟く。



「はあ、捕虜の自覚はあるのか……?」


「アナタの話を信じるなら捕虜というよりは保護対象よね?」



 ラミアの炎よりも紅い瞳が挑発的になる。

 今でも家族が生き残っているという希望を持っているから、なんとか彼女は生きている。

 敵に弱みを見せないように強気な態度を取ってはいる。

 しかし、カイが料理を寝室に運ぶと時々泣くのをこらえるような嗚咽が部屋の外にまで響いてくる。



「何の本を読んでいるんだ?」


「アナタには関係ないでしょ。話しかけてこないで」



 最近の彼女の日課は寝室の隣にある書斎から勝手に本を持ち出しては読むことだ。 

 おそらくキリアに関することを調べているのではないかとカイは推測しているが、機密書類はマグナスが引き受けてくれたから目ぼしいものはないと思う。

 保護しているとはいえ行動が目に余るようだったら注意しなくてはならない、とカイは気を引き締める。



「ラミア、書斎に入るのはいいが変なことは調べるなよ」


「気安く名前を呼ばないでくれるかしら? それに調べたけど何も出てこなかったから諦めたわ」


「やっぱりそんなことしていたのか……」


「一応、ミャーも注意したニャ……」


(まだ、ラミアは俺がレオンであることを全く信じていないんだろうな……)



 悪びれもせず言い放つラミアに注意することを諦め、リビングにある食料で調理を始めるカイ。



「昼食作るから、待っていてくれ」



 クロは椅子いすに腰をかけると。



「カイ。いつになったら帰れるニャ?」


「……わからない。だが、身内の犯行の可能性がある以上、君たちが死んでいないことに気付かれるのも時間の問題だ。多分そろそろ……」



 突然部屋の扉を激しく叩く音がした。

 扉がきしむ音がする。



「緊急だ、団長。早く来てくれッ!」


「エドか? 木剣は? また木材全部ダメにしたとかじゃないよな?」


「そんなんじゃねえよ、いいから聞いてくれ!」



 切羽詰せっぱつまってたのでカイは扉を開けると、エドが息をきらしながら入ってきた。



「2人に昼食作ってる最中なんだが、あとじゃダメなのか?」


「それどころじゃない! サイラスの使者が訪ねてきたんだ!」

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