第9話 爆炎にまぎれて

 カイ達がカルバの近くまで来たのは祭りの日の昼頃だった。

 マグナスに頼んで木に縛り付けた馬を見てもらい、カイとミーシャは徒歩で先に進むことにした。



「ミーシャ、カイ様のことを頼みましたよ」


「任せて、マグナス! しっかり、護衛ごえいするから」


「……はあ。本当に大丈夫でしょうか……?」



 ミーシャの明るい言葉にマグナスは不安を覚えたのか、ため息をつく。

 カイもマグナスと同意見だ。



(人選間違えたか……)



 カルバに続く道には、多くの馬車が行きかっていた。

 おそらく露店ろてんに出す食材を運び入れているのだろう。

 カイとミーシャは荷馬車にバレないようにのりこむ。

 荷物の間に身をひそめながらミーシャは静かな声でいてきた。



「カイ、なんで荷馬車に隠れるの?」


「ああ、カルバの中に入るには入国許可証みたいな物が必要だが、それを俺らは持ってないからな」



 食料のはいった木箱の隙間に隠れ、なんとかカルバ内に入ることができた。

 荷馬車を降りて周囲を見渡しながら、祭りの盛り上がり度合いに驚嘆きょうたんする。

 道に沿って露店が隙間なく並び、人々が長蛇ちょうだの列を作ってにぎわっている。

 こんな祭り騒ぎはキリアじゃ見られる物じゃない。

 ミーシャもその光景に興奮こうふんしながら。



「カイ、一緒にまわろうよッ。食べ物がいっぱい売ってる! 美味しそうだよ」


「まあ、下手に隠れようとしてもバレる可能性があるからな。祭りを楽しんでいる人たちにまぎれるのは悪いことじゃない」



 黒のローブでキリアの鎧を隠しながら、夕方まで祭りをまわることにした。

 人々の中には冒険者らしき人物の姿もあってローブを着込んでいても怪しまれなかったのは幸いだった。

 祭り騒ぎは収まることを知らないまま日が落ちてきた。



「そろそろ時間か」



 夕方になっても盛り上がりが静まることはなかったので、人混みの間をぬって城の近くまで来たが兵士が門番をしていた。



「ここから入るのは難しそうだが、どうしたものか、というか合図って一体……?」



 カイとミーシャは頭にフードをかぶり城壁じょうへき近くの建物のかげに身を隠した。



「手紙を置いてった人が案内してくれるんじゃないかな?」


「いや、手紙には合流地点らしき言葉はなかった。ミーシャ、何かあったら俺の言う通りにしてくれ」


「わかった」



 ミーシャが返答した。

 先程までの明るさは嘘のように消えていた。

 栗色の瞳が周囲を警戒する。

 カイはホッと胸をなでおろす。



(これなら心配ないか)



 そのとき。

 カイ達の後方、路地の奥が急に明るくなる。

 殺気が向けられていることに気付き、カイとミーシャは振り返りながら剣をぬいた。

 路地の奥から火球が迫ってきていた。

 とっさに魔甲まこうを刃に展開し、カイは火球を切り裂く。



「クッ……!?」


「キャッ!?」



 しかし、せまい路地でミーシャをかばったため、路地裏からはじきだされ門番の兵達に見つかってしまう。



「貴様ら、何者だッ!?」



 火球が飛んできたほうから、よく通る声がきこえた。

 声がした方向にふりむくと、



「……ッ!?」



 カイは驚きを隠せなかった。

 路地裏に溶け込むほど、長い漆黒しっこくの髪の少女。

 片手にはレイピアを構えている。

 背丈はミーシャと同じくらいだが、少女から発せられる圧にカイの全身に鳥肌が立つ。

 しかし、その容姿には見覚えがある。



(え……エレイン)



 暗い路地裏から姿を現したのは一度も忘れたことのない妹だった。

 カイはエレインの質問に答えず、フードを深々とかぶる。



「だんまりか、ここの兵士ではなさそうだな。なら」



 エレインは自身の剣先に左手で触れると。



「荒ぶる炎よ、敵を燃やし尽くす刃となれッ、『エンチャント・ファイア』」



 レイピアの刃を炎がつつみこむ。

 そのままエレインはカイとの距離をちぢめてきた。

 すかさず剣をふるって応戦するも魔甲まこうを一度でも解いてしまえば、おそらく剣が溶けてしまう。

 身体に伝わってくる熱気も魔甲でなんとか防ぐ。

 レイピアから繰り出される突きは鋭く、カイの左脇をかすめた。

 カイは距離をとろうとするが。



「舞い踊る旋風せんぷうよ、その強靭きょうじんの刃で敵を斬れ、『エンチャント・ウィンド』」



 エレインはレイピアを誰もいない宙にふりぬく。



「危ない、カイ!?」



 何かを察したのか、カイの前に立ったミーシャ。

 突然ミーシャの左肩から血がふきだした。

 相手が手加減してくれたのか、ミーシャの傷は浅かった。

 もし、ミーシャの反応が遅ければカイの左腕を持っていかれていたかもしれない。

 エレインはミーシャの言葉に眉を顰める。



「カイ……、キリアの王か? 投降しろ。ここからは手加減ではすまないぞ」


(今のカマイタチが手加減か。合図はいつくる? このままじゃ……)



 エレインは再度忠告しようとする。



「はやく武器を捨て……」



 エレインの声は途中で聴き取れなくなった。

 カルバ城が急に爆発し、遅れて爆音がカルバ国全土にとどろいたのだ。

 城の上半分が見事に吹き飛ばされ、下半分からも煙が上がっている。

 大理石の雨がここまで飛んできた。

 突然のことにカイも頭が真っ白になるが、



(まさか、これが合図……なのか?)



 カイは城から誰かに呼ばれているかのような気がした。

 カイ達と対峙たいじしていたエレインは何が起きたのか理解できなかったのか、動きが完全に止まる。

 しかし一瞬のこと。

 すぐに近くの兵士に、



「ここの兵たちは、すぐに中の状況を確認しろッ!! ほかの兵には、近隣住民の避難をさせるように伝達しなさい! 今すぐに!!」


「「「はッ」」」



 ミーシャがカイに耳打ちした。



「これはヤバいよ! ここから速く逃げたほうがいいと思う!」


「ミーシャ、オマエは先に逃げるんだ! マグナスのもとまで行って、俺が戻ってきたらすぐに出発できるように馬を準備しておいてくれ!」


「ちょっと待ってよ、カイ!」



 カイはミーシャの声には振り向かず、敵が爆音に気を取られている間にカルバ城のなかに入り爆心地のほうに向かって全速力で駆けて行った。



                    ※



 城内を駆けるカイ。爆発のせいなのか所々で何かが崩れ去る音が聞こえる。

 それに耳を向けながら爆心地に急いだカイだが。



「待てッ!」



 呼び声に彼は後ろを振り向く間もなく、魔法による強風によって吹き飛ばされる。 

 フードがずれないようにし体勢をたてなおしながら、レイピアによる追撃を防ぐ。

 エレインはレイピアに力をこめカイはそれを弾き距離をとる。

 すかさずレイピアの突きによる連撃を繰り出しながらエレインはカイに問う。



「貴様は今の爆発に関係しているのか!?」


「たぶん……、だが俺一人にかまっている暇があるのか?」



 話しながらも、攻防が激しさを増していく。



「ほかの兵にむかわせている。私は私で貴様をとらえる!」


「こんな巨大魔法をうてるような敵に数人だけじゃ厳しいだろ」


「百も承知。だから貴様に時間をかけるつもりはないッ!」



 レイピアの速さにカイは舌を巻くが彼は剣の攻防のあいまに詠唱を始める。



「焼き尽くす炎よ、我の前に立ちふさがる障害を滅せよ、『火球(ファイアーボール)』」



 左手から火球が放たれたが、狙ったのはエレインじゃない。何かを砕く音とともに大理石の天井が落ちてきた。



「きゃっ!?」



 エレインの腹部を蹴とばし、距離をとった。彼女との間に大理石の塊が勢いよく落ち、地面に亀裂をいれた。



(エレインは……無事なようだな)



 妹の無事を確認しカイは奥に進んだ。爆発がおこった部屋に近づくにつれて多くの兵が血をながして倒れている。



(自分達以外に襲撃者がいるみたいだな……)



 奥のほうから赤黒くゆらめく炎がみえる。



「おまえは何者だ!?」



 突然の声に周囲を見たが、どうやらカイに向けられた物ではない。

 炎がたちこめる部屋の前で複数の兵士が襲撃者らしき人物を囲んでいた。

 襲撃者は自身の槍をかまえなおした。

 兵士は一斉に攻撃をしかけていくが、彼らの得物を襲撃者は槍を一振りすると一瞬で砕け散った。

 そして襲撃者は槍が円を描くように振りぬくと、その先端から炎がでて兵士たちを襲う。



「ゥあああアアアアアアァァァアアッ、ギャアァあァァァァ…………」



 全身に広がった炎を消すこともできず、兵士は叫び声を上げながら倒れた。

 人の焼けるにおいに故郷でおきたことを思い出したカイは剣に力をいれる。



「……クソッ!」



 カイは小さくそうつぶやいた。

 逃げるべきだったのに身体が勝手に動いてしまう。

 炎がたちこめる部屋に入ろうとする襲撃者に上段から斬りかかる。

 相手もカイに気付くと槍で応戦してきた。

 互いの得物が交わり力負けしたカイの剣が弾かれる。

 襲撃者は微かに笑いながらボソリと呟く。



「逃げてればよかったのにな」



 それと同時に放たれる突き。エレインの突きは敵を捕縛するために手加減されていたが、襲撃者のそれは確実に殺しに来ている。頬をかすめただけで血があふれ出す。

 その風圧にフードが落ちカイの顔が晒され、襲撃者の顔が驚愕に染まる。



「ギャハハハ、まさかオマエがここにいるとはな」



 自分のことを知っているような口ぶりの襲撃者にカイは攻撃の手を止めてしまう。

 そこに、すかさず敵が槍を突き出す。カイはそれを顔の皮一枚でかろうじてかわして、槍先を剣で斬りあげる。



「ウああアあアああアアッ!」」



 相手の体勢がくずれたので、すぐに剣の軌道をかえて敵の身体を上方から斬ろうとしたが。



「貴様ら、何をしている!?」



 後方からエレインの声がしてカイの動きが止まる。だいぶ距離があるが、ここまで来るのは時間の問題。

 襲撃者はため息をつくと。



「もう助からないだろうから、このへんで。オマエも命拾いしたな」



 それだけ言い残して、そのままカイが来た方向とは真逆の方向を進み姿を消した。カイは襲撃者を逃がしたことに腹を立てながらも剣をしまう。



「ここまでか……」



 手紙のことも何も分からず、カイも襲撃者と同じ方向に逃げようとしたが。



「……待ってください……」



 燃え盛る部屋の中から微かに声がした。炎の激しさに息をのみながら。



「……行くしかないか」



 全身を魔甲まこうで覆い部屋のなかに入っていった。おそらくパーティー会場であったはずの部屋は一面赤くそまっていた。熱気と人の焼けるにおいに呼吸が苦しくなる。

 声のしたほうに進むと。



「キリアの王子ですか……?」



 足元に一人の女性が倒れていた。背中は焼け焦げ、下半身が瓦礫でつぶされている。



(もう助からないな……)


「アナタが手紙をだしたのですか?」



 返事の代わりに女性はかろうじて動く片手を動かす。彼女が指をさしたほうには二人の少女が横たわっていた。この炎と瓦礫でおおわれた空間のなかにもかかわらず、目立った傷はない。この女性がとっさに魔法でかばったのだろう。



「あの子達を……」



 途中で言葉がきれたが何を言いたいのかは伝わった。カイはその少女を脇にかかえて、入ってきた扉からではなく巨大な窓からの脱出を試みる。



「ラミア様をはなせ!!」



 エレインの声が扉のむこうから響いた。

 しかし、カイとの間には炎がたちこめ容易に彼を追いかけることは出来ないだろう。そこらじゅうに焼死体も転がっており足場も悪い。



(……ここは我慢しろ)



 今すぐ妹と言葉を交わしたい思いを下唇を嚙み、こらえる。カイは声のするほうに振り向かず窓からとびおりた。

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