第137話 1卵+2精子≠一卵性双生児

 話を戻して、体細胞分裂では染色体を複製した後、全染色体が均等に行き渡るように半分に分けられる。複製して半分、複製して半分を繰り返すから、出来上がる細胞は元の細胞と同じだけ染色体をもっている。

 これに対して減数分裂では、複製された染色体は相同染色体同士で対合して、二価染色体を形成している。

 減数第一分裂で二価染色体が分断され、出来上がった細胞には複製済の常染色体が一通りと性染色体のどちらか一方が含まれている。

 続く減数第二分裂で複製された染色体が半分に分けられる。

 全体としては複製して半分、さらに半分だから、元の細胞の半分になる。これを雌雄で行い、出来た配偶子を出し合うことで元通りの染色体数になるわけだ。


 ここまでの説明で分かると思うけど、“1つの卵に2つの精子が同時に受精して一卵性双生児が生まれる”というのは真っ赤なウソ。

 染色体数が通常の1.5倍になってしまって、遺伝子濃度が濃すぎてまともに発生が進まず、生まれてこれないからね。


 本来、卵は受精と同時に受精膜を張って多精拒否──2つ以上の精子が侵入しないようにしているし、受精膜形成に先んじてカルシウムイオンよる電位差で不完全ながらも他の精子の侵入も防ぐ機構もある。

 きっと精子の形状から、オタマジャクシが突撃するように卵に潜り込むようなイメージが定着しちゃっていたのかもしれないね。鍋で熱されたどじょうが、冷たい豆腐に逃げ場を求める“どじょう豆腐”みたいにね。多少の膜なんか関係なく突っ込むと思ったのかもしれない。

 実際のところ、精子は先端に先体という酵素の入った袋があって、先体反応によって卵膜を溶かしてから染色体のある精子の頭部を送り込むんだよね。精子の行動は、実は物理よりも化学重視なんだよ。

 基本的には細胞核1つ分だけが侵入するだけ。精子中片部にあるミトコンドリアは侵入してもすべて分解されるから、原則としてミトコンドリアは母親由来のものが残ることになる。

 ミトコンドリアを調べて母系起源を探ろうとするのはここの仕組みに由来しているんだ。


 あまりにも誤った知識が植え付けられていて辟易するんだけどさ、正しい知識のない人間が教鞭を振るう害悪が骨身にしみた瞬間だったよ。

 多精子受精は不妊原因の一つなのにね。

 ちなみに多精は、劣化した卵では受精膜の形成がスムーズに行えず多精拒否が出来ないことが原因になることがあるし、頭部2つがくっついた奇形精子が原因になることもある。

 そもそも奇形精子は運動能が乏しいから卵までたどり着けず、割合が多いならそれ自体が不妊の原因だけどね。



 ヒトの配偶子は1~22番までの常染色体が1つずつにいずれかの性染色体が1つ。

 父親由来か母親由来かはすべてランダムに決まるので、2択を23回──2^23通りの組合せが出来ることになる。

 2^23は2^10×2^10×2^3に展開することが出来、2^10=1,024だから、およそ1,000として扱うと、1,000×1,000×8で8,000,000通りだね。

 800万通りの配偶子を掛け合わせると、64,000,000,000,000通り。同じ両親から64兆通りの子が生まれる計算になる。

 1,024を1,000として扱っての数字だから、実際はそれ以上になるよね。

 さらに、減数分裂で二価染色体として対合した際に、交叉・組換えという染色体の一部を入れ換えが行われることもあるから、組換えの有無は勿論のこと、組換えが生じた部位によって差異が生じるから、染色体の組合せの数は膨大なものとなる。

 僕の故郷では78億人もの人間が生活していたけど、たった2人の両親から生まれる子の組合せの方が8,000倍以上多い計算になるね。

 遺伝学の入口手前の数字遊びで、遺伝的な個人の独自性が客観的に示されるんだ。


 しかしながら物事に例外は付き物で、一卵性多胎児は遺伝子上は同一だね。

 元は1つの受精卵が体細胞分裂を繰り返して個体を形成する“発生”過程において、極々初期の段階で別の個体として袂を分かったのが一卵性多胎児。特に、個体数2の場合が一卵性双生児だね。

 多卵生の場合は誕生日が同じなだけのただの兄弟姉妹と一緒だよ。

 ネコなんかだと、妊娠していても未受精卵が有れば、一度の発情期に別の雄の子を妊娠することが出来るから、同じ誕生日で異父兄弟姉妹なんてのも起こり得るよ。

 ネコたちは交尾刺激によって排卵するから、一度の交尾で成熟卵がすべて排卵・受精せずに二回目以降があればという条件だから、それ程珍しいものではないんだってさ。

 子の多様性を生み出すための工夫なんだろうけど、遺伝学者泣かせだよね。


 反対に複数の受精卵がくっ付いて、1つの個体として生まれることもあるよ。言うなれば多卵性単生児ってとこかな。

 うまく混ざり合ってくれればぱっと見では分からなくもなるんだけど、仮に左右の半身でキレイに分かれちゃうと、左右で顔つきだったり爪の形だったりが違うなんてことも起こり得る。

 元は同じ親から生まれた兄弟姉妹なのだから、由来する受精卵が異なっていても、同じ遺伝情報を持っている可能性はなくはない。先述の通り、全てが完全一致は難しいけどね。

 見た目に現れるものが同じであれば、左右半身での不一致性は見受けられなくなる。


 分かりやすいのは血液型。酸素を運搬する赤血球の表面に存在する抗原──目印の種類のひとつで、A型、B型の2種類があり、両方もっていたらAB型、どちらもなければO型だね。Oは数学の原点Oオーと同じ意味合い。

 通常はA型だけ、B型だけ、A型・B型共存、何もなしO型のどれかで赤血球の種類は均一のはずなんだけど、造血幹細胞で遺伝子が異なれば複数種の赤血球が確認されるわけだ。つまり2種類の血液型をもった状態だね。

 こんな風に血液型が2つある状態だからといって、生活する上で特に問題はない。

 輸血の際に血液型の一致性が求められるのは、赤血球表面の抗原に対して血漿中の抗体が反応するのが問題になるからで、抗体自体は後天的に獲得するから、生まれたときに血液型が2種類あるのであれば、それぞれと反応しないように抗体も制御されるよ。


 問題となるのは子どもを残すときかな。

 仮にその人がたまたま血液型はA型だけで、生殖細胞ではB型になるはずだった細胞しか無かったとしよう。

 その人がO型の伴侶と子をなしたとき、B型の子どもが生まれてくる可能性があるわけだ。

 通常A型とO型の両親からはA型とO型しか生まれてこないのにね。

 自分が多卵性単生児だったことはつゆ知らず、B型の子が生まれて来た日にはどうだい? 

 まぁ浮気を疑ってしまうのが人の性だよね。しかも一方的に女性側のね。

 高度な検査をしてようやく判明する事実。その検査も「精巣・卵巣をちょっと削らせてサンプリングさせて」ってな具合だ。

 判明した事実から「自分は兄弟姉妹の子を生むために生きているのか」と気を病んじゃう人もいるかもね。そう考えている脳は生殖細胞と同じ遺伝子構成かもしれないのにね。

 まぁ、大抵は疑心暗鬼からの離婚で解決さ。根本的には何も解決していないけど。

 そんなこんなも人だから・・・・起こり得る話で、野生動物には関係ないね。

 血液型を気にすることがないし、血液型自体もヒトとは異なる。そもそも婚姻とか浮気といった概念がない。

 我が子を他者・他種族へ預ける“托卵”や、初めて見た動く物体を親と思い込む“刷り込みインプリンティング”のように、親子観さえ違っているしね。



 実はこういった個体内での遺伝子的モザイクは普通の女性でも起こり得る話なんだ。──そう、X染色体の不活性化だね。

 X染色体は2つある内のどちらかがランダムで不活性化してしまっているため、X染色体上の遺伝子はモザイク状になってしまっているんだ。多卵生単生児に比べて規模は小さいけどね。

 じゃあ男性ではないかというとそうとも限らない。先のクラインフェルター症候群の場合、X染色体が2つある状態だから、同様に1つは不活性化する。

 一卵性双生児で尚且つクラインフェルター症候群なんてそうそうないだろうけどね。


 一卵性双生児は確かに遺伝子的には同一だけれど、個で見たときに、その外見的な一致性は女性よりも男性の方が高いこともあるだろう。

 しかしながら男性でその一致性が100%となることがあるかというと、まず有り得ない。

 一卵性双生児であっても指紋や光彩のパターンは異なるからね。じゃなけりゃ、捜査やセキュリティで使えるわけがない。

 つまりは遺伝子以外に個体形成へ影響する要因が存在するということ。

 子宮胎内の水分量であったり、成長段階での栄養条件であったりもする。

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