【27 追跡】

 ◇――――◇――――◇


 先にわかばが見つかったのは、不幸中の幸いだ。華奢な体躯が効をなし、わかばは大の男では絶対に通れないような隙間に滑り込める。ある程度的確な経路支持さえ出せば、少なくとも下手なことにはならない。


 黄色かろうと白かろうと、ストレンジャーフルーツなんて御免だ。

「――アタシはアタシの筋を通すよ、チーフ」

 LARKは空に呟いて、コンテナの壁や天井を軽快に跳んで跳ねて繋ぎ渡る。このパルクールと呼ばれる体術は、当のチーフたちから習ったのだ。


 LARKはあたりを哨戒しながら、わかばを避難出来そうな場所に誘導する。

「ここで少し休む」

 肩で息するわかばにそう告げ、LARKはその横に飛び降りた。ずいぶんと派手な水しぶきが頬を塗らしたが、LARKはそれよりも音を警戒していた。靴底に防音効果を施した特注品でないことが心底悔やまれるが、生憎アレは雨水に弱い。


「よう、少しは落ち着いたか?」

 小脇に抱えたトンプソンの動作環境を確認しながら問いかける。純正品ではないが、弾丸だけは本物が手に入った。横目でわかばを一瞥すると、少女は無言でうなずいた。頬を塗らした顔は、恐怖や焦りよりも疲れが見て取れる。

「はは、案外、肝が座ってるんだな、お前」


 LARKは屈託なく、いかにも余裕そうに笑って見せる。えへへ、と場違いな笑顔が返ってきた。空元気でもいい傾向だと判断した。ここで浮き足立っても、何も解決はしない。不安がらせれば余計な負担が増えるだけだ。


 しかし、このまま降りしきる雨に打たれ、時折聞こえる物音に怯えながら、無様に二人状況が変化するまでのあいだ、待ちぼうけとしゃれ込むべきか。いくら時間にルーズなノマデスとはいえ、朝日が昇れば話は変わる。

 雨足は時々刻々と激しさを増す。


「記者さんが――」

 LARKの腹の内も知らず、真実はわかばの口を開かせた。

「IPアドレスを辿って来て、取材させて欲しいって、それから――謝礼も払うって、それから、それから声が――それから、それから」

 賢明に何かを伝えようとする目。光のない目。

 人の死に目に出会った目。

「無理はすんな」

 LARKはわかばを抱擁し頭をしっかり抱き留める。濡れたわかばの短い髪が自身の頬に張り付く。体温は熱く、呼吸が再び乱れ始める。尋常じゃないことを察して、手荷物から還元酸素のボンベを小さな吸引器に取り付け、わかばの口に含ませた。急性中毒にならないかと心配しながら、乳飲み子でも扱うかのように見守った。


 容態が安定すると、再びわかばは懸命に言葉を手繰り寄せる。順番も声量もバラバラなのは、当人自身が把握し切れてない証拠だ。

「朝比奈さんを、この場で見殺しにして欲しいって――」

 見殺し? LARKは問い返した。

「やりすぎたって、記者さんが――それが契約なんだって」

 見殺し。、やりすぎ、契約――


 もういい、と告げてLARKはわかばを制止させた。情報はまだおぼろげだが、大筋は理解できた。誰が黒幕で、なぜこの状況を仕組んだのかは、考えるまでもない。障害物はいつものことで、問題は常に、どう処理するかだ。

 なによりこれ以上、わかばに負担を掛けるべきではない。

「行ったろ、無理すんなって」

 敢えてLARKは笑って見せた。涙ぐむわかばに、安心しろよと元気づけた。

「逃がし屋にとって、包囲と逆境は開店当初からのだ」


 精一杯の皮肉を込めた笑顔で、とんだ迷惑客ですねとわかばが返した。全くだと短く応じた。もう一度わかばを抱擁すると力任せに担ぎ上げ、慌てふためくのも無視して無理矢理コンテナの天井に放り投げた。次いで荷物を肩に提げたまま、LARKは壁面の段差や凹凸に足や銃床を引っかけて器用にコンテナをよじ登る。


 ◇――――◇――――◇


「また予定シナリオ変更だ。 海路ではなく地下道から逃がす」

「地下道!? 地上を何十㎞も歩かせるんですか?」

帰り路カントリーロードは自分で探させる。 まずは経路を確保して、それから朝比奈だ。 ボヤボヤしてると宝船の巻き添えを食らうぜ、急ぐぞ」

 唖然とするわかばだったが、再び立ち上がって荷物を担いだ。

「了解しました――でも何なんです、宝船って」

 わかばのおしゃべりが少しずつ調子を取り戻してきた。LARKは丁寧に応える。


「マイゼンとこの系列他社だ、昼の鑑識でも何人か来ていたな――元は同じ会社だったそうだが、やり方になじめなかった特殊部隊員SWATや戦闘警察《

CP》、憲兵MP崩れが、愚連隊になって興した民間軍事企業PMCで、今じゃ荒事専門だって聞いてる。 要はチーフんトコの同業者だが、装備はゴリゴリの正規品で、って話だ。 やっかいな話さ」

 首をかしげるわかばに、ここじゃほとんどヤクザと変わらんと胆略的に応えた。

「このご時世、どこもかしこも暴力装置ってのは飢えてタガが外れるとシノギに手を出す。 地上げ、取り立て、恐喝に暴行、果ては」


 突如鳴り響く、タイプライターの連弾。

「郵便屋さん、ですか?」


 応酬が続けざま三度。音は遠いが、響くたびに近づいてくる。

「黒ヤギか白ヤギか、読まずに返してますね――落とし物、届けますか?」

馬鹿言えSpeak LARK――すでに一枚足りねえっていきり立ってるぜ」

「ああ、ですか?」

 なんじゃそりゃQu'est-ce que c'est?、とLARK。


 足場の悪い天井から降りて、再び地上を歩み出す。徐々に足取りは速くなる。

「無事なんでしょうか、朝比奈さん」

「さてな、だが素人衆が騒いでるならまだ希望がある――なあ、ドラム缶ロボットのハッキングとかできるか?」

「人形劇なら得意です」

「愛してるぜ、ベイビー――子守歌聴きそびれた哀れな奴がいることを願おう」

 LARKはわかばを引き連れ、コンテナの影を縫うように闇の中へと突き進む。


 ◇――――◇――――◇


 宛てもなく逃げ回る訳には行かない。ろくな装備もないまま荷物と一人を抱えて、正規非正規の武装者が入り乱れる死線を回避し続けるのは、いくらLARKでも至難の業だ。

 時間との勝負。結局のところ逃がし屋稼業はそれに尽きる。


「確かそろそろ古い排水路が見えるはず。 大昔、開発初期にトラックが出入りしてた搬入路に繋がってる。 かなり深いところまで潜るから、覚悟していけ」

 LARKは自らをも鼓舞するように、朗々とまくし上げた。

 何度目かの四つ辻を曲がると、交差路の中央で真っ赤な瞳を光らせる影を見た。迂闊だったかととっさに陰に引っ込み固唾を飲んだ矢先、わかばが身を乗り出して声を上げた。


「LARKさん、ロボットです、警備ロボット!」

 少女が嬉々として指さす先には、両脇に図太いゴムチューブの腕が生えた、無粋なドラム缶が突っ立っていた。LARKは胸をなで下ろすとともに、どっとかいた冷や汗が雨で流されるのを感じた。


 敷地の条件を考えれば、民生用に腕回りを強化しただけの代物だろう。シルエットを見る限り対人用の大袈裟な装備はない。浮き足立つわかばの後を追い、試しに六m弱、基本警戒視認距離に近寄る。

 だがセンサー類の点灯もなく、かぶり一つふり向かない。

 妙だ。

 LARKは違和感を覚えた。

 ドラム缶の背後にあるコンテナが、口を開けて佇んでいるのに気がついた。


 

 慎重にトンプソンを構えて陰の奥を注視。ドラム缶の回線コードがコンテナの扉まで延びている。足下にレールが敷かれているが、目の前にあるのは自走型。中継地となる電柱は遠く、遠隔操作するにはやや離れすぎている。

 その瞬間、コンテナの影で何かが光った。


 誰かがいる。それだけは間違いない。


 その辺のならず者から頂戴したこのトンプソンタイプライターから、無事に弾が発射されるかは怪しい。相手も影に隠れて武装しているかもしれない。そもそも籠城する理由も不明だ。

 しかし今はなにより情報が欲しい。


 LARKは膠着よりも制圧を優先し、あえて賭けに出た。射線をわずかに上へ反らし、的への直撃を避ける。気の抜けたタイプ音が銃口から聞こえ、直後コンテナ上部から空き缶を蹴ったときのような音が連続して響く。同時に鶏を絞めたときのような短い悲鳴が、コンテナの奥で上がる。


 LARKはそれを合図に一気に走り寄った。一発だけ、明らかに手遅れな軽い発砲音が聞こえたが、弾は扉の端に跳弾して明後日の方角に飛んで行った。一跨ぎでロボットの頭頂部を跳躍し、ドラム缶の如き頭を蹴り飛ばし、壁を繋ぎながら暗闇の手前へと迫る。


止まれフリーズ、殺す気はない」

 コンテナの扉を身の盾にしつつ、物音があった地点に銃口を向ける。

 詳しい様子はわからないが、こちらの出方を覗っているのか、反撃はない。手の出しようがない。思いきりって身を乗り出すと、LARKは息を呑み、罵声と共に吐き出した。

「テメェ!」

 LARKは反応も待たず。相手の手元から銃らしき何かが滑り落ちる。LARKは空かさずコンテナの外に蹴り飛ばす。二つ並んだ短いバレルとむき出しのトリガー、特徴的なグリップの形、小さくまとまった簡易な作りが視界の端に映った。


 見間違えるはずがない。純正品のレミントン・ダブルデリンジャー。


「ふざけやがって!」

 LARKは、銃の持ち主に再び足払いを掛け再起の機会を潰し、手透きになった腕をねじ伏せる。肘の内側から脇の下に掛けて違和感を覚えた。もう一方の手に握られていた端末が滑り落ちた。画面には、ドラム缶経由で得た何らかの通信ログが映されている。

 わかばが後方から金切り声を上げて走り寄ってきた。その向こうからはタイプライターの音、誰かと文通しながら近寄ってくる。


 叫びたかった。怒りたかった。

 だがもうここで立ち止まっている時間はない。 


「や、やあ【使】さんたち――」

 ひばりの止まり木の下では、蒼面の朝比奈がずぶ濡れになりながら震えていた。


 ◇――――◇――――◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る