【20 需要】
◇――――◇――――◇
「ラッキー ・ A ・ ストライク――?」
左膝を横切る傷を枝に準えて、チョコレート色の肌の上にヒバリが留まる。
「願掛けさ。 イイこと+αに出会えますように――ってな」
「で、L・A・(st)R(i)K(e)?」
怪訝そうに問い返す返すわかばへ、鼻歌交じりにLARKは嘯く。
「おとぎ話であっただろ? 金銀宝石チラつかせた王子様だか銅像だかの身ぐるみ剥いで、シャカイホーシする奴が」
「ああ、オスカー・ワイルドの――あれツバメですよ」
LARKはばつが悪そうに黙した。
雨に溶けた有害物質や排気ガスをシャワーで洗い流し、ヘアセットまで速攻で片づける。待合時間よりも早く行動したのが効をなした。LARKは生乾きで絡まった髪に手櫛を掛けながら、今まで誰にも問われなかった名前の由来を得意げに明かす。
「いいだろ別に、本名なんてここじゃ一文の値打ちにもなりゃしない」
「でしたら、もうちょっと目立たないモノにしても――」
「この手の仕事で最初に必要な商売道具なんだ、願懸ぐらいするもんだよ。 それともジョン・ドウやアラン・スミシーとでも名乗れってか? たとえばアタシが前者でマルボロが後者だとしたら、今日からアンタをなんて呼べばいい?」
「――権兵衛では、確かに収まりが悪いですね」
「
LARKは解錠カードでロックを解除しシャワールームを出る。後から続くわかばの視線がカードに集中する。ふり向くと、早くも仕事の話がしたそうな面構えだ。少しは付き合ってもいいかとLARKは思い、魔法のピッキングカードだと切り出した。
「どんな扉でもこじ開ける、魔法のカードだ。客をコレで貨物船の輸送コンテナにぶっこんで、さっさと引き上げて、出航するまで隠し通せればアタシらの勝ちだ」
「引き上げたそのあとは、どうなるんです?」
「アタシらの仕事は、クライアントが無事に都市機能の捕捉圏を脱出するまで。報酬を頂戴して、最低限の路銀渡したら、その先どうなるかは受け持たねえ」
「地域限定なんですか――もっと世界中を股に掛けるのかと」
「あくまでS-O-Wの中がアタシらの仕事場だ――もっとも、それが一番難しいから、商売としても成立している。 需要と供給の結果さ」
◇――――◇――――◇
LARKはわかばに仕事のイロハを教示しつつ、駅中施設の従業員用シャワールームを後にした。わかばから頂戴したフロッピーの指示に従い、駅の各所に隠された仕事道具を回収すると、手荷物の量はおよそ倍に膨れ上がる。
「ほかに――人とか呼べないんですか? 喫茶店のときみたいに」
「この程度で音を上げんな。追手が何人もいるんだ、目立つ手は今回使えない」
「そんな、こういうお仲間って、いっぱいいるんじゃないんですか?」
LARKは一瞬だけ黙った。
「アタシの他に、この仕事の仲間はいない――」
より正確には、要らないのだ。事実、その方が足も付かないし、外部から付け入る隙も与えない。非合法スレスレの裏事業では、仲間の数は少ない方が得をする。
「知り合いが多いってだけさ――都合のいいときに都合よく言いなりになる、食い詰めたロクデナシどもがな」
あえて意地悪そうな笑みを作って嘯くと、存外、目を輝かせてわかばが食いつく。
「贈与交換と返礼の義務ってやつですか?」
参ったなと、どうやらすでに何か吹き込まれている。話が見えないので適当にあしらったが、この調子だと何をしだすかわからない。今後の扱いには注意が必要だと認識した。
◇――――◇――――◇
しばらく歩くと、駅前の歩行者天国が目の前に広がる。都市最大の渋滞源となる十字路で、またしても二人は長そうな立ち往生をすることになる。雨上がりの湿気と、波のように押し返しする人の熱気がむんむんと立ち込める。
「アタシも昔 高説受けたよ」
LARKは唐突に切り出す。
「逃げることにも二種ある、
数秒遅れて、そのままわかばのオウム返し。LARKは蕩々と続ける。
「まず、逃げ出したい奴らは、当然何か問題を抱えている。 借金、不祥事、犯罪、etc. 奴曰く、処理不能に陥って、負け分を払いきれないところまで追いつめられたとき、どうやり過ごすかの違いだとよ」
LARKは無意識のうちに、マルボロの語り方をマネていた。
「逃避なら簡単だ、ただ忘れ去ればいい。捕られようが傷つこうが、最悪殺されようが、全部諦めてなに知らぬ顔で状況が移りゆくまま、ただ流されてればいい」
ヤクでもキメてりゃ一発だ。注射器のジェスチャーを交えてLARKは付け足す。
「なら、逃亡は――」
怪訝そうに問い返すわかばに、違う、と明確に答えた。
「問題を解決以外の方法でやり過ごす――ぶっちゃけこれは、逃避するより難しい」
周囲の空気密度が増す。
「逃げる奴らはみんな必死だ。 けれど逃がし屋に頼るレベルまで追い込まれてたら、基本的に個人じゃどうしようもならない。 医者だろうがみんなお手上げだ。 で、投薬でもX線でも治らねえなら、あとは患部を力技で切除するしかない」
「力技――ですか?」
「そう、力技」
信号が変わり、周囲の群衆がいっせいに歩み出す。身長も歩幅も行き先も違う人々が、各々の早さとで捌けてゆく。LARKには見慣れた光景だが、上京したてのわかばがこの合間を縫って進むことは、少々困難が伴うようだ。
「騒ぎに乗じて、この都市から物理的に消えちまうのさ。 いたるところにブラフを蒔いて、足止めと妨害工作だ。 あっちで小火、こっちで交通事故、あの手この手引っかき回したら、一瞬の隙を突いてクライアントを運び出す」
「運び出す――て、どうやって?」
「クライアントにもよるが、
饒舌と共にぐんぐん進むLARKより、数歩遅れてわかばが追いかける。息は途切れ途切れだが、今聞いた情報から事態を咀嚼して、健気にも必死に食いついてくる。
「でも、根気強く調べれば、コストは掛かりますけれど特定はできそうですよね」
「
わかばが力なく、ああと吐息で答えた。
「ほとぼりが冷めた頃には、行方不明か死亡扱い。 戸籍は書き換えられ、民警には捜索願いも受理されず、追手が一般人ならほぼ手が出せなくなる。 たとえ組織が絡んでても、容易に他の都市を土足で汚すようなマネをすれば、自分からリスクを背負うことになる」
「でも、もしその余計な無粋を働かせて、執念深く追いかけてくる人がいたら――」
だからさ、と呟いてLARKは踵を返す。
「本当の意味で逃げ切りたいんだったら、一度全てを捨てさせる。経歴も財産も人間関係も、身ぐるみ全部剥ぎ取って、過去の全てと決別するぐらいの覚悟――死んでもこの都市から出たいって決心させなきゃ、逃亡は始まらないんだ」
刺さるようなわかばの眼差しが、LARKへと向けられる。
その目は、つい先刻まで泣き腫らしていたのが嘘のように、厳として強かだった。
「そう聞くと、やっぱり殺し屋みたいですね」
言うじゃねえか、と鼻で笑い、LARKは進路を対岸へ戻す。
「当人を生かすための殺し屋か、まるで矛盾してるが、悪くないジョークだ」
◇――――◇――――◇
「信用されてるんですね、LARKさんたちって」
あたぼうよ、とLARK。
「表だろうと裏だろうと、信用と需要のない
LARKはそう締めくくった。
これをマルボロが聞いたらきっと鼻で嗤うだろう。青二才と指さすかも知れない。それでも真摯に受け止めてくれるわかばのおかげで、嫌な気はしなかった。
空気に重さを感じる。また少し降りそうな気配がした。
LARKから数歩遅れ、クラクションに急かされたわかばが、倒れ込むようにしてLARKの腕にすがりついた。
「それにしても、LARKさん――理不尽すぎませんかコレ?」
わかばは両肩からぶら提げていた大荷物を目一杯掲げ、虫の息でそう漏らした。
「ソレもまた、需要があるからだよ。期待してるぜ新人」
小さくまとまったスポーツバックを片手に、LARKはそう嘯いた。
◇――――◇――――◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます