【07 盗聴】
◆――――◆――――◆
《で、動機は?》
小火だ。入力者は直感した。
《市民バスが鳴り物積んで街宣でもしようってのか? 広告費は誰持ちだ?》
いくつもの回線を経由して届く、刑事たちの野太い声。合間の甲高い電子音。ノイズ混じりの音声はガンガンと頭の奥まで響く。せめてヘッドホンの新調だけでも受理してもらえないものかと思案しながら、入力者はできるだけ明瞭な発音で資料を読み上げる。
「運転手の登録名は【ティアモ・ドミニカ】三八歳。
催促を示す無言。入力者の女はブラウン管に映った情報を読み上げる。
「ブランク一年を経て、倒産の翌年から今の【フジ=ルネッサンス派遣】に登録しました。雪だるま式に事業拡大して今や経営難に苦しむ人材派遣です――担当責任者は、現在詳解中。契約以降はタクシー、バス、託児所の送迎車両、郵便配達など」
《室長》
その列の一つから、かすかな不協和音が発せられた。
《今から親類縁者洗えるか? 怪しい節があったら上げてくれ》
演算処理に予想外のウェイトが発生している。拡張機器とサブタイプを起動し、直ちに同時進行で防壁の再成形を開始するが、既に潜り込まれている可能性は頭の片隅に留めておかねばなるまい。
【小粋警備保障】本社のサーバーは、資料室と同規模の空室二つ分をぶち抜いてまで収められた予備演算機のおかげで外部侵入には強い(ことになっている)。これが社持ちなだけでも救い物かと思い、整備維持費も考慮してヘッドホンは諦めることにした。
猜疑心に呑まれまいと、入力者は気持ちを切り替えて現場刑事に諌言する。
「ネタ集め必死ですね、がっついているところを平気で電波に流して、素っ破抜かれでもしたらひとたまりもありませんよ?」
《――先にアテをつけてんだよ、虻蜂取らずよりはマシだろう》
「あら、予断捜査云々は、誰の言いぐさだったでしょうか――」
相手はまたしばらく、ばつが悪そうに黙り込んだ。
入力者は無意識のうちに頬が緩んだ。
「了解しました。弁連のデータ、労組の履歴。その他怨恨等で繋がりそうな案件も探しておきます。この運転手が主犯の可能性は低いと思いますが、一応」
助かると一言告げて、相手は通信を一旦切った。
さてと姿勢を正し、入力者は再度作業に専念する。ワイヤード上のあちこちに忍ばせた遠隔システムへ一斉に指令を渡し、洗いざらいの情報をかき集める。
オルガンの動作に合わせて随時真空管が起動すると、部屋全体がくぐもったうなり声を上げるる。市民票を管理している戸籍管理アーカイブスから該当する人物を見つけ出し、労監と労組、弁連との接触経歴を探る。ものの数秒で、案の定なんともありきたりな案件に出くわしたので、仔細一切をオルガンにダウンロードさせる。
《何か見つかったか? 社長の恨み言漏らしてた、とか》
「労監とのやり取りはありませんが、倒産前の労組には加入してました。最も、春闘を越えても受給額に変化もないので、あっても末端構成員でしょう。家族構成は介護師の妻と、大学生の娘が一人で、現在離婚調停中」
《成る程――》
「原因は彼の借金と浮気、アルコール中毒だそうです」
《さしあたり学費慰謝料生活費で首が回らず、悪事に手を染め、か――セクトの一員とかなら適当にこじ付けて色々できたんだが》
唇を咬み、顎に生えた苔を弄る光景が目に浮かぶ。
《所詮ただの小物か、これじゃ
突如、外部からの接続信号が回線に割って入る。
音声に変換されたた途端、つんざくような音がかすかに走る。
それと同時に鑑識が間髪入れずに切り出した。
《あーお疲れ様です、【宝船】の鑑識官で山利根です》
危ういと即断した入力者はディスケットを切り換え、次の事態に備える。
《単刀直入ですが、やっぱり陽性出ました。あのチリチリ頭のほうは完全にキメてます――ポケットに入ってた小袋と吹っ飛んだブツが同じなら、まあ亜鉛酸エステル系、十中八九イソブチルでしょうな》
いやらしい。即座に社の回線に抗体を巡らせた。
《岩舞です、ご無沙汰しております。それで、あ、亜鉛――そりゃなんですか?》
予想通りオウム返しが聞こえたので、入力者は彼の端末に該当資料を電送した。
【
狭心症治療の代替薬の他、本来テープデッキのクリーニングに使う薬品としても使用される。前年度からなぜか規制緩和で単価が急激に下落した、代理ドラッグの主成分である。
《医療薬品、それも代替薬って――
《ええ、麻だろうが芥子だろうが、とにかく天然物は取り締まり厳しくしましたからねぇ。 薬品の合法化と違法売買の厳罰化で、裏じゃ安値で買い叩かれて売れ行きも好調ですよ。 奴らからすれば駄菓子感覚ですわ――》
山利根という男はなおも意気揚々と続ける。語り口は少々得意げだ。
《セックスドラッグとして使用する際は、事前に揮発、吸引して使われます。これもチリチリの手持ちツールと共通ですね。沸点も低く、比較的低温で揮発できますから、爆竹規模の熱ならば一発で物件は消えます。前に中南でよくやってた手ですな》
《状況証拠と付着物から、ものの十分でアシついてんでしょうが。バカか?》
バカですよ、と山利根。
《おまけにツメが甘すぎ。 せっかくの偽造工作も、仕掛けた花火の威力が強すぎたせいで隣のトランクの記憶繊維なんかに引火して、大ごとに発展してる。 予防線だった起爆装置を通報ベルなんかに同機させて、会社の車潰して、おまけに自分のアシまで晒す結果になっちまった――ゼンさん、間違いなくアマですよ、こりゃ》
《バカに付き合わされた運ちゃんもたまんねえな》
やり切れなさを込めた溜め息がノイズ交じりに聞こえてくる。
入力者は訝しむ。
わざとらしい長話。なぜそれをここまで引き延ばす。
《バカに振り回されて人生台無しにされたのも運ちゃんだとしたら、それと知って組んだのも運ちゃんですよ。だいたいね、犯罪に手ェ出す奴ってのは――》
情報共有のためとはいえ、これほどまで長時間音声通話を続けるのはリスキーだ。危惧した入力者は、中継ポイントに仕掛けた
《ああ、ゼンさん、こっちの本社からもデータ上がってきましたよ。フェネルチアミン、トリプタミン、それと麻黄――》
《ガラムと仲南会の払い下げ、ですか――聞き飽きましたよ、こういうの》
解析はあと数秒で完了する。あと少し。
入力者はホットラインでショートメールを送った。
《最大手だった【仲南会】が事業収縮、遅れて【ガラム】も縮小営業。 近頃はハジキもそうですが、在庫を売りさばくだけのチャチなフリーランスが増えて、もう七ヶ月ぐらいですかな》
《マトリですら相手にせん小粒共、どうせ洗ったって成果にはならん――仕入先の卸問屋も仲介業者も、すでに全員隠遁済みでしょう?》
刑事たちが無駄話に花咲かせている間、ネズミが上がる。二匹だ。
入力者は接続ルートとは別の交換機を経由して、相手のIPアドレスにアンチソフトを送り込み、端末の回線を。防護プロテクト用のダミーシステムを終了させた後、現場の側から返答があった。
《頼みたいことがある》
「逆だと思うのですが?」
入力者は嫌味たっぷりにそう返した。
《まあ、聞け、山利根はアレでも、宝船はウチの関連企業だ、疎かにはできん――それよりお前、あのドレッドはウチで預かるぞ》
「ホンにはできないと先ほど仰いましたが?」
《ホシにはできる。それと、お前の危惧したこの通信な、もうしばらく泳がせろ》
なんと身勝手な注文。
「そちらの都合で、こちらはいつまでも仕事しなければならないんです!」
《ホシってのは、夜動くもんだ――詳細はそっちに顔出したとき》
「ちょっと、岩舞さん!」
それだけ伝えて、刑事はホットラインを切る。
数秒後、公開通信の音声だけがオルガンに送られてきた。
刑事と、若い女の声がしている。不服ながら入力者は、明確な憤慨を覚えた。
「勝手な男!」
◆――――◆――――◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます