第6話

【一日嫁】


六話


一夜明け、今日も休みだ。やっぱり週末は最高だぜ。

なんて気を抜いていると、また奴がどうしようもない問題を引っさげてきた。

いや、まだ何も言ってないがわかる。あの笑顔は絶対にろくなことを考えてない顔だ。

災害が来ることは予想出来ても避けられないのはよくわかっている。

「ねね!」

鼻にかかるような声で奴は言った。

「……はぁ。なんだ?」

「あー!あからさまに面倒くさそうな顔した!」

「あー。あからさまに面倒臭いものを持ってきた顔をしたー」

「もう!全然面倒なことじゃないよ!むしろいい事かもしれない!」

「ほう?じゃ、言ってみろ」

「水族館に行きましょう!」

「ほら見ろ面倒なことじゃねえか。俺は行かないからな。今からワ〇ピースが始まんだよ」

「あ?アニメと嫁どっちが……」

「アニメだな」

「即答かいな!もう少し労ってくれてもいいんじゃないの!?」

「昨日労った。だから今日は寝ます」

「えー!つまんないよ!」

子供のように地団駄を踏んでいる奴を見て、動いてもないのに自然と身体が疲れた。

「俺はそういう人間だ」

「……スモールダディのくせに」

「あぁ!?なんか言ったか!?」

「甲斐性なし!クズ!駄犬!ひろくん!」

「俺の名前は悪口なんですかね……」

「どう受け取ってもらっても構わないですよーだーばーか!」

「おーけー。絶対行かねえ」

「そ、それとこれとは話が別じゃん?」

明らかにおろおろとしている。今にも泣きだしそうな程だ。

「悪口言って連れてって貰えると思ってたのか?」

「くっ……」

何も言い返せないのか奴は唇を噛んだ。

「じゃ、この話は終わりだ」

勝った。これで今日は俺の休日ってことになる。惰眠を取ってお菓子を食べてアニメを見る。そんな生活は至高で至福だ。

「はい。あなた!」

さっきの影などどこにもない溌剌とした新妻らしき奴が、見違える元気な様子でホットコーヒーを俺の前に置いた。

……なにか怪しい。

「コーヒーはありがたいけど、どうしたんだ?それに化粧までして」

「うん?妻としてやるべきことをしたのよ?」

「そ、そうか……」

でも、それが本当だとしたらありがたい話だ。

警戒の目を向けながらも、コーヒーを啜ると不意にどうしようもない睡魔が襲ってきた。

「は、謀ったな……」

「おやすみ。ひろくん」

そうか……今は女の方が強いんだ。こればっかりは覆ることはない。男が支配していた時代は太古の大昔に滅びたんだ……

彼女の妖艶な笑顔を最後に意識を手放した。


****


ガツンっ!と、どこかに頭をぶつけた痛みで俺は目を覚ました。

「あ!おはよ!はるくん!」

「どこまでも強引なやつだな……で?ここは?」

そう言いつつも周りを見渡すと、どうやら車の中らしい。

「えっと、海の方っていうのかな?」

「はぁ?なんで?」

「だって、千葉なんだし行きたいじゃん?」

「何処に?」

「夢と幻想の国!舞浜ランドに決まってんじゃん!」

「お前……バカなのか?明日は平日なんだぞ?」

「えー?なんで?それがどうしたの?」

「あんな所行ったら明日は仕事どころじゃなくなる。体が筋肉痛で動かなくなるって!」

「じじくさいこと言わないで!私までおばさんみたいじゃない!」

「その年まで独身ならそのままおばさんに突入だろ。今はなんだかんだ言ってもあの制度のおかげか二十前半で結婚する人の割合が高いんだから」

「まだギリッギリ二十前半だし!あと十日でその歳になっちゃうけど……」

「ほう。それはおめでとさん」

「あ、ありがと……じゃなくって!そろそろ結婚しないといけないよね?」

「そうかもな。子供だって歳とると辛いだろうしな」

「こ、子供!?そ、そんなまだ早いよ……」

ハンドルを握りながらも、彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染めた。

「青だぞ。早く行けよ」

「う、うん……」

「早く……ね」

あいつの誕生日までにしっかり蹴りをつけたいな。これ以上、俺の私用に付き合わせるのはまずい。

奴だって普通の男と恋愛して結婚する自由はある。昔いくらトラウマを植え付けられたからってあれは俺のせいでもあるし、奴だけを責めることは出来ない。それに、奴ならいい相手を見つけていい暮らしが出来るはずだし、世間的にも勿体ないだろう。

「なぁ……そろそろ結婚したいだろ?」

「そ、そりゃあね?女の人の夢ってのかな?ウエディングドレスを着て花道を通るのは。で、出来れば子供とかさ?欲しいし……」

「そうだよな」

なら早くこんな関係には終止符を打った方がいい。ちょっとだけ沸いた虚しさの理由に気が付かないほど俺は鈍くはなかった。いや、気が付かない方がまだマシだったかもしれない。このままだったなら俺が昔っからやってきたように無意識のうちに逃げれたのだから。

その想いは今日、一緒に色々回っている中でどんどんと膨らんでいった。あれだけ拒絶していたのにまた昔みたいに惹かれていく自分が気持ち悪くて仕方がない。

自分が昔よりも嫌いになる。まだ、学生の頃の方が大人だった。でも、これで逃げ出したりなんかしたら多分、自己嫌悪なんかじゃ済まない気がする。あれだけあいつがやってくれたのに、それに答えられないでどうするんだ。

心臓が跳ねる音が、このテーマパークを回ってるヤツらに聞こえるんじゃないかってほどに大きくなる。

俺は自ら触れなかった彼女の手を取った。

「えっ?」

彼女は戸惑って俺を不思議そうに見上げてくる。

「……どうだ?やってやったぞ?」

「そ、そうだね……うん。手を繋いでデート出来たし、これで私の役目も終わりってところかな?」

「……あぁ。そのことなんだけどさ」

「うん?」

 俺が言葉に詰まっていると夕日が城に沈んでいき、夜の帳が降り始める。

 ……言うって決めたじゃないか。いつまで子供でいるつもりだ。

自らに喝を入れて首を傾げたやつの瞳を真っ直ぐに捉えた。

初めて真っ直ぐやつを見たかもしれない。その彼女の顔はなぜか泣きそうだった。

「……な、なんだよ?なんでお前が泣きそうになってんだよ」

「それを言うならひろくんもでしょ……」

呼吸を整えて再度彼女を真っ直ぐに捉える。

「……ふぅ。俺はお前とまだ一緒に居たい。だから……その、どうしようもないガキのまんまだけどさ。面倒を見てくれないか?」

男なのにみっともないが、頬を込み上げてきた気持ちの結晶が瞳の奥の方から零れた。

それでも奴から目を背けるようなことはしない。奴は悪戯に微笑んで「全く。だっさいなぁ……」なんて貶してきた。

「も、貰い涙ってやつだろ……」

 涙を拭いながらだが、決して彼女の手を離したりはしない。

「仕方ないなぁ。この大きなお子さんは私が預かるしかなさそうだしね!」

彼女は笑ってそう言うと俺の腕に腕を絡めてきた。そして、そのタイミングを見計らったかのようなタイミングでうっすら暗くなった空に花が咲いた。

ずっと色無い世界のように感じていたが、彼女が彩を加えてくれた。

「……夢と幻想の国か。確かにそうかもしれないな」

「何終わらせようとしてんの?」

「……え?」

彼女は俺の決め台詞を決めさせてはくれなかった。

「な、なんでって……ほら、話には終わりを付けないとダメじゃん?というか終わらないとさ!?」

「なんでそういうことするかなぁ……私聞いてないよ?あの日みたいに好きだって告白してきなさいよ!」

「は、はぁ!?さっきのでもわかるだろ?なんとなくさ!」

「嫌だ!しっかり聞かせてよ!はるくんからさ!」

そう言って笑う奴からは逃げられない。正直にストレートに言わないと奴は満足しないようだ。

「……そ、そのな。お前のこと……す、好きだよ」

酷く顔が熱い。火でも出てるみたいだ。

「私も子供の頃から好きだったよ!よく出来ました!」

燃えたぎる頬に柔らかな感触があった。

「……これはご褒美ね!」

 柔らかな感触のあった頬を抑えながら彼女に目をやると、彼女は照れくさそうに笑った。

「これで目標達成だ!」

空高くブイサインを打ち上げた彼女が、楽しげに微笑みかけてきた。

二度目の告白なんて絶対にしないと思ってたが、してしまった。

また俺は彼女に変えられてしまったのだ。少しそれは悔しい気がするが、きっと一人じゃ変われなかった。いや、変わる気すらなかった。

「……ありがとな」

「いいのよ!ねね!私をお嫁さんにしてくれるのよね?」

「どうせ居座られるなら同じようなもんだろ」

「可愛くないなぁ!」

肘で脇腹を小突かれたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。それどころか心地がいい。

「今日は焼肉でも食うか」

「やったー!ありがと!」

「こういう時だけは素直だな」

「君はこんな時も素直じゃないね。こんな美人なお嫁さんを貰えて嬉しいでしょ?」

「そうだな。有難いよ」

初めて素直に言えたかもしれない。

「……え?あのひろくんが素直に言った。気持ち悪」

「……やっぱ、別れよっか」

初めて勇気を出して言ったのにこれだ。これだから女ってのは嫌いなんだ! 畜生! 人がどれだけこっちのこと見てきてるかわかってんのか!? あのネズミさんジェスチャーでチューしろみたいなことやってくるし!

「嘘!嬉しい!無茶苦茶嬉しいから!」

瞳をうるうるさせて彼女は俺に抱きついてくる様は、なかなかグッとくるものがある。

俺は熱くなる頬を見せないように顔を逸らすと「おねがい許してよ!」なんて言った。

「許して欲しいか?なら、条件がある」

「なになに!?私に出来ることがあるならやるよ!」

 俺は黙って彼女の唇を奪った。

「……さっきの仕返しだ」

「……それはずるいよ。ひろくん」

「うるせえ。お互い様だ」

「……そうだね。お互い様だ……ね」

 お互い様……か。

 互いに俺らはいがみ合い、争っていた。負の連鎖を繰り返し、悪い方向へと突き進んで聞く耳なんて持とうとしなかった。

 でも、互いのことを許せるような関係を作れればそんなものはすぐにひっくり返り、良い連鎖を起こしていく。

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一日嫁 クレハ @Kurehasan

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