終焉へと向かう毎日に花束を。
藤沢咲翔
第1話
僕は、誰にも言えない秘密がある。
それは、膵臓に重い病を抱えていることだ。
簡潔に言えば、膵癌である。
中学一年の冬のタイミングで発覚し、気づけばもう、高校三年の四月になっていた。
ドナーは相変わらず見つかっておらず、癌も悪化するばかりだ。
普通に考えるなら早期の発見でも無かった僕は今立てることも生きていることもまた、これまで癌が転移しなかったことの幾つもの奇跡に多手続きに起きたと言っても全く差し支えない状態だった。
その癌の定期検診に僕は市の病院へ来たわけだが、診察室で告げられたのは、残酷な現実だった。
「病気の悪化が深刻化していて、長くても三百日。酷ければもっと早いかもしれません」
絶句した。
いずれは手術できると考えていた自分の甘さを悔いた。
しかしながら、やはり心のどこかで諦めがついていたのか、悲しみや生への渇望は微塵も無かった。
「そうですか。じゃあ、高校は卒業できそうにありませんね。
今までありがとうございました」
「いや、まだ…」
医者がなにかを言おうとしてそれを言うことをやめた。
それもそうだろう。
ドナーが見つかれば等と言ってもみれば容易く想像がつく。
その言葉でまたされ続けて四年もの月日が経過して、しかもあと余命が一年もないと来たものだ。
その辛さを理解しようとしても、その状況にたたされない限りは、毛頭理解などし得ないのだ。
だから医者には、丸くなった猫背で診察室を出ていく僕を寂しい目で見ることしかできなかった。
それが、僕は堪らなく嫌だった。
哀れみを何度も向けられてきた。
なにも知らないのに何故そんなに悲観的に他人の人生を見ているんだ。
僕は診察室を出ると、会計窓口へと足を運んだ。
すると、通路で僕の診察書がポケットからひらりと落ちた。
拾いに数歩歩いたとき、後ろを歩いていた女性が僕の診察書を拾った。
「これ、君の?」
その女性が、僕に問いかける。
「はい。そうです…が…」
そこにいた女性に僕は見覚えがあった。
「どうしたの?君のでしょ」
「
「え。…ごめん、思い出せないや。誰だっけ?」
「石川です。
「あ~!あ?あぁ!」
「絶対覚えてなかったでしょ」
「そ…ソンナコトナイヨ。出席番号二番の人でしょ」
「三番だよ」
「ううぇぇ!そ、そんなことより!これ!」
「お、おう」
僕が彼女から差し出された診断書に指先をかけて圧力を与える。
しかしながら、診断書は花太の引力に反発した。
理由はすぐ分かった。
診断書の反対側、つまりは真依の指もまた、診断書を離してはいなかった。
「この診断書…どういうこと…」
どうやら真依も、この診断書の持つ意味は把握できたようだ。
この診断書を見られたからには言い逃れは到底できないだろう。
僕は潔く事実を話すことにした。
「書いてあるままの意味だけど」
「君は、本当に死ぬの?」
「書いてある通りだって。そもそも、僕の出席も名前も覚えていない君が、僕のことを心配する義理なんてないだろ」
「あるよ!だって、クラスメイトだよ!話したりはしてなかったとしても、同じクラスの人が死ぬのなんて…あんまりだよ…」
震え声の真依は、震えながら下を向いた。
目元が輝いて見える。
定かではないが、恐らく涙である。
「…泣いてるのか?」
「泣いてないし…」
女性に泣かれると、むず痒いような気持ちの悪い感覚に陥ることがよくある。
こちらの気持ちも分からないのに何を感傷的になっているのかが僕には到底理解できない。
だが、自分のために泣いてると考えると、堪らなく申し訳ないし、計り知れない不甲斐なさが僕を強襲するから辛いばかりだ。
「アイス買ってやるから泣くな」
「そんなのいらない」
「?」
「こっちが迷惑かけてるのに、君の方が何倍も辛いのに、私が変に面倒になっちゃ悪いよ。だからお詫びの気持ちも含めて…私!石川くんと恋人になってあげる!」
「…は?」
「石川くんは、そんな性格だから恋愛経験とかは無いんでしょ」
「なめてもらっちゃ困るぜ。
俺は保育園の頃に女の子と手を繋いだことがある」
「それ、お散歩でしょ」
「なぜバレた!」
「寧ろなんでバレないと思ったし、そもそも保育園の頃の小もない話、よく自慢できるね」
「まあ、恋愛経験豊富なナイスガイって事だ」
「恋愛経験無しの童貞ってこと?」
「黙れ処女」
「処女じゃないし!」
「じゃあビッチ?」
「ビッチでもない!とにかく、恋愛経験ゼロの石川くんの彼女のフリしてあげるってこと」
「ほう、それは僕とイチャイチャしたいと解釈可能だな」
「ち、違うし!石川くんなにいってるの!」
「花太でいいぞ」
「彼氏面すんな!バカ!」
これが僕と真依の出会い。
ここから、僕と瀬戸内真依の三百日の物語は紡がれる。
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