第439話

 仕事のほうは順調そのもの。

 メンバーも夏休みの課題やクラブの練習を適度に消化しつつ、アイドル活動に励む。

「いよいよ明日はケイウォルス学院で世界制服かあ……」

「感慨深そうですね、シャイP。ケイウォルスに……あぁ、恋人が通ってるんでしたか」

「そ、そんなとこ。明日の企画が楽しみだ」

 後輩の綾乃にまさか『白色のスクール水着に並々ならない興味がある』とは言えなかった。異邦人の『僕』とて、それくらいの常識はある。

(ぬいぐるみじゃテンションが上がり過ぎて、撮影どころじゃないもんな。アレがアレして前屈みにはなるだろうけど、明日もこっちの姿で行くか)

 その帰り際、菜々留に呼び止められた。

「Pくん。少しいいかしら」

「うん。何か心配事?」

 プロデューサーとして『僕』は聞く体勢に入る。

 しかし菜々留は頬を膨らませて、ご機嫌斜めになってしまった。

「んもうっ。お仕事は終わったんだから、お仕事モードはおしまいにして」

「ご、ごめん。確かにそうだね」

 『僕』としたことが、うっかりしていた。

 夏休みは忙しいからといって、プロデューサーの『僕』が四六時中急き立てられているようでは、メンバーもゆっくり休めないわけで。

 仕事は仕事、休息は休息。そのメリハリを忘れてはならない。

「じゃあプライベートのお話かな?」

「ええ。ナナル、色々考えたんだけど……」

 菜々留は柔らかく微笑むも、その瞳には真剣さがあった。上目遣いでも『僕』のほうが気圧され、たじたじになる。

「ナナルたち、近いうちに恋人同士になるでしょう?」

「う、うん……まあ」

 三股だか四股だかを恋人候補に明言することも、『僕』を尻込みさせた。

 しかし菜々留は気を悪くせず、はきはきと続ける。

「でもね? なんとなくで始まって、なんとなくで結ばれるのって……ナナル、つまらないと思うのよ。やっぱりお互いの気持ちを確かめ合ってこそ、じゃないかしら?」

 これには『僕』も真正面から同意だ。

「わかるよ。それをあとまわしにしてたせいで、里緒奈ちゃんと拗れたから」

「うふふ、さすがお兄たまね。わかってくれるって信じてたわ」

 そう――これは、あとまわしにしてはならないこと。

 今の関係を続けていくのなら、菜々留とも、恋姫とも、『僕』は屹然と向き合わなくてはならない。何人もの女の子と交際しようというのだから、なおのこと。

 菜々留が自分の唇を人差し指でつうっと撫で……

「だから、ナナルとゲームをしましょ」

 それを『僕』の唇へ移してくる。

「ゲーム?」

「ええ、ゲームよ。お兄たまがとびっきりの愛の告白で、ナナルに交際を申し込むの」

 愛の告白――まさに今の『僕』にとって問題提起となる言葉だった。

 里緒奈との関係がそうだ。彼女のほうから気持ちを打ち明けられたのであって、『僕』は大したことをしていない。

『お兄様が好きなの』

 あの一言に、どれだけの勇気が込められていたのか――。

 それを甘んじて受け入れただけのことで、里緒奈の彼氏を気取るなどできない。

 だからこそ、菜々留の提案は『僕』にとって大いに意味のあるものだ。

「僕が菜々留ちゃんに告白するんだね? 判定は?」

「もちろんナナルの気分次第よ。うふふ、それじゃ不服かしら」

「いいや、望むところだよ」

 おかげで腹は決まった。

 近日中に『僕』は菜々留に交際を申し込む。

 最高の『愛の告白』をもって。

 菜々留は背中を向けるも、肩越しににっこりと微笑む。

「合格したら……そうねえ、ご褒美のキスをあげるわ。ただし、それまでお風呂デートはなしよ? ナナルでまた気持ちよくなりたいなら、頑張って」

「菜々留ちゃんがそれ言っちゃうの? ムードが……」

「あら? 女の子が身体を許しちゃうくらい、素敵な愛を囁いてくれるんでしょう?」

 それは毎晩やっているような気も……いやいや。

「楽しみにしてるわ。お兄たまのプロポーズ」

「ハードル上がってない? それ」

 かくして『僕』は彼女、恋人候補の菜々留に告白することになった。

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