第108話

 それが晴れた時には、キュートの姿はどこにもなかった。

「P君の魔法みたいですね。あの手品……」

「そ、そう? 大分違うと思うよ?」

 しどろもどろになりながらも、『僕』は安堵する。

(この調子じゃ今にバレるぞ? 大丈夫かなあ、美玖のやつ……)

 しかしいつまでシラを切れるか、自信はなかった。キュートか、あるいは『僕』の言動から、そのうちボロが出る気がしてならない。

「近いうちに、キュートにも寮へ移ってもらったほうがよさそうだね」

「リオナは賛成っ! キュートと色々お話したいこともあるしぃ」

 『僕』たちはスタジオをあとにし、シャイニー号で一直線の帰路につく。

 寮に着くや、思い出したように里緒奈が電話を掛けた。

「もしもし、美玖ぅ? 今からお夕飯の買い出しに……うん、みんなで一緒に」

(今度は大急ぎで出てくるわけか)

 その電話を聞き流しつつ、菜々留がぽつりと呟く。

「いっそキュートちゃんと一緒に、美玖ちゃんも寮に誘ったらどうかしら? Pくん」

「ええっと……」

 迂闊なことは言えず、『僕』は必死に頭をフル回転させた。

 妹の美玖とキュートは同一人物なのだから、ふたりを一度に呼ぶことはできない。また美玖を寮に置いた場合、キュートはまったくもって神出鬼没の存在となる。

『どこに住んでるの?』

『いつもどうやって来てるの?』

 そういった不自然さが徐々に際立つわけだ。

 しかしキュートが寮に住む分には、今後も嘘を通しやすそうだった。いざという時はゲートを通って、美玖に戻ればよい。

(……なんで僕、美玖のことでこんなにあれこれ考えてるんだ?)

 あの素っ気ない妹のためにここまでする理由が、自分でもわからなかった。

 ただ、もうひとりの妹――仮面の少女とは、これからも会いたい。会えるなら、少しくらいの労苦は厭わないつもりでフォローする。

「じゃあ今日は僕と、里緒奈ちゃんで買い出しに行こうか」

「オッケー!」

「美玖が来るから、誰かがお留守番してないと……」

「なら、恋姫ちゃんは菜々留と一緒にご飯を炊いて、待ってましょ」

 SHINYの活躍に胸を馳せながら、『僕』たちはオレンジ色の夕焼けを仰いだ。

                  ☆


 S女子高等学校は部活動に力を入れている。

 とりわけ体育会系のクラブは夏に大会を控えているだけに、練習にも精が出た。 グラウンドでは陸上部やソフト部、サッカー部。

 体育館でもバスケットボール部やバレー部、チア部が交替で練習している。

 もちろん『僕』が顧問を務める水泳部も、積極的な活動に励んでいた。練習場所(屋内プール)を独占できるのは、水泳部ならではの特権だ。

 顧問の『僕』はぬいぐるみの姿で笛を吹く。

「整列ぅ~!」

 間もなく二十名ほどの部員がプールサイドに集合した。SHINYのメンバーや美玖もここでは水泳部の一員として列に加わる。もちろん気温や水温は魔法で調整済みだ。

「みんな、今日も頑張ろうネ!」

「はーい!」

 女の子たちは楽しそうに頷いた。

 バスケットボール部やバレー部に比べると、水泳部は雰囲気がユルい。大会で好成績を残そうとか、水泳の実業団に入ろうとまでは考えていないのだろう。あくまで『楽しい部活』のレベルであって、それには『僕』も納得している。

 しかし油断は禁物。事故を防ぐためにも、安全面の意識は高めておきたかった。

「それじゃあ準備運動~」

 女の子たちは適度に間隔を取り、リズムよくラジオ体操を始める。

 ただのラジオ体操ではなかった。これは『僕』が水泳部用にアレンジしたもので、適度なストレッチも兼ねたもの。

 プールサイドに座り込んで、脚を広げ、ブリッジの要領で腰を浮かせる。

「んっ……き、きつい……!」

「準備運動でバテちゃうってば、Pせんせぇ」

 M字開脚に見えるのは気のせいだ。

 スクール水着の股布が丸見えになるのも気のせいだ。

 張りのある健康的な柔肌も、紺色のスクール水着もまだ乾いている。顧問の『僕』にできるのは、水鉄砲で狙いをつけること。

「今日はミキちゃんからびしょびしょにしてあげるね。そーれー!」

 透明の水が鋭い放物線を描きつつ、スクール水着を直撃する。

「きゃっ? んもぉ、P先生ったら……冷たぁい」

「シホちゃんもだぞ。それっ」

「ひゃあん! 不意打ちなんてズルぅい」

 動くに動けないM字開脚で、部員の女の子たちは次々と水鉄砲の餌食となった。スクール水着もろとも柔らかい肌が濡れ、蠱惑的な光を弾く。

 水鉄砲の一発ごとに可愛い悲鳴をあげ、身体をビクンと反応させてしまう敏感さが、これまた『僕』の嗜虐性をそそった。

「うんうん! じゃあ次はマコちゃんに……むふぉっ?」

 ところが、背後から誰かに頭を鷲掴みにされる。圧し潰すほどの力で。

「に、い、さ、ん? 何をやってるの?」

 妹の美玖はこめかみに青筋を浮かべていた。凄みのある視線が『僕』を金縛りにする。

「え、ええと……ほら、入場用のシャワーが壊れてるから? 僕が代わりに……」

 そんな『僕』を恋姫や菜々留、里緒奈も取り囲んだ。

「そうですね、確かに壊れてました。でも終わってますよね? 修理」

「グラビア撮影と水泳部では本当に豹変しちゃうのねぇ、Pくん。ナナル、Pくんのそういうところは感心しないわ」

「世界制服だけじゃ飽き足りないわけ? リオナ、あっきれた!」

 プールサイドでサッカーの練習が始まる。

「ア~~~~ッ!」

 美玖のシュートが決まった。

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