第102話

 その夜には、SHINYの話題がアイドル業界を席巻していた。

 ニュースサイトでもSPIRALを差し置いて、SHINYが堂々とトップを飾る。

『新メンバーは謎の仮面少女? 果たしてその正体は?』

 ファンの反応は当初の驚きから、諸手の歓迎へとシフトしつつあった。

『アルバムはキュートの歌も入るってこと? もう企画動いてる?』

『これで美玖ちゃんも加われば、一気に五人だなあ』

 おかげで今、SHINYには追い風が吹き始めている。

 しかし喜んでばかりもいられなかった。

 サプライズはコンサートの二日目だったため、今日の客と昨日の客とで不公平が生じている。ここで公式がフォローを誤れば、歓迎ムードは一転、炎上もあり得た。

(お詫びのタイミングは、と……)

 プロデューサーとして、『僕』にはSHINYのメンバーを守る義務がある。この追い風に乗れるかどうかは、『僕』の采配に掛かっていた。

 新メンバーが急に参入したことで、今後の企画に修正も入ってくる。

 そのことをマーベラスプロと相談するうち、里緒奈たちがリビングへ降りてきた。

「お待たせ~。Pクン、お仕事の打ち合わせ?」

「まあね。今夜中には企画を練りなおして、提出しないと」

 そんな『僕』を菜々留が抱きかかえる。

「頑張り屋さんだものね、Pくんは。うふふ」

「な、菜々留? 抱っこするなら、レンキにも少し」

 ぬいぐるみ的にイケメンの『僕』を癒やしグッズに使うのは、いささか間違っている気がした。しかしこれくらいなら、『僕』とてやぶさかではない。まんざらでもない。

(お風呂で迫られるのは心臓に悪いもんなあ……)

 なお妹の美玖は自宅のほうへ帰っている。

「僕のことより、お風呂に入ってきなよ。あとがつかえちゃうと、遅くなるし」

「そうね。じゃあ今夜はナナルからいただいちゃおうかしら」

 やがて夜も更けてきた。

(来月は梅雨で、次は夏か……)

 この寮は『僕』の魔法によって適温に保たれているおかげで、冷暖房は必要ない。しかし『僕』の魔力に依存するので、早めに仕事を切りあげ、休むことにする。

 その頃にはお風呂も空いていた。男子の『僕』が最後に入るのは、いつものこと。

 ぬいぐるみの恰好(丸裸)で脱衣所を通り過ぎ、軽くシャワーを流してから、湯気でいっぱいのお湯に浸かる。

「ふうーっ」

 魔法で疲労を軽減できるとはいえ、原始的な快楽に勝るものはなかった。50センチ大のぬいぐるみなら、平々凡々な浴室でも大浴場の気分で寛げる。

「極楽、極楽……ん?」

 ところが、不意に折り戸の向こうで音がした。誰かが脱衣所へ入ってきたらしい。

 さらにその折り戸を開け、里緒奈が顔を覗かせる。

「Pクン、いるんでしょ?」

「ヒャアアッ!」

 ぬいぐるみとはいえ『僕』も一端の男子なのだから、入浴の最中に女子が来れば、驚きもする。デリケートな部分を隠しもする。この身体にそんなものはないが、反射的に。

 里緒奈は紅潮気味にはにかんだ。

「今夜はリオナがPクンの背中、流して、あ・げ・る」

 『僕』の前に入浴は済ませたはずで、まだ火照っているのかもしれない。その身体を紺色のスクール水着で包んでいる。

 S女子高等学校の水泳部でお馴染みの、競泳タイプに近いデザインのものだ。胸の両脇から足の付け根まで、左右対称にラインが入っている。

 股布もハイレグとまでは行かないものの、それなりに際どい。その縁を指でなおす仕草があまりに無防備で、つい視線を吸い寄せられてしまった。

「……ね? Pクン」

 緊張しつつも里緒奈は浴室に足を踏み入れ、魅惑のボディを近づけてくる。

「え、ええと……じゃあ」

 こうなっては、まさか湯舟の外で立たせておくわけにもいかなかった。『僕』は隅っこに寄って、同じ湯に里緒奈を迎え入れる。

 むしろ緊張しているのは『僕』のほうだった。

背中(ぬいぐるみの後ろ姿)を指で少しなぞられるだけでも、胴震いを禁じえない。そのせいで身体が委縮し、余計に抵抗できなくなる。

「あっれぇ? Pクンってば、こっち向かないの?」

「それは……その」

「水着ならリオナ、着てるのに?」

 里緒奈は愉快そうに笑うと、ぬいぐるみの『僕』を抱き寄せた。スクール水着の薄生地越しに柔らかいものが触れ、ますます『僕』を動揺させる。

(当たってるってば~!)

 甘い囁きが里緒奈の気配を色濃くした。

「ねぇ、Pクぅン? 男の子になってくんない?」

「エッ?」

「だからぁ、男の子。背中流してあげるって、言ったでしょ」

 『僕』はぬいぐるみの顔で赤面する。

 言葉通りに背中を流すだけなら、構わなかった。しかしスクール水着の里緒奈が、その程度で終わるはずがない。

 それこそスクール水着をスポンジ代わりにして、『僕』をじかにゴシゴシ――実際に経験があるだけに、予感は期待を孕む。

 当然、里緒奈のご奉仕は『僕』にとって極上に気持ちいいわけで。

「じ、じゃあ……」

 と口を開きかけ、危うく思い留まった。

 いつの間にやら折り戸の隙間から、菜々留と恋姫が覗き込んでいたのだから。

「じーっ」

 ふたりの視線はお風呂の中でも冷ややかに感じられる。

「お風呂ハグは禁止のはずよ? 里緒奈ちゃん」

「P君もハッキリと断るべきですっ」

 『僕』と里緒奈は一緒になって頭を垂れた。

「ゴメンナサイ」

 こうして密会は失敗。

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