第88話

 十分ほどして、新たなセミヌードのアイドルが完成してしまった。ステージの真中で立ち竦む、ポニーテールの『僕』を眺め、里緒奈たちは目を見開く。

「おおーっ」

 あろうことか男の子の『僕』が、艶めかしい下着姿で。

(お、恐ろしすぎるよ、このお仕置き……!)

 しかもカメラを通しての映像は、後ろの巨大スクリーンにも浮かびあがっていた。トーク用のBGMまで流れ、『僕』のオンリーステージが始まる。

「ちょ、ちょっと待って! こんな演出まで要る?」

「美玖ちゃんに弄ってもらって、バックスクリーンに流してるだけだってば」

 記録には残らないとはいえ、仮に何らかの手違いで、この映像がマギシュヴェルトに伝わろうものなら――世紀の変態として名を残すのは、火を見るより明らかだった。

 修行の一環としてアイドルをプロデュースしていたのに、その気になって自分もステージに出演。おまけにセミヌードの女装を披露、などという稀代の変質者となるだろう。

 しかし、いきなり大笑いはされなかった。

 菜々留がつぶらな瞳を瞬かせる。

「もっと無理のある感じになるものと思ってたけど、意外に……」

 里緒奈も口を揃えた。

「リオナたちより背は高いし、身体つきも男の子……よね?」

 恋姫まで感嘆めいた吐息を漏らす。

「顔立ちが美玖に似てるから、かしら? あんまり違和感がないような……」

 実際のところ、『僕』はマギシュヴェルトの魔法使いだった。

 マギシュヴェルトにおいて魔法は女性の特権であるため、男性が修得する場合は、なるべく女子の在り方に準じなくてはならない。その結果、『僕』は妹似の中性的な顔立ちとなり、身体つきも若干、女性に近いものになっていた。

 そもそもぬいぐるみに変身するのは、性別を曖昧にするため。

 おかげで見苦しいオカマにならずに済む。股間のアレは別として。

「ど……どう、かなあ……?」

 ショーツの中央を両手で隠しつつ、『僕』はこわごわと反応を窺った。

 SHINYのメンバーは朗らかな声を一にする。

「か~わ~い~い~!」

 この瞬間、男子としてのプライドは粉々に砕け散った。まだ『マジきもい~』と罵られるほうが、ましかもしれない。

(こんなカッコでステージに立って、僕ってやつはぁ……!)

 里緒奈たちが黄色い声援をあげた。

「Pクゥン! 『シャイニーエンジェルズ』歌って~!」

「あっ、ナナルも聴きたいわ!」

「ダンスも忘れないでくださいね? P君」

 なまじ『僕』の女装に説得力があるだけに、面白くてたまらないらしい。スクリーンの演出も相まって、今の『僕』は立派なアイドル。

 恥辱のステージが幕を開ける。

(こ、こうなりゃ自棄だ~!)

 SHINYのプロデューサーなのだから当然、SHINYの楽曲はすべて頭に入っていた。これまた女物の靴下でステージを踏み締め、ダンスも再現する。

「おおおーっ」

 本物のアイドルたちは最前列で『僕』のオンリーステージを見上げ、唸った。『僕』の拙いダンスから一秒たりとも目を離さず、リズムに乗る。

「ピースよ、Pくん! カメラにピース!」

「ひいっ? そこまでするのぉ?」

「これで浮気の件は許してあげるんですから。観念してください」

「次はハートマーク作るやつ! 両手をこんなふうにしてぇ」

 その後も彼女たちの注文に応じながら、『僕』は真っ赤な顔でピースを決めたり、胸元でハートマークを作ったり。

(は、恥ずかしすぎて死ぬ……!)

 足が竦んで、ついにはへなへなと尻餅をつく。

「もぉ許してえ~?」

 一方で、SHINYのメンバーは同時に喉を鳴らした。

 ごくり――と。

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