第86話

 ついに五月のライブコンサートが一日目を迎える。

 妹の美玖をアシスタントとして、SHINYのメンバーは朝一でコンサートホールへ。プロデューサーの『僕』も現地で指揮を執る。

「音響テストお願いしまーす!」

「了解ですー」

 今日のコンサートにはマーベラスプロも総力を挙げていた。それほどにSHINYの人気は上昇しており、あのアイドル・フェスティバルへの出場も決定。

 イロモノ企画で始まった世界制服も好評を得ており、追い風が吹いている。

 おかげでコンサートのチケットは完売し、急きょ七月にも追加公演が決まった。ファーストアルバムも再販分までが、すでに予約で売り切れている。

 客が会場入りする頃には、SHINYのメンバーも準備を終えていた。控え室にて、アシスタントの美玖とともにステージの開演を待つ。

「今日は頑張ってね! みんな」

 ぬいぐるみの『僕』が発破を掛けると、里緒奈たちは力強く頷いた。

「もっちろん! P君をもっと出世させてあげちゃうんだから」

「ナナルたち、とても絶好調だもの。このコンサートもきっと上手くいくわ」

「油断は禁物ですけど。レンキも覚悟はできてます」

 デートの件では荒れたものの、アイドルたちの絆は健在。とりあえず悪者の『僕』ひとりに制裁を与えることで、話はついたらしい。

(下手をしたら、僕を取り合って……なんてことも? ぶるぶるっ)

 人間の『僕』は別として、ぬいぐるみの『僕』は超絶のイケメンなのだから、もっと気を付けるべきだろう。

「SHINYさーん! そろそろステージのほうへお願いします」

「はいっ!」

 次第にスタッフの緊迫感も高まってきた。

 美玖が時計を確かめる。

「いよいよね。今日のコンサートでどこまで伸ばせるか……」

「興味があるなら、美玖もやる? プロデュース」

「まさか。兄さんのを見てるだけで充分よ」

 『僕』たちは楽屋を出て、満員御礼のステージへ臨む。

 SHINYのメンバーは円陣を組むと、掛け声を一にした。

「せーのっ、シャイン……」

「スパークルッ!」

 ここから先、プロデューサーの『僕』にできることは何もない。ライブの成功を信じつつ、妹の美玖と一緒にステージを見守る。

「あんなに練習したんだよ? 絶対、大成功さ」

「コンサートの時の兄さんはまともよね。こんなぬいぐるみだけど」

 会場は真っ暗だった。ファンは弱火で熱せられたポップコーンのように、熱気を帯び、爆発の瞬間を心待ちにしている。

 突如、四方からステージが真っ白に照らされた。

「みんな! お待たせぇ~!」

 舞台の上でアイドルたちの影が伸び、ファンは声援を波打たせる。

 ウオオオオーッ!

 あまりの歓声の大きさに、コンサートホールが震撼した。

「今日はナナルたちのライブ、めいっぱい楽しんでいってね! うふふ」

「レンキたちと一緒に盛りあがりましょう!」

 ものの数秒のうちに会場のボルテージは最高潮へ。

 プロデューサーの『僕』は確信していた。

(これがSHINYなんだ!)

 SHINYの三人はアイドルとして天賦の才を持っている。

 里緒奈も、菜々留も、恋姫も、ひとりひとりが。それがユニットを組むことで二乗、三乗の力を発揮した。

 魔法などに頼らなくても、SHINYは堂々とステージに立つ。

「それじゃー、一曲目はお馴染みのこれ! 『シャイニーエンジェルズ』!」

 デビュー曲のイントロとともに、里緒奈たちは軽やかにステップを踏み始めた。

 前に来た里緒奈が天辺を指差すと、ファンも呼応して

「り・お・な!」

 次に菜々留が手を振ると、

「な・な・る!」

 そして恋姫が恥ずかしそうにピースを決めると、

「れ・ん・き!」

 サイリウムの波は洪水となり、瞬く間に氾濫してしまった。

 SHINYの元気な歌声が高らかに響き渡る。

 無意識のうちに『僕』や美玖もリズムに乗っていた。合の手はファンと一緒にスタッフも口ずさむ。光と音が弾ける、華麗なステージに見惚れながら――。

 5分にも及ぶ曲を歌いきり、里緒奈たちは少し息を切らせていた。それでも魅惑の笑みを弾ませながら、無邪気な声でファンの皆に語りかける。

「今日はリオナたちのために集まってくれて、ありがとぉー!」

「このステージ衣装も、今日のために新しく仕上げてもらったものなのよ」

「もう企画が目白押しで、みんな忙しくて……」

 さすが最大手のマーベラスプロで一流に数えられるだけに、流暢なトークだった。ラジオやアルバムの話題も織り交ぜつつ、二曲目へ繋ぐ。

 いたずらに『僕』が魔法でフォローする必要もなかった。

 美玖がぬいぐるみの『僕』を撫でる。

「もう兄さんが要らなくなって、寂しいんでしょ」

「そ、そんなこと……」

 ない、と言いきれなかった。SHINYはすでに『僕』の想像を超えている。

 その後もライブは大盛況。ファンは喉が涸れんとばかりに声援をあげ、里緒奈たちもアンコールまで歌いきり、踊りきった。

「みんな! またリオナに会いに来てねー!」

「ナナルとの約束よ? うふふっ」

「今日は集まってくれて、ありがとうございましたぁー!」

 名残惜しくもSHINYは舞台を去り、代わって美玖がファンの退出を案内する。

「お疲れ様でした。それではA列のかた、ご起立――」

 俄かに声援のボリュームが上がった。

「美玖ちゃああああんっ!」

「美玖ちゃん! 俺たちの美玖ちゃんだあ!」

「愛してるーっ!」

 妹の加入も近いかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る