第80話

 そして一週間ぶりの日曜を迎える。

「そろそろ行きましょう、P君」

「あっ、うん」

「いってらっしゃ~い」

「気をつけてね、ふたりとも」

 今日は恋姫が『僕』とお姫様デートする番だった。ぬいぐるみの『僕』を抱え、さもこの姿のプロデューサーとお出掛けするように、寮を出る。

 しかし今回、『僕』は自分の部屋へ戻らなかった。

(もう三回目だし……)

 里緒奈の時も、菜々留の時も、同じ方法を使っている。もしふたりが恋姫と『僕』の関係に勘付き、部屋を見張っていたら――その懸念があるために。

「それじゃ、僕は変身してくるよ」

「わかりました。レンキは改札の前で待ってます」

 『僕』はコンビニの化粧室を借り、手短に変身と着替えを済ませる。

「恋姫ちゃーん!」

 駅前で改めて合流すると、恋姫は可愛い笑みを咲かせた。

「P君? ……わあぁ」

 瞳をきらきらと輝かせて、人間の『僕』のお出掛けスタイルを吟味する。

「どうしたの?」

「だって、レンキ、裸のP君しか見たことありませんから……」

 ところが咳払いを挟むとともに、急に眉をひそめた。

「だめですよ? P君。レンキ以外の女の子の前で、その姿になったら」

「き……気を付けるよ。ハハハ……」

 今から楽しいデートのはずなのに、行き先は処刑場の気がする。

 それでも三回目となると、『僕』のほうにはいくらかの余裕があった。忘れずに今日の彼女の、気合に入ったファッションもチェック。

 恋姫は淡い色合いのブラウスで春らしく爽やかに決めていた。フレアスカートは生地が薄く、風が吹くたびに優美な波を打つ。

 ミュールやバッグにも抜かりなく、一流のアイドルとして充分な説得力があった。

 もちろん認識阻害の魔法が働いているため、誰も彼女を『SHINYの恋姫』とは認識できない。独り占めできるのは『僕』だけ。

(なんだか、すごく贅沢な気分だよ。……よし! 今日はこっちから)

 『僕』はそっと手を伸ばし、恋姫の肩を抱き寄せる。

 途端に恋姫は顔を赤らめた。

「ちょ、ちょっと、P君? いいっ、いきなり何するんですか!」

「少しはデートらしくしようと思ってさ。恋姫ちゃんが嫌なら、離れるよ」

 しかし『僕』が紳士然としているせいか、少し悔しそうに身体を預けてくる。

「き……今日だけですよ? 調子に乗らないでくださいね」

「わかったよ。じゃあ行こうか」

 小生意気な彼女を屈服させたことで、『僕』は胸を躍らせていた。ふたりで繁華街の大通りを歩きながら、五月になったばかりの青空を仰ぐ。

「散歩もいいけど、どこか入ろうか」

「そうですね。あ、でも買い物は荷物になりますから、午後で……」

 世間はゴールデンウィークの真っ只中だった。その日曜日となると、さすがにどこも朝から混んでいる。

「P君、え、映画はどうですか?」

 そう提案するだけのことなのに、恋姫が声を上擦らせた。

 上映中の人気作はふたつ。『僕』は変身ヒロインのアニメに目を留める。

「クリミナリッターかあ……SHINYであれのコスプレ企画を進めてることだし、観て行こうか? 恋姫ちゃ――あいたあっ?」

 不意打ちで爪先を踏んづけられた。

「初耳ですよ! またレンキたちに、あっ、あんな格好させるつもりですか!」

「そりゃあ、まあ……そういう企画だし?」

 本人たちに内緒でコスプレ企画が進められていたことに、恋姫はヒートアップする。

「だ、大体なんですか? デ……デートなのに、お仕事でアニメだなんて。誘うなら、その……もうひとつあるじゃ、ない……ごにょごにょ」

 けれども勢いはみるみる失速し、ついには俯いてしまった。

「もうひとつって……あぁ、あれか」

 恋姫が言いかけたのは、話題沸騰の恋愛映画。タイトルも内容もストレートすぎるせいで、口にするのが恥ずかしくなったらしい。

「観ようか? 一緒に」

 何気なく誘うと、恋姫は顔をあげ、きょとんとする。

「え? レンキと観てくれるんですか?」

「今日は恋姫ちゃんのお願いを何でも聞くのが、僕の役目だからさ」

 ちょうど開演の十分前だった。 

 『僕』たちは早足で映画館へ入り、カップル割引とやらでチケットを購入。指定の席はやや端寄りになってしまったものの、朝一のおかげで前後左右も空いている。

「飲み物は……いらないか。これが終わったら、お昼ご飯だし」

「はい。P君にお任せします」

 間もなく館内の照明が落ちた。

 大きな映像が浮かびあがり、『僕』たちの顔を真っ白に照らす。

(……ん?)

 ぼんやり眺めていると、シャツの袖を引っ張られた。

 恋姫は赤面しつつ、『僕』の服を遠慮がちに掴む。

「あ、あの……この映画、ちょっとしたジンクスがあるんです。カップルで観る時は、そのっ、て……手を繋ぐって……」

「おまじないみたいなものかな? いいよ、ほら」

 肘掛けの上で『僕』たちは手を繋ぎ、噂のラブストーリーに臨んだ。

 ところが――映画には『うふん、あはん』なシーンも盛り込まれており、嫌な汗が出てくる。手を繋いでいるせいで、この気まずさから逃れることはできなかった。

(こんなラブシーンでいいの? 本物のカップルだって困るんじゃ……)

 やがて映画はスタッフロールで締め括られる。

 館内が明るくなった時には、『僕』も恋姫も紅潮しきっていた。

「で……出ようか」

「そ、そうですね。お腹も空きましたし……」

 映画自体は面白かったものの、濃厚なラブシーンのせいで悶々とする。

 しかし裏を返せば、それだけ今日の『僕』たちは互いを意識していた。隣を歩く恋姫の横顔が、やけに気になってしょうがない。

 恋姫もちらりと『僕』を見上げては、恥ずかしそうに目を逸らす。

(そうだ、ここは僕から)

 思いきって、『僕』は彼女に左腕を差し出した。肘を当て、暗に催促する。

 それを何度か繰り返していると、恋姫が眉を吊りあげた。

「さ、さっきから何ですか! わざと胸にばかり……」

 一日彼氏の『僕』はたじたじに。

「ちっ、違うってば! 恋姫ちゃんと腕を組みたくって……えぇと」

 そのつもりが、彼女にとっては『肘で胸を小突く悪戯』だったらしい。

理由を知ると、恋姫はばつが悪そうに頬を染める。

「そ……そういうことなら、ちゃんと言ってください? レンキ……男の子とデートなんて、初めてなんですから」

「ご、ごめん。それじゃ……いいかな?」

 改めて腕を差し出すと、ぎこちない仕草で今度こそ掴まってくれた。

「じゃあ、その……お昼行こうか」

「は、はい」

 ミュールの彼女に合わせて、『僕』もゆっくりと歩く。

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