第75話

 その夜は後悔と自責の念に圧し潰されそうになる。

(僕ってやつはぁ~っ!)

 里緒奈のみならず、とうとう菜々留まで。

 さすがに最後の一線は超えなかったとはいえ、スクール水着を着せてのソーププレイはR15からも逸脱気味だった。

 せめて彼女が拒絶なりしてくれれば、よかったのだが。むしろ積極的にスクール水着越しに絡みついてきて、今夜のデートをエスカレートさせている。

 これが一対一の関係ならまだしも――。

(里緒奈ちゃんにバレたら……いや、菜々留ちゃんにバレても、殺されるぞ?)

 半ばカラダだけの二股交際に至り、『僕』は自己嫌悪に打ちひしがれた。

 おまけに里緒奈にせよ、菜々留にせよ、プロデューサーがアイドルを食い物にした形になる。出るところに出れば、『僕』の人生はゲームオーバーを迎えるだろう。

 もしかしたら、すでにマギシュヴェルトの刺客が情事を察し、『僕』をスナイパーライフルで狙っているかもしれない。

「アワワ……ど、どんどん取り返しのつかないことに……」

 それでも里緒奈や菜々留との濃厚なソーププレイを思い出すと、ムラムラと込みあげるものがあった。ぬいぐるみの姿で『僕』は悶々と夜を過ごす。

「あんなに気持ちいいなんて反則だよ……ん?」

 その布団の中で、はたと気付いた。

 確かベッドに置いていたはずの水泳パンツが、机に上に移動している。

「……あれ? こっちに置いたんだっけ?」

 首を傾げつつ、『僕』は水泳パンツを異次元ボックスへ隠した。

 水泳パンツは『僕』の正体が人間の男子であることに繋がる。里緒奈には説明がつくにしても、恋姫に見つかってはまずい。

 夏の旅行についても、とことん頭が痛かった。

「はあ……どうしよう?」

 里緒奈も、菜々留も、ほかのメンバーには内緒で人間の『僕』と遊びたがっている。よほど上手く対応しないと、簡単にボロが出て二股も発覚――は間違いなかった。

 ぬいぐるみの『僕』は頭を逆さまにして、真剣に考え込む。

「うぅーむ……」

 SHINYのライブコンサートも近い。

 まだまだピンチは続きそうだった。

                   ☆


 放課後はニューシングルのジャケットを撮ることに。

 SHINYの三人は準備万端、気合十分で撮影に臨む。ところが今日はもうひとり、巻き込まれてしまったメンバーがいた。

「どうしてミクまで一緒なのよ? 兄さん」

「一緒じゃないよ。里緒奈ちゃんたちが表で、美玖は裏だから」

「表でも裏でも、どうして美玖がメンバーの数に入ってるのって話!」

 妹の美玖は衣装に着替えたうえで、異論を唱えまくる。

 一方で里緒奈や菜々留、恋姫は平然としていた。

「美玖だって、もう何度か出演してるじゃない? ファンのみんなも『第四のメンバー』って認めてくれてるんだしぃ」

「出し惜しみはだめよね。ナナルたちも、もっとアピールしなくっちゃ」

「レンキの時と同じパターンよ。諦めて」

 三対一で妹は敗北を喫し、ぬいぐるみの『僕』を睨みつける。

「兄さんのプロデュースは無茶苦茶なのよ。何でもかんでも魔法で押し通して……」

「そうでもないよ? そりゃ、昔は魔法頼りだったけど」

「ああ……桃香さんのソロ活動をメインでプロデュースしてた頃ね」

 マーベラスプロで『僕』に大きな権限が与えられているのは、すでに実績があるおかげだった。SHINYの以前、『僕』はあるグラビアモデルを、ソロでトップアイドルに仲間入りさせている。

 その話題になると、里緒奈は面白くなさそうにむくれた。

「Pくんのスケベ。おっぱいハンター」

「そ、そういうわけじゃ……」

 と弁解するも、菜々留まで加わってくる。

「感心しないわね。今でもとおっても仲がいいし」

「ちょ、ちょっと待ってよ! みんなも桃香ちゃんとは、割と……」

 ふたりの態度の変化に『僕』は戸惑うほかなかった。

 『僕』と桃香(例のグラビアモデル)は一緒に暮らしていたほどで、今も彼女はSHINYの寮の傍で生活している。ともに夕飯の買い出しに行くこともあった。

 ぬいぐるみとグラビアモデルなのだから、間違いが起こるはずもない。

 ところが里緒奈と菜々留は『僕』の正体を知ったせいか、今になって『僕』と桃香の関係を疑い始めている。

(まあ一緒にお風呂入ったりもしたけど……こっちはぬいぐるみだし……)

 その経験が少し後ろめたかった。

 とはいえ何も、里緒奈たちとのソーププレイほど過激だったわけではない。あくまで桃香がぬいぐるみの『僕』の頭や背中を洗ってくれただけのこと。

 珍しく恋姫が『僕』のフォローにまわった。

「どうしたのよ? 菜々留も、里緒奈も。確かに桃香さんはP君にご執心だけど、だからって対抗しなくても……」

 里緒奈と菜々留ははっとして、この場は引き下がる。

「そ、そう! そーだよね、Pクン、今はSHINYのほうを優先してるし」

「プロデューサーを取られたみたいに思っちゃったのよ。ねぇ? 里緒奈ちゃん」

 このチャンスを逃さず、『僕』はプロデューサーとして音頭を取った。

「それよりみんな、仕事だよ、仕事!」

「はーい!」

「ちょ、ちょっと? ミクの話はまだ……」

 妹の美玖も巻き込んで、ジャケット用の撮影を始める。

 シャッターを切るたび、スタッフは舌を巻いた。

「うんうん……噂通りだねえ」

「噂って何のこと?」

「あれ、シャイPは聞いてないのかい? ここのところ里緒奈ちゃんがメチャ輝いてるって……ほら、菜々留ちゃんも笑い方がすごく柔らかくなってさあ」

 最近になって、SHINYの仕事ぶりはますます評価が上がっている。

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