第10話

 夕飯の買い出しのため、『僕』は里緒奈とふたりでスーパーへ出掛ける。 

「里緒奈が作ってあげるね。お兄様、何か食べたいのあるぅ?」

「里緒奈ちゃんの手料理なら、なんでもいいよ」

「そんなこと言ってー。決めるの、大変なんだからね」

 里緒奈は『僕』の隣にくっついて、いつものように腕を組みたがった。柔らかい感触に肘が触れてしまい、『僕』は内心はらはらする。

「お兄様のケーキも楽しみ! エヘヘ」

「太っても知らないぞ?」

「……ハイ?」

 何気なしに返すと、凄まじいプレッシャーを掛けられてしまった。

 笑顔のようでも目が笑っていない。

「ご、ごめん。里緒奈ちゃんもスタイルいいから、安心して」

「んもう……その言い方、セクハラよ? お兄様」

 里緒奈は今日もやけに短いスカートを穿いて、お兄ちゃんを心配させた。

(まあ女の子は変身しなくても、魔法が使えるし……)

 しかしそこはクリミナリッター、認識阻害の魔法を応用し、局部への視線はシャットアウトしているらしい。直視できるのは実質的に『僕』だけ。

「そんなにしょげなくっても……さっきの本なら、あとで返してあげるってば」

「へ? あ、いや……そのことを考えてたんじゃなくって、えぇと」

 スーパーで適当に食品を集めながら、『僕』は話を逸らした。

「ちょっと思い出してさ。この間の、クリミナリッターキュートのこと」

「あっ、あの子?」

 第四の美少女戦士、クリミナリッターキュートの登場は世間を大いに騒がせた。

 幼い顔立ちと、それを裏切るようなダイナマイト・ボディー。必殺技の破壊力も相まって、その人気は最大風速に達している。

 当然、彼女も認識阻害の魔法は心得ているだろう。スクール水着からしてL女学院の生徒らしいが、正体は不明、『僕』たちも手掛かりを掴めずにいた。

「おしゃれな眼鏡つけてたわよね? キュートって」

「眼鏡っていうよりアイマスクかな、あれは」

 ただ、認識阻害は同じクリミナリッターには通用しない。そのため、クリミナリッターキュートはアイマスクで目元を隠していたのかもしれなかった。

 ひとつの可能性が浮上する。

(だとしたら……僕らはキュートの素顔を知ってる?)

 L女学院に魔法禁止の罠を張ったのも、キュートである可能性が高かった。彼女は何らかの目的でクリミナリッターたちの前に現れ、『僕』には敵意を持っている。

「また出てくるんじゃない? キュート」

「どうかなあ……んっ?」

 不意に『僕』のセンサーが魔力の変動を察知した。

この街でまたしてもイネーガーが出現したに違いない。

「里緒奈ちゃん!」

「うん!」

 買い物を中断し、『僕』たちはスーパーを飛び出す。

 L女学院からならファミリエで直行できるものの、遠まわりしてなどいられなかった。路地で『僕』はプリンに、里緒奈もクリミナリッターに変身する。

「略式の変身だから、リオナ、パワー出しきれないかも」

「僕もフォローするよ。急ごう!」

 恋姫と菜々留に連絡もして、夏の空へ出撃。

 今回はワニのヌイグルミが巨大化し、交差点のど真中で暴れまわっていた。

「悪い子はいねぇーがー!」

 信号が薙ぎ倒され、十字路は車だらけの大混乱に陥る。

「まずいぞ! 早く片付けないと、事故になる!」

「レンキとナナルを待ってられないし、リオナ、頑張っちゃうね!」

 クリミナリッターリオナはエンゲルフリーゲルを引っ提げ、果敢に突撃した。けれどもイネーガーの尻尾に煽られ、急ブレーキを踏む。

「きゃあっ?」

「あいつ、意外にすばしっこいぞ?」

 さらにモンスターは高熱のガスを吐き散らかした。

『僕』は耐熱フィールドを張り、ひとびとの防衛に徹する。

「防御なら僕も魔法が使える! リオナちゃん、今のうちにイネーガーを!」

「任せて! ええーいっ!」

 しかしダッシュも瞬発力に欠け、クリミナリッターリオナは持ち前の俊敏さを活かしきれなかった。逆にイネーガーの尻尾に弾き飛ばされ、ビルへ突っ込む。

「やだっ? お、お兄様~!」

「リオナちゃん!」

 幸いクリミナリッターは『僕』の防御魔法を遥かに上まわるフィールドで保護されているため、大したダメージにはならなかった。

平然と出てきて、幼い顔つきなりにイネーガーをねめつける。

「もぉー、お兄様の前でこんなのカッコ悪い……」

 パワーはイネーガーのほうが上だった。この数ヶ月のうちに怪物は力を増し、クリミナリッターの集中攻撃にもいくらか耐えるだけのタフネスを備えている。

 それに対し、リオナは略式の変身のため、本調子ではない。

とはいえ打つ手はあった。

「リオナちゃん、ここはピース魔法を使うんだ!」

「えっ? あ……あれをするの?」

 クリミナリッターリオナは赤面しながらも、両手で可愛いピースを決める。

「ダ……ダブルピース! リオナビームっ!」

 その中央から勢いよく光線が放たれ、イネーガーを驚かせた。

 羞恥心と茶目っ気により、自ら感情を揺さぶり、魔力を瞬間的にピークまで高める。それがクリミナリッターのピース魔法。

 もう一回ダブルピースを決め、リオナは身体能力にもブーストを掛ける。

 それに合わせて、ようやく救援も駆けつけた。ルンタタロットの障壁が『僕』の防御魔法に重なり、高熱のブレスを完璧に遮断する。

「リオナ、お兄さん! 大丈夫?」

「レンキ、ナナルも! 遅いってば~」

 クリミナリッターの集合に歓声もあがった。

「いいぞ、クリミナリッター! イネーガーなんかやっつけろー!」

 子どもたちの声援にナナルはにっこりと、レンキも恥ずかしそうに笑顔で応える。

「街のヒーローは大変ねぇ、うふふ」

「……ヒロインでしょう?」

 クリミナリッターたちは散開しつつ、イネーガーを取り囲んだ。

「リオナのピースに合わせて、ふたりとも!」

「え、ええ!」

 ダブルピースの光線が三方向から走り、モンスターを三角形の中に閉じ込める。

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