第9話

 例えばブックカバーを替えるなど、隠す手段はいくらでもある。そして恋姫はストレートな思考の持ち主であるため、そういった手に騙されやすい。

 むしろ里緒奈ほうが勘がよすぎて恐ろしかった。

(大丈夫……ばれない、ばれない)

 何気なしに『僕』は雑誌を広げ、ここがプライベート空間であることを強調する。

「それより美玖と里緒奈ちゃんが待ってるんだろ?」

「……どうして菜々留の名前だけ、出てこないんですか?」

「ぎくっ」

 しかし彼女はここぞとばかりに洞察力を発揮して、痛いところを突いてきた。

 そのうえ、『僕』は思いもよらない奇襲に声を漏らす。

「……ヒアッ?」

 机の下で蹲り、『僕』の禁断領域をズボン越しに撫でる妹がいるのだ。

(お姉ちゃんを放ったらかしにしたら、お仕置きよ? お兄たま)

(スス、ストップ! 今はそれどころじゃ……)

 内緒のスキンシップに勘付いたらしい恋姫は、わなわなと肩を震わせる。

「……お、に、い、さ、ん?」

 『僕』もモモモも一緒に竦みあがった。

 理知的な妹にしては感情的な怒号が弾ける。

「何が『菜々留ちゃんは司令室』ですか! こそこそお部屋に連れ込んだりしてっ!」

「ちちっ、違うって! 菜々留ちゃんのほうから来たんであって……」

 ところが、そこでまたしても。

「お兄様~! いるんでしょ? 入るわよ?」

 里緒奈まで『僕』の部屋にやってきて、ノックを連発した。

「ふたりとも、こっち!」

「きゃっ? 何するんですか、お兄さん」

 『僕』は恋姫も菜々留も布団の中へ放り込む。

 静まり返った部屋を一瞥しつつ、里緒奈は頬を膨らませた。

「あれ? こっちから声がしたと思ったのに……お兄様、ひとりだけ?」

「そ、そうだよ。誰を探してるの?」

今度は『菜々留の名前だけ出さない』といったヘマはしない。

「ふぅん……」

そんな『僕』の言葉に、里緒奈は少しだけ眉根を寄せた。割と小心者の『僕』は、彼女を騙しているかのような罪悪感に苛まれる。

しかし恋姫と菜々留は隠せても、別のものは誤魔化しきれなかった。

「それよりお兄様? 隠し場所、また変えたわけ?」

「あっ!」

里緒奈が勘の鋭さを活かし、棚から一冊のビジュアルファンブックを引っこ抜く。

一般的にエッチな漫画は版型がB6判と決まっていた。少年誌などのお色気漫画は新書判なので、取り締まる側もそれを目安とする。

裏を返せば、B6判や新書判でなければバレにくい、ということでもあった。そこに目をつけ、あえて『僕』はA4判の画集を採用したのである。

 ただの画集と侮るなかれ、エロゲーのものは破壊力が抜群。また、一万円にも迫るアダルトゲームに比べ、ビジュアルファンブックはせいぜい二千円程度で済む。

 だが、その作戦さえ里緒奈には見破られてしまった。

「お兄様ってば……こーいうの読んでるの? やーらしー」

「いっいや、それは! 友達が勝手に置いてって……」

 動揺しては言い訳もままならず、『僕』は好奇の視線に晒される。

 さらに背後で布団が捲れあがった。

「やっぱり隠してたんじゃないですか! お兄さん!」

「あらあら……お兄たまったら。お姉ちゃんに内緒で、どんなの読んでるの?」

 妹たちは『僕』を押しのけてベッドを占領し、興味津々にビジュアルファンブックを吟味する。下着が剥がれる前の差分からモザイク部分まで、まじまじと。

「あっれー? お兄様、ここ、折り目ついちゃってるわよー?」

「こういうのって、台詞は自分で読むのかしら?」

「ど、どうしてK等部生がこんなの持ってるんですか? 犯罪ですっ!」

 部屋の隅っこで相棒のネコスケを抱き締め、『僕』は恥辱に打ちひしがれる。

「僕にも都合ってのがあるんだよぉ……うぅ」

 妹たちに大好物のオカズを暴かれるお兄ちゃん。

そんな自分が情けなくて、涙が出た。

 騒ぎを聞きつけ、美玖もおずおずと『僕』の部屋を覗き込む。

「もしかして、仲間外れにされてるの? 兄さん」

「いいえ、話題の中心です……」

 もちろんすぐ美玖にもオカズを知られ、お兄ちゃんの立つ瀬はなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る