#-02

 比高は約一〇メートル。人の身では足を砕くことままならず、たとえ砕かなかったとしても足をしばらく使うことは不可能になるだろう。

 簡単に言えば自殺行為。


 ただ彼もなんの案無しに飛び込んだりはしていない。


「H.D」


 不意に呟いた記号的な言葉。それは相棒の名。


 彼の背後に一瞬、白い龍が現れたかと思うと瞬く間に青い光に姿を変え、彼の背中と左腕に収束する。

 そして光が弾けると背中には天使のような翼が現れ、左腕は龍のような腕に差し変わっていた。


 翼を一振りして辺りに何か輝かしい粒子を振りまく。

 これは空中内に滞留している限り、そこら一帯は彼の意志で重力の方向、重さを自由に操作できると言う代物。


 とんでもなモノではあるが、これがなければ彼は空を飛ぶことは出来ず、翼はただの飾りと早変わりしてしまう。


 もう慣れた動きだ。

 彼は何も気にせず、翼をもう一振りして動きの方向を定め、アラクネの方へ加速した。


 それが仇となった。


『待て!』

「えっ――、っつ!?」


 龍の声が不意に響いた。瞬間、レキは何かと絡まる。


「な、なにこれ、糸!?」


 光を僅かに反射させるそれは蜘蛛の糸。

 敵意を抱く者も、油断を抱く者も、構わず全てを捕える自然界の檻。


 ただそんなもの、自然界のみにおける話だ。人が引っかかるはずがない。


 と言うことはこれを仕掛けたのは人と同様の大きさを持つ者。

 巣に獲物が引っかかったことを知ったアラクネがレキの方へ向き、ニイッと笑みを作る。


 そして食していた人は一旦そのままに、ヤツはゆっくり、ゆっくりとレキの方へ近寄って来る。

 その様はまさに勝者の余裕という奴なのだろう。


 通常、戦いとは相手の隙をついて攻防を繰り広げる。

 その中ではあえて隙を見せ、わざと攻撃を誘うこともある。ヤツはそれをしていたのだ。


 しかもこの糸。生半可なものではない。

 龍の力が宿っている左腕をもってしても剥がすことが出来ないほど粘着力が強い。

 いわゆる必殺の技なのだろう。


 しかし何故だろう。

 引っ付いてるというより、何かに引っ張られている感覚をレキは覚える。


「なるほど。そうやって獲物を捕まえてたんだ」


 ただ何事にも攻略法というものが存在することを留意しなければいけない。

 例えばこの罠もこうやって時間差で攻めていけば簡単に崩れてしまう。

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