第65話 走りの国の美女と旅する僕ら


「ありがとうございます、助かりました」


 走りだしたトラックの前部席で、僕と杏沙は代わる代わる頭を下げた。


「気にしないで。なんだか追いかけられてるみたいだったから、声をかけただけよ」


 ハンドルを握っているつなぎ姿の女性は、前を向いたまま微笑んだ。


「どうして僕らが追いかけられてるとわかったんですか?」


 僕が自己紹介もそこそこに疑問をぶつけると、女性は「勘ね。近頃、街の人たちがおかしいなって思ってたの」と言った。


「おかしい……」


「そう。子供の時からよく知ってる近所の人が、まるで別人みたいになっちゃったりね」


 女性はそう言うと、ハンドルを握ったまま首をかしげた。


「私、宝城瞳ほうじょうひとみ。この街で運送業をしてるの。あなたたちは?」


 僕と杏沙が自己紹介をすると、瞳さんは「そっかあ、中学生か。道理で可愛いわけだ」と目を細めた。


「宝城さん、信じてもらえないかもしれませんが、この街は今、侵略者に乗っ取られかけてるんです」


 杏沙がそう切りだすと、瞳さんは「なるほど、なんだか興味深い話ね」と言った。正直、僕は驚いた。僕らの突飛な話に驚かない大人の人がいるなんて。


「もうちょっと詳しく聞きたいけど、運転を誤ると怖いからちょっと待ってね。……ええと、どこまで送ればいいのかしら?」


 僕が『フィニィ』の名前とだいたいの場所を告げると、瞳さんは「オッケー。仕事中だけど「特別に遠回りしてあげるわ」と言ってトラックのハンドルを大きく切った。


「私ね、今でこそ親父の会社で働いてるけど、ちょっと前まで札付きのワルだったんだ」


 瞳さんは大きな車体を操りながら、唐突に昔話を始めた。


「でも警察の厄介になると親にも恥をかかせるし、ここ一年くらいはまじめに働いてたの。それなのに近頃、ご近所が妙に冷たい気がしてさ。単にわたしが不良だったからじゃなくて、なんていうのかな……知らない人みたいによそよそしくなった感じがするの」


 瞳さんの話を聞いた僕と杏沙は、思わず顔を見あわせた。それはまさに『アップデーター』に乗っ取られた人たちの特徴だ。しかし幸運なことに瞳さんの家族はまだ、侵略者に乗っ取られてはいないらしい。


「――あっ、ここじゃないの?『フィニィ』って」


 瞳さんはそう言ってトラックを見覚えのある建物の前で止めた。杏沙が「すみません、ちょっと見てきます」と言ってトラックを降り、やがて首を傾げながら引き返してきた。


「おかしいわ。定休日でもないのに、ドアの前に『CLOSE』っていう札が出されてる」


「えっ、変だな。……すみません、僕も見てきます」


 僕は瞳さんに頭を下げると、トラックを降りて杏沙と共に店の前に移動した。


「本当だ。札が下がってる。……しかも人の気配もないみたいだ。一体どういうことかな」


 僕は試しにドアの取っ手を引いてみたが、鍵がかかっているのかびくともしなかった。


「……なあ七森、これってあの時を思いださないか」


 僕が恐る恐るそう口にすると、杏沙はすぐに察したらしく険しい表情でうなずいた。


「五瀬さんと四家さんみたいに、那智さんたちの身になにかあったってこと?」


「……いったん離れよう。もしかしたら少し間を置けば、思い過ごしだったってことになるかもしれない」


 僕らはトラックに戻ると、瞳さんに見たままを話した。瞳さんは「ねえ、よかったら私の家に来ない?あなたたちの話も聞きたいし」と言った。


 僕らは即座に「お願いします」と口をそろえた。瞳さんはうなずくと、トラックをUターンさせて引き返し始めた。


「……あらっ、ないなあ。どこいったんだろ」


 走り始めて間もなく、瞳美さんが忙しない手つきで物入れをまさぐり始めた。


「何か探してるんですか?」


「アメよ。眠くならないようにいつも置いてるんだけど」


 僕は反射的にポケットからキャンディーを取りだすと「変わった味ですが、良かったら」と差し出した。


「あら、ありがとう。いただくわ」


 瞳さんはキャンディーを受け取ると、片手で器用に包み紙をほどいて口に放り込んだ。


 運転に異変が起きたのは、信号が変わってトラックが走りだした直後のことだった。


 瞳さんが突然「……ごめん、なんだか急に眠くなって来ちゃった。少しの間、停めるね」というと、トラックを道路わきに寄せてブレーキをかけたのだった。


 僕らはハンドルに突っ伏して寝息を立てはじめた瞳さんを見て、思わず顔を見あわせた。


「……なあ、これって」


 僕が瞳さんを見ながら言うと、杏沙も「偶然にしてはできすぎてるわ」と言った。


 キャンディを食べ始めた途端、眠ってしまったということは、つまり……


「まさか瞳さんが『正直トミー』だっていうこと?」


「そういえば、少し前まで不良だったって言ってたわ。目が覚めたら聞いてみましょう」


 僕らは車内に漂うバラの香りに戸惑いながら、助手席で眠る美女の目ざめを待った。

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