第54話 秘密基地で顔合わせをする僕ら
店の二階にある『アジト』は八畳の和室で、狭く急な階段を上った先にあった。
清潔な畳の上には古い映像でしか見たことのない丸い座卓が置かれ、エプロン姿の中年女性と髭を生やした童顔の男性がお茶を啜っていた。
「那智さん、その子たちは……?」
髭の男性が那智さんの背後にいる僕らを目ざとく見つけ、問いを投げかけた。
「詳しいことは後で話すけど、二人とも私を訪ねてきたお客様よ」
「お客様ってことは、二人とも『こっち側』なのかい?」
僕らを交互に見て目を丸くしている二人に那智さんは「ええ、そうよ」と答えた。
「初めまして。僕は真咲新吾、中学生です」
「同じく七森杏沙です。突然、お邪魔してすみません」
「杏沙さんは、七森博士のお嬢さんなの」
「えっ、あの七森博士の……」
髭の男性が絶句していると、エプロンの女性が「二人とも、そんなところで硬くなっていないでお座りなさいな」と僕らに座布団を勧めた。
「私はこの『フィニィ』のオーナー、寺田和恵、こっちの男性はシェフの藤尾さん。もう一人、下のフロアで接客中の女性がいるわ。よろしくね」
和恵さんは僕らに従業員の顔ぶれを紹介すると、柔らかな笑みを浮かべた。
「あの、さっきこのお店に来ているお客さんのことをちょっとうかがったんですが、良かったらもう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
杏沙が薦められたお茶を前に、いきなり背筋を伸ばして言った。
「もちろん、そのつもりよ。でもその前にあなたたちのことを二人に話しておかなくちゃ」
那智さんはそう前置きすると、工房で僕らと交わした会話をかいつまんで話し始めた。
最初は神妙な顔で聞いていた二人も、話がアンドロイドのくだりになると「嘘でしょ」とほぼ同時に目を丸くした。
「信じられないような体験をしてきたのね、二人とも」
和恵さんはそう言うと、同情とも尊敬ともつかない目で僕らを見た。
「那智さん、さっきここのことを『アジト』って言ってましたが、『アップデーター』たちを相手にお店を続けているのには何か理由があるんですか?」
「あるわ。ここで少しづつ仲間を増やしていって、敵が『乗っ取り』を完了させる前にどうにかしてこの街から追い出すの」
「この街から追い出す……本当にそんなことができるんですか」
僕が驚いて見返すと、那智さんは目に戸惑いを浮かべたまま、頷いた。
「できるかどうかはまだ、わからないけど……鍵を握っているのは、七森さんのお父様よ」
「父が……そう言えば、四家さんも同じようなことを言っていました」
「いまのところ、七森博士の居場所を知っていそうな人間はジャック・シーゲルっていう人しかいない。でも彼がいる場所は、周囲が敵だらけで近づくのが難しいの」
「ジャック・シーゲル……名前だけは四家さんから聞いています。たしか、父の研究所に研修に来ていた方ですよね」
「そうよ。私も一緒に、七森博士のところに行っていたわ。でも今では音信も途絶えてて、協力の依頼もできない状態なの。ジャックの近くへ行くには、仲間を増やしてうまく敵を騙す以外にないわ」
「さっきも言ってましたけど、『敵の裏をかく』って具体的には何をするんですか?」
僕が尋ねると、那智さんはふうと息を吐いて「いきなり深いところに切り込んでくるのね。……いいわ、話してあげる」と身を乗り出した。
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