第53話 僕らに似た敵と敵によく似た僕ら


 那智さんの言葉に僕は耳を疑った。お客が全員『アップデーター』だって?


「どういうことです?お客さんが全員、敵だなんて」


 杏沙が早速、小声で尋ねた。ちょっとした注意と言うにはあまりにも衝撃的だ。


「私がオーナーの好意でここに工房を持った時、まだお客は全員『人間』だったわ。それから一月ほど経った頃、お客の中に最初の『アップデーター』が現れたの。それから瞬く間に近所の常連さんたちが『アップデーター』化していって、とうとう全員が敵になってしまったってわけ」


「奴らは街の人たちを乗っ取った後、元の持ち主と同じように暮らし始めたんですね?」


「そういうこと。私は思い切ってお店の仲間に『アップデーター』の存在を伝え、みんなで気づかないふりをすることに決めたの」


「でもそのままじゃお店の人たちもいずれ『アップデーター』たちに身体を盗まれちゃうんじゃないですか?」


 よくそんな恐ろしい状態でお店を続けられるものだ、そう思いながら僕が問いかけると、那智さんは「黙って乗っ取られたくなかったから続けたのよ」と言った。


「どういう意味です?」


「敵と戦うためには、敵のことを知った上で裏をかくしかないってこと。だったら気がつかないふりをしながら、店員もすでに『乗っ取られてしまった』ことにすればいい」


「乗っ取られてしまった」って……店員は『人間』だってさっき言ったじゃないですか」


「そうよ。でもお客は私たちを仲間だと思ってる……つまり『アップデーター』のふりをしてるってわけ」


 那智さんが口にした衝撃の事実に、僕と杏沙は思わず顔を見あわせた。なんという大胆な決断をしたんだろう。


「でもどうやったら『アップデーター』なんかになりきれるんです?」


 僕が思わず声を大きくしかけた、その時だった。背後の扉が開く音がして、複数の女性の声が工房に響き渡った。


「素敵、初めて見たわ。本当に『工房』なのね」


「私、一度、こういう所で陶芸を習ってみたかったの。教室とかなさってないのかしら」


 背後で聞こえるざわめきは、声だけを聞くかぎりまるっきり『人間』の会話だった。


「お客さんの対応は私がするわ。あなたたちは土いじりに夢中のふりをして」


 那智さんは小声で僕らに告げると、振り返って「こんにちは。ここで器を作っている柄谷といいます」と挨拶をした。


「うちの近くにこんな素敵なお店があるなんて知りませんでした。……あら、この湯呑みも素敵だわ」


「本当、素敵な作品ばかりね……先生、教室はなさっていないんですか?」


「ごめんなさい、今はまだ試行錯誤の途中で、人を教える余裕がないんです」


 僕らはお客に背を向け、一心不乱に土をこね続けた。会話を聞く限り、一体どこが『アップデーター』同士の会話なのか、まったくわからなかった。


「あの、もうちょっとしたら窯の様子を見なくちゃいけないんです。後でお店の方にも顔を出すのでそろそろ……」


 那智さんがやんわりお引き取りをほのめかすと、タイミングを合わせたかのように子供の泣き声が聞こえた。


「あらごめんなさい、じゃあ私たちはそろそろお暇します。ありがとうございました」


 母親グループがそう言って工房から出ようとした、その時だった。


「――%▽&◇☓#」


 扉が閉まる直前、僕の耳は例の『アップデーター語』をはっきりととらえていた。


「那智さん、今の人たちって本当に奴らだったんですか」


「そうよ。普通に見えたのは、私を仲間だと思って油断してたから」


「まるっきり普通の主婦みたいな感じでした」


「そうね、『アップデーター』たちも人間になって時間が経つと、引き継いだい人格になじんでだんだん人間みたいになってくるの」


「でもやっぱり敵みたいですね。さっき一瞬、わけのわからない言葉で会話をしてました」


「さすがに自分が侵略者だってことまでは忘れてないみたいね。だから気をつけないと」


 那智さんは厳しい表情になると「そろそろここを出た方がいいわ。二階に行きましょう。ここからならお店の中を通らず直接、行けるわ」と言った。


「二階に?……二階に何かあるんですか?」


 意外な申し出に僕が戸惑っていると、那智さんは天井を見上げて「あるわ。私たちの『アジト』が」と言った。

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