第9話 今の僕らにできること


 杏沙の父親の弟子は五瀬志郎という人物で、大学で講師を務める傍ら、どこかの民家を借りそこを私設研究所にしているという。


「幽霊になって困ることの一つは、携帯が使えないってことなのよね」


 杏沙が珍しく、困り果てた顔でぼやいた。


「五瀬さんが授業を持っている学校に電話で問い合わせることができれば、今日中にでも出発できるんだけど……この身体じゃ、パソコンを操作するのも書類を調べるのも無理」


「じゃあ、どうやって調べる?人に手伝ってもらおうにも、僕らの姿が見える人なんていやしないぜ」


「父ならひょっとして私が見えるかもしれないけど、あいにくと行方がわからないのよ」


「なんだい、結局は八方ふさがりってことじゃないか」


 僕が不平を漏らすと、杏沙は「そうでもないわ」と首を振った。


「わたしたち『幽霊』は生きている人間の脳からイメージをスキャンすることができるの。ほんの一瞬だけどね」


「脳をスキャン?」


「身体を通り抜けると、その人が持っている記憶の一部を覗くことができるの。ただし、目が覚めている時だと通り抜ける時に悪寒に似た違和感を与えることがあるから、一度しか使えない」


「その能力を使って、研究所の場所を知っている人の脳から情報を読み取るってこと?」


「そうよ。五瀬さんの同僚に、父のところで一時期一緒に働いていた人がいるの。その人なら知っていてもおかしくないわ」


「つまり、学校に行くのが確実ってわけか」


「ええ。……でも、うまくスキャンできるかどうかはわからないわ。私も数えるほどしか試したことがないし。本当は、寝ている時の方がイメージがクリアでやり易いんだけどね」


「ふうん。……僕にもできるかな」


「練習すればね。誰かで練習してみる?」


 澄ました顔で怖いことを言う杏沙に、僕は「遠慮しとくよ」と言いかけ待てよと思った。


「……試してみたい気もする」


 僕の頭に浮かんだのは、二つの顔だった。木之内と片瀬。二人の頭の中に、まだ映画同好会への思いは残っているだろうか?


「どうかしたの?」


 いきなり間近で顔を覗きこまれ、僕はどぎまぎした。まったく幽霊だってのに、こう言う時だけは心臓があるかのように感じてしまう。人間、そう簡単には死なないってわけか。


「なんでもないよ。……あのさ、五瀬さんの同僚に会いに行く前に、別の学校に寄って行ってもいいかな」


「別の学校?」


「僕の通ってる中学。君は生徒じゃないけど、幽霊の出入りは別に禁止じゃないと思うよ」


 きょとんとしている杏沙を見て、僕は幽霊になって初めて主導権を握ったように思った。

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