第7話 盗まれる街と僕らの奪回作戦
「幽霊になっていい事の一つは、普段は入れない場所に堂々と入れるってことね」
杏沙は大きな箱が並ぶ棚にもたれ、得意げに言った。彼女に連れてこられたのは何と、美術館の収蔵庫だった。
「たしかに許可を貰わなきゃ入れない場所ではあるけどさ、こんな所が落ち着くわけ?」
「私はね。喫茶店も美術館も、『身体』があった時はよく行ったわ。その頃の気持ちを忘れたくないから、同じ場所に行って同じように過ごしてみるんだけど……だめね」
「だめって、なにがだめなんだい」
「どこにでも入れる代わりに、誰も私のことを客だと認めてくれない。やっぱりこのままじゃだめ、『身体』を取り戻さないと……そう思ってたらあなたがあらわれたの」
「僕が……じゃあ今までは『幽霊』の仲間は一人もいなかったってこと?」
「そう。随分あちこち探し回ったけど、あなた以外には見つけられなかった」
僕はほんの少しうきうきしている自分に気がついた。あなただけ、なんて冴えない中学生男子からすると、めったに聞けない気分のいいフレーズだ。
「僕は
「私は
「僕と一緒だ……」
「あなたも『身体』を乗っ取られたのね?よかったら詳しく聞かせて」
杏沙が身を乗り出し、僕は今朝、目覚めてから今までのことをかいつまんで話した。
「ふうん……話を聞いた感じじゃ、まだあなた以外の家族は『本物』のようね。逆に言えば偽のあなたは家族にもばれないくらい、あなたになり切ってるってことになるわ」
「……ってことは、やっぱりあの『僕』は本物の僕の身体なんだね?誰かが整形手術で僕に成りすましてるわけじゃなかったんだ」
「たぶんね。別人の可能性もあるけど、十中八九『アップデーター』と考えていいと思う」
「よかった。てっきりもう死体になって、どこかに捨てられているとばかり思っていたよ」
「私の場合もそうだけど、『アップデーター』は標的の身体から意識を追いだして、空になった入れ物に入り込むの。そしてその人物の特徴をあっという間に覚えてしまうってわけ」
「じゃあ、家族とやり取りしてたのはその『アップデーター』なんだな。……いったい、何者なんだその『アップデーター』っていうのは」
僕が畳みかけると、杏沙は「詳しいことは私にもわからないわ」と肩をすくめた。
「最初に乗っ取られたのは町の職員とか、商店街の会長とか、ごくわずかだったみたい。乗っ取られた後の人々が密かに行っていた『会議』の内容が漏れて、意識を物質から物質に移す研究をしていた父の耳に入ったの」
「……ちょっと待って、『意識を物質から物質に移す』ってよくわからないんだけど」
「たとえば私の脳からあなたの脳へ意識を移したりする研究ってことよ。簡単じゃない」
ちっとも簡単じゃない。話だけ聞いていたら三流SFの世界だ。
「君のお父さんは本当に科学者なのか?……そもそも、そんな研究が実現したら大騒ぎになると思うけど」
「もう少しでなるところだったわ。……話を戻すわね。父は私に命じて『アップデーター』が乗っ取った人たちの意識を集めて保存している場所を探させたんだけど、やっとそれらしい場所を見つけたところで奴らに捕まって、逆にわたしが乗っ取られちゃったってわけ」
「じゃあ君の『身体』も僕と同じでその『アップデーター』が動かしてるってわけか。……でもほかにも乗っ取られた人たちがいるなら、どうして僕らだけが『幽霊』になれた?」
僕が最も聞きたかった内容を口にすると、杏沙は一瞬、考え込むような顔になった。
「それに関しては、想像している仮説がいくつかあるわ。でも大事なことは、私たちが『アップデーター』が管理している意識の保存場所から逃げだせたという事実よ。このチャンスを生かせなければ、この街は遠からず『アップデーター』に支配されてしまう」
『アップデーター』はなぜこの街を狙った?僕らの『身体』を乗っ取っていったい、どうするつもりなんだ?杏沙の説明を聞いてもなお、僕にはわからない事だらけだった。
「で、君はこれからどうするつもりなんだい」
僕はあれこれ聞きたい気持ちをこらえ、単刀直入に尋ねた。
「もちろん、取り戻すのよ。私たちの『身体』を」
杏沙は幽霊とは思えないほど自信に満ちた口調で言うと、僕と自分を交互に指で示した。
唯一の仲間である杏沙と言葉を交わしているうちに、僕は非常事態にもかかわらず妙な高揚感を覚え始めていた。
『幽霊』になってしまったことでカメラを持つことすら叶わなくなった僕だが、逆にこの状況を映像で再現できたら、またとない素材となるのではないか?
もし『身体』を取り戻すことができたら、真っ先に杏沙を主役にキャスティングした映画を撮ろう。まだ何一つ状況が好転していないにも関わらず、僕はそんな呑気な事を考えていた。
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