ミルキーミント・デイズ

紙袋あける

「さっちん」

「なぁーに、美幸」

 電車のボックス席で、向かい合って座る伊吹幸、通称さっちんに、何気ない日常会話を投げる。私、森崎美幸の尊い日常。

「同じクラスの七森加奈さんっているじゃん? あの子、三学期終わったら転校しちゃうんだってよ」

 今は三月だから、転校まではあとひと月も無い。幸はやっぱり、というかなんというか、くりくりした目を見開いて驚いた様子。

「まーじか。色紙とか書くのかなぁ?」

「書くんじゃね?」

 高校一年もいよいよ終わろうとしている晩冬だ。年度の変わり目だしこういう話題が出てもおかしくないよね。

「ほーん。美幸はなんて書くの?」

「んんー七森さんでしょ? イノシシかなぁ。猪突猛進頑張って! みたいな」

「なんで絵なんだよ、文字を書け文字を」

「あ、そっか」

 七森さんは両サイドの下で結ったおさげが特徴的で、真面目そうだからイノシシが浮かんだ。でも実際、七森さんとはあまり話したことがないから、何を書けばいいのかわからないな。感謝と応援を伝えるだけで精一杯かもしれない。特にお世話にもなってないけど、愛想で。

 幸は窓枠に肘をついて、車窓を眺めながらため息をついた。この話は終わりだ、という意を感じ取る。

「てかさー、美幸。もうウチらも高校二年生ですよ。セブンティーンですよ、どうする?」

「どうしようねー、さっちんの十七の誕生日はセブンティーンアイスでいいかな?」

 幸は車窓の外からギロリと私に視線を移し、またため息。

「そういうことを言ってるんじゃないのー。十七だし、そろそろ本気で彼氏欲しくないかって言ってるの!」

「彼氏? あー、そゆことー」

「美幸はボケてるなぁ。そういうとこが可愛いんだけどさぁ、でも心配になっちゃうよ」

 どうもご心配をお掛けしました……と言おうと思ったけど、なんだか言葉がうまく出てこなかった。小骨が引っかかってるみたいな気持ち。

「美幸?」

「さっちんはモデル体型だしー、ボブな髪型が似合うしー、それに可愛いからすぐ彼氏できるさー」

「美幸が言うと嫌味っぽいぞオラ。こないだ同じクラスの男子に告白されたのは誰だよ」

 私は「んんー」とはぐらかしながら胸の下まである自分の黒い長髪の先をいじった。戸惑うときに出る癖みたいで、幸にもそれは悟られてるけど、どうもやめられない。

 どうも私は男子にモテるらしい。でも、でも。

「私の中ではさっちんが世界一可愛い」

「……はぁ。美幸が男ならよかったのになー。全力で養うのに」

 その言葉にぎゅーって、胸が締め付けられる。でもそれを悟られるわけにもいかないから、無邪気に両手を挙げた。

「わーい、ヒモだ」

「養うがヒモは許さん、働くのだ」

 私たちのそんな着地点のない他愛ない会話は電車が最寄り駅に着くまで続く。これが、私の尊い日常。

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