スールガー大公国御前試合 『魔道戦術の達人 鉄壁の武人エクベルト・ヴァルトシュタイン』 vs 『炎を纏って戦うドラゴニュート 灼熱の炎龍ことロー・ウォン』 ~ いざ、刮目せよ! ~
春古年
第1話 御前試合担当式部官
「式部官殿、万事滞り無く」
「御苦労、もう下がって構わん」
「ハッ」
式部官の役職に付いた時渡された懐中時計で、時間を確認する。
もうすぐ、大公陛下がこの貴賓室に来られる時間だな。
御前試合担当式部官、それが今の俺の役職だ。
先の
大公陛下が主催するこの御前試合は、国内はもとより、近隣諸国、さらには遠く離れた国々からも重鎮をお招きして、我がスールガー大公国の武勇を内外に知らしめる重要な式典でもある。
本来なら、この様な式典を取り仕切る役職は、誰もが望み、奪い合う物。
左遷先として選ばれるものでは無い。
だか、この官職がその様に扱われるのには訳が有る。
長年続けられて来たこの御前試合には、一つだけルールが有る。
それは、敗者の死を持って勝者が決まると言う事。
例外は認められない。
闘技者は途中、負けを宣言する事も、一度決まった出場を棄権する事も出来ない。
試合中で有れば、その場で相手にトドメを刺され、試合前に試合を放棄した者は、追っ手を放たれ、捕らえられ処刑される。
すなわち、闘技場の中で生き残る事を許されるのは一人のみ。
双方相打ちに成って、生者の残らない事も少なくは無い。
当然、敗者の親類縁者の不満の矛先は、主催者へ向く。
だが、彼らが幾ら怒りを募らせようとも、大公陛下に刃を向ける事は違わず、仮に向けたとして、その刃は届かない。
そこで、標的と成るのが、御前試合を取り仕切る御前試合担当式部官と言う分けだ。
実際今まで、この官職に着いた者は、何人も暗殺されている。
前任者もまた、その一人だ。
「スールガー大公陛下の御成り!」
侍従の物と思われる、その声に続いて、貴賓室の両扉が開かれる。
そして、重々しい空気と共に、王冠を戴き、漆黒の黒髪と、長い黒髭をたなびかせて、大公陛下が貴賓室に入られる。
「お待ちしておりました、大公陛下」
恭しく跪く。
「うむ、待たせたなベネディクト。暗闇の
「恐縮に御座います」
大公陛下は単に武を尊ぶと言う分けでは無い、御自身もまた武人。
俺よりも、拳二つ分背が高く、屈強な体躯をされている。
だが、それ以上に、大公陛下の放つ気に圧倒されてしまう。
「
「恐れ入ります、大公陛下。誠心誠意努めさせて頂く所存に御座います」
「うむ」と大公陛下は頷かれると、この貴賓室唯一の御席に着かれる。
「
「ハッ、承知
と敬礼し、大公陛下の傍らに立つ。
闘技に付いて、大公陛下に御説明するのもまた、御前試合担当式部官の重要な役目の一つだ。
程無く、円型闘技場の東西に在る巨大な門が開かれる。
西からは、全身をフルプレートで覆い、そして、巨大なタワーシールドと、これまた巨大な戦斧を手にした、巨躯の闘技者が、そして、東からは、身に着けている服こそ、普通の道着だが、全身を自らの深紅の鱗で覆った、異形の拳闘士が入場してくる。
「西から入場して参りました闘技者は、我が国最高峰の武人エクベルトと申すものに御座います。東からの入場に成りますのは、遥か東方から参りました、異国の拳闘士ロー・ウォンに御座います。かの者は
大公陛下は「うむ」と頷くと、ローの異形の姿に見入っておられる様子。
「時に、あのエクベルトと申すものは、鉄壁の武人と二つ名されておると聞く。そして、
「ハッ、大公陛下の御言葉通りに御座います。私が騎士団に入り、最初に配属されたのが、かの者が指揮する部隊に御座います。知勇に優れ、一騎当千の
「ほう、前戦の砦をたった一人で守り切ったと、それは面白い」
それ程の武人が、この様な御前試合に参加するには訳がある。
御前試合の参加者は、莫大な報奨金と、比類なき名誉が与えられるのだ。
報奨金に付いては、勝者である必要は無い。
何しろ、敗者は漏れなく命を落とすのだから、その命に掛ける対価として、勝敗に関係なく同額の大金が、御前試合の一週間前に支払われる。
名誉に付いても同じだ。
勝者は勿論だが、敗者も死闘を戦い抜いて、その結果として命を落とすと言う事に敬意が払われ、その名は大公国の歴史に刻まれる事に成る。
エクベルトの娘は重い病で、死を待つばかりの状態にあった。
彼女を救う術は、小さな城が買えるほどの高額な薬のみ。
エクベルトはその金を得る為に、その身を、その命を売ったのだ。
話によれば、幸いにも娘はその薬で無事命を取り留めたと聞くが……しかし、彼には、その娘の為にも生き残って貰いたいものだ……。
「して、あの
「あの者は、遥か東方に在るギカン帝国の武人で、徒手による武術の達人に御座います。徒手と申しましても、かの者の手足の爪は正に凶器。ローに取って、剣や槍などと言った武器は、邪魔でしか無い無用の長物かと」
「ほう、徒手が剣や槍に勝るとな」
「以前、傭兵として参ったあの者と共に、戦場に出た事が有ります。あの強靭な鱗は弓矢などものともせず、その鋭い爪で、敵の重装歩兵をその鎧ごと切り裂いておりました。まさに鬼神の如くとは、かの者の事かと」
「ほう、それ程迄とな……しかし、それでは
エクベルトは娘を救う金を得る為に、仕方なく身を売ったが、ローは違う。
あの男にとって、正にこの御前試合に出る事こそが、この国に来た目的そのもの。
武を極めんとするものが、最高の名誉を得んと目指すのもまた、この御前試合なのだ。
両者が闘技場の中央で睨み合う。
「大公陛下、そろそろ宜しいかと」
「うむ」
大公陛下は立ち上がり、大公国の権威の証である黄金のメイスをかざして、声を上げる。
「両者とも、死力を尽くすが良い。いざ、始め!」
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