第122話 宇宙

 俺は二人に抱きしめられたまま、〈空間転移テレポート〉を発動させる。


 飛んだ先は――俺たちの屋敷。

 上空ではヨルが身体を震わせたまま動けないでいた。


 俺は猫の姿のままフワッと浮き始める。


「ア、アレン様……生きていたのですね」

「ああ」

「しかし、〈世界〉の力を前には……アレン様とて無力に等しいのです。もう何をやっても無駄ではないかと」

「確かにシフォンの言う通りだな……あの力を前には、何をやっても無駄だろうな」


 俺はそう言いながら、上昇していく。


「だからって、何もしないわけにもいかないだろ」

「アレン、気をつけてよ」

「……お前が死んだら、私は一生一人でこの世界で生きて行くことになるんだ。もう消えたりするなよ」

「分かってる分かってる。じゃ、ちょっと待っててくれ」


 俺の姿を見たヨルがギョッと目を見開く。

 まさか消したはずなのに……なんて思ってるんでしょ? 

 ええ、その通りですよ。

 確かに俺は君に消されましたよ。

 でも、君に勝つために帰って来ましたよ。


 ヨルの震えはピタリと止まり、俺をギロリと睨み付ける。

 今度は先ほどみたいな怖さは感じない。

 大丈夫だ。

 俺なら……俺ならやれる。

 勝負は一瞬で決まる。

 最後に勝つのは――俺だ。


「まさか……生きていたとはな」

「一応死んでたよ? でも仲間に助けられた。みんながいたから、俺はまたここに存在していられるんだ」

「お兄ちゃん……」


 コーニールが俺を見ながらボソリと呟く。


「みんながいなかったら、一瞬でケイトとターニャは消されていただろう。でも、二人が向こうに来るだけの時間を稼いでくれた。それは意図してしたことではないだろうけど、結果として時間を稼いでくれたんだ」

「……偶然だろう?」

「それが運命なんだよ。お前が〈世界〉の力を手に入れたのも、俺が〈愚者〉の力を手に入れたのも運命……みんなと出逢って、世界中に仲間ができたのも運命なのさ」


 そう。

 みんなとの出逢いも、ネリアナたちの裏切りも全て運命なんだ。

 偶然なんてものは何一つとして存在していない。

 全てが、あらゆることが、森羅万象が、運命で出来上がっているんだ。


 そして俺の運命は――これからも続く。

 ここが俺の終着点ではない。

 俺は、必ずこいつに勝つ運命にあるんだ。


「俺はお前に勝つ。絶対にだ」

「……だが現実問題、お前は俺に勝つことはできない。〈真似踊る愚者フール〉程度で、〈偽りの世界ワールド〉に勝てるわけがない」

「そうだな……」

「ならどう考えても、俺が勝つことこそが運命。ここで死ぬのが――お前の運命なのだ!」


 ヨルは下方にいる俺に向かって右腕を突き出す。

 俺は構えることなく、大きく息を吐く。


「終わりだ。そして何度帰ってこようが、何度でも終わらせてやる!」

「終わりはここじゃない。俺の未来は――もっと先まで続いている」


 俺は〈空間転移テレポート〉でヨルの背後に回り込む。


「はっ! また同じ手か! 何回やってもそんなことに意味など――」

「同じ手なんて使わないよ。だって今の俺には、前足・・しかないんだから」


 背中越しに怒声を上げるヨル。

 俺はそんなヨルの背中に前足を当て、自分の中に眠っている力を呼び起こす。


 俺の力――そして俺の体・・・にある力を。


「何をするつもりだ……」

「別に当たり前のことをするだけさ……俺の体を返してもらうだけだ」


 ほんの少しだけ使える自分の〈世界〉の力。

 残りカスぐらいしかない俺の中にある力。

 世界を変えるような力もないし誰かを殺すような力もない。


 だけど――俺の本体には力がある。

 〈世界〉の力が。


 本来の俺の力はそこにある。

 だから俺は返してもらうだけだ。

 その肉体を。

 持てる力を振り絞り、元の体の状態に戻す。

 本体に触れていたら、それぐらいはできるはずだ。


「なっ……!?」


 俺とヨルの体が眩しい光を放つ。

 まるで世界の始まりのような、眩い光。

 それは俺たちの住む山を照らし、大地を照らし、世界を照らす。


 そして光は収まっていき――俺は人間の姿に戻っていた。


「お前……」

「ふふん。どうやら、俺の勝ちのようだな」


 俺とヨル……二人とも首の傷が無くなっていた。

 俺は俺の体を、ヨルはヨルの体を取り戻している。


 ヨルが〈真似踊る愚者フール〉の力を。

 俺は〈世界〉の力を。


 これで全部元通りと言うわけだ。


「お前、自分で言ったよな。〈真似踊る愚者フール〉程度で、〈偽りの世界ワールド〉に勝てるわけがないって」

「くそっ……くそぉ」

「後一つだけ加えておいてやる」

「な、なんだ?」

 

 驚愕するヨルは、怯えた瞳で俺に視線を向けている。


「お前が〈偽りの世界ワールド〉の力を持っていたとしても、お前は俺には勝てない」

「……勝つさ。俺がその能力を持っていたのなら、必ずお前に勝ってみせる」

「だったら、お前に与えてやるよ。〈偽りの世界ワールド〉の力を」

「なっ……?」


 俺は念じる。 

 ヨルに〈偽りの世界ワールド〉の力を与えると。

 するとヨルにその力が宿り、奴は邪悪な笑みをこぼし、俺を見下ろす。


「バカな奴だ……まさか俺に力を与えるとは! 同じ条件なら、俺は絶対に負けない!!」


 不意打ちに近い動きで、ヨルは力を解き放つ。

 俺は鼻で笑いながら、その直撃を受ける。


「……き、利かないだと……!?」

「同じ条件? バカにしないでほしいものだ。俺の力は偽りなんかじゃない」


 俺は右腕をヨルの顔の前に突き出す。


「俺の真の力。それは――〈願い聞き届けよ宇宙ユニバース〉」

「う……宇宙だと――」


 世界には宇宙という意味も内包されている。

 俺の真なる能力〈願い聞き届けよ宇宙ユニバース〉。

 それはイメージした出来事が起こるなんてレベルじゃない。

 全て思いのままなのだ。

 俺が想えば皆を助ける力を。俺が念じれば全てを破壊する力を。

 あらゆることが許され、俺にできないことは既に何も無い。


 ヨルの体の崩壊が始まる。

 サラサラと砂のようになり、空に溶けていく。

 完全に奴の存在はこの世から喪失し、俺はケイトたちに向かってピースをする。


「勝ったぞ」

「まさか……本来の力を取り戻すとはな」

「さすがアレン! それでこそ、最強で私のお婿さんだね!」


 仲間たちは安堵の表情を浮かべ、微笑みながら俺を見上げていた。

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