第115話 ネリアナの絶望②
喉元から吹き出す血を両手で押さえるネリアナ。
俺は彼女を哀れな気分で見下ろしていた。
怒りだってそりゃあるけど……あれだけ輝いていたネリアナが、今はどす黒く汚いゴミにしか見えない。
そしてこれから、本当のゴミみたいな扱いをされるんだろうな……
「おい、私の耳は治った。今ならお前の話を聞いてやる。ほら、話して見ろ」
「――――」
ネリアナは何か言おうとしているのか、口元をパクパクさせているが……こいつ、話ができないのを分かっていてそんなこと言ってるんだろ。
だけど彼女のことは可哀想だとは思わない。
「……お前、容姿には自信があったそうだな」
ケイトは顔だけは綺麗なネリアナを見下ろしながらそう言った。
「そんなお前のために、面白い提案を用意しておいてやったぞ。喜べ」
「?」
暗黒の微笑を浮かべるケイトを見て、ネリアナは顔色を病的に青くする。
何をするのだろうか……俺もそんなケイトを見てちょっぴり顔を青くした。
「このまま死んでしまったら、こちらもつまらない。お前はもっと辛い目に逢うべきなんだ。因果応報。それだけのことをやって来たわけなのだから……なあアレン」
「なんだよ?」
「こいつの傷を治してやってくれ。このままじゃ出血多量で死んでしまう。ああ、声はもう出せないように、声帯はそのままでな」
「……分かった」
ネリアナは俺に懇願するように足元にしがみつき、涙をボロボロとこぼし出した。
それも演技ですか?
もうこいつのこと、何も信じられないんだよな。
ま、どっちにしても許してやるつもりはないんだけれど。
俺はケイトの指示通り、ネリアナの傷口だけ癒してやる。
ネリアナは傷が塞がったことに驚き、そして声がまだ出ないことにも驚いていた。
首をブンブン振りながら、俺に何かを訴えかけようとしてくるネリアナ。
するとケイトが、彼女の青い髪の毛を引っ張り、周囲の兵士たちに視線を向けさせる。
「おい見ろ。お前は綺麗だから、相手をしてほしい男は大勢いるだろうさ。こいつらにお前を差し出してやろうと考えているんだけど……どうだ?」
「――――」
尋常ではない量の涙を流し、ネリアナは首を横に振る。
そして今度はケイトの足元にしがみつき、助けを求めているようだった。
「ふん。まぁ、私も鬼じゃない」
嘘だ。鬼だ。
「それに女がそんな目に逢うのも、楽しくないしな」
ホッとしたネリアナは、ケイトを神でも崇めるかのような視線で見つめている。
「だから……お前はこれから豚として生きていけ」
「?」
トレイニーが一歩前に出て、ネリアナに告げる。
「この能力が私は大嫌いだった……でも、あなたに奪われてこれも私の人生の一部なんだと分かった。これがあったからこそ、私は言葉の強さを知ることができたし、あなたに奪われたからこそ、正しい使いかたをしなければならないと分かった……だから」
トレイニーは、キッとネリアナを睨み付ける。
「能力を他人に使うのは、これが最後――ケイトさんの言う通り、貴女は豚になりなさい!!」
その言葉を聞いたネリアナは急に四足歩行でもするかのように、両手を地面につける。
そしてチェイスが古代魔術を発動させる。
「〈トランスフォーム〉!」
チェイスの言葉と共に、ネリアナの肉体がブクブクと膨れ上がり――それはいつしか、本物の豚そのものに変化してしまった。
まさか……本当に豚にしてしまうとは……
ケイトはそのネリアナ……豚を見てから、俺の方に笑みを向ける。
「もう人間の言葉を喋ることもできないし、人間として立ち振る舞うこともできない。お前はこれから一生、私が可愛がってやるよ」
さっきまでネリアナであった豚はフゴフゴ鼻を鳴らしながらどこかへ去ろうとする。
が、トレイニーの「動かないで」という言葉にピタリと動きを止めた。
ネリアナ、これからの人生……豚生? は大変だろうが頑張って生きて行くんだぞ。
ケイトに一生おもちゃにされる彼女を想い、俺はちょっっぴり背筋を凍らせた。
そしてトレイニーに視線を移すと、彼女は何やら大きな決断をしたような表情をしていた。
「私……人と接するのが怖かった。みんなが恐ろしいほど言った通りにするものだから……でもこの能力が無くなって初めて気づいたんです。人を傷つける言葉、そして人を操ろうという気持ち。そういうものを持たずに、綺麗な言葉を心掛けるのが大事なんだって。あなたたちがお互いを思いやる言葉を使っていたのを聞いて、言葉を閉ざすんじゃなくて、心を開かなきゃって、分かったんです」
「ははは。みんな、仲間思いのいい連中だからな」
「だから……私もそうしようと思ったんです。みんなのことを想って出る言葉は、決して悪いものじゃない……だから私は、これから人のことを想い続けることにします」
清々しい顔で、トレイニーはそう言った。
こうして、ネリアナとの戦いは静かに終わった。
だけど……最後に残る大問題が、この後世界を左右させるほどの問題がそこまで迫っていた……
この時の俺たちは、まだそのことに気づかないままでいた。
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